白風の神秘
ミヒトが巨大帆船を作り、イェレアス達姉妹に魔法を指導した。船が完成し五日。
東の大森林より獣人のモウル達との合流が完了する。大大陸に七ついる種族の内、
ドラゴン、ドワーフ、オーガ、エルフ、獣人、人間がそろい、アムレトの村へと移住の船出を果たす。
ミヒトの異世界観測は、未だそのスタートラインにたどり着いてすらいなかった。
ごつごつとした焦げたような茶色の樹皮をむき出しにした船体は水を荒くかき分ける。何十枚と並んだ白い帆は大きく膨らみ、風をため込んで船を押し出す。
巨大な船は海原と見間違うような雄大な河川の流れに逆らい。颯爽と上流へと駆けていく。
船体の横には小窓がずらっと並び、人間やオーガなど、大森林からこの川の流れの先にあるアムレトの村に移住しようとこの船に乗り組んだ様々な種族達が流れゆく景色を眺めていた。
船の中にも、ミヒトが用意した食事を摂る者や、道具を借りて自分たちが着る服を編む者と様々だ。ドラゴンからエルフ、人間と、それぞれの寿命や体格差、肌の色や生活の違いなどはあれど、皆そんなことは気に留めず互いにできることを成し、協力し、ともにアムレトへの到着を待っていた。
水をかき分ける音が反響する船の底、純白のローブをはためかせながらモナは蝋燭を持って人を探していた。親とはぐれたエルフの少女を探して船の底まで来たのだ。
モナは子供のエルフを探して、船首側から船尾の方へと歩いていった。船尾側に着くと、彼女が持ってきた灯りとは別に、灯りが見え、誰かの話し声が聞こえてきた。
「このグルグル回るモンは言ったいんね?アタイはさっぱり見当がわかんねけド、臼か?実でも挽いてんか?」
声が聞こえたのはまず、オーガの女性だ。彼女は赤い肌をさすると疑問を口にする。視線の先にあるのはグルグルと回るこの船の機関部だ。
そこに甲高い声が聞こえる。
「でも木の実の臭いはしないですよ。それに、すごい魔力の流れがこの何かに集まっています。私はまだハッキリとはわかりません。けれど、とっても感じます」
声の主はモナが探していたエルフの少女だった。とても小さくて機関部の陰に隠れて見えていた。
モナは安堵し、彼女らに声をかける。
「良かった、ここにいたんですね。お母さんが心配してますよ、一緒に戻りましょう?」
「あ、モナさん。ごめんなさい、初めてみるものが一杯で、みんなと探検していたの」
「そうゆうこったわい、ワシが気になって嬢ちゃんも誘ったんじゃよ」
機関部の奥から、ドワーフの男と人間の青年が出てくる。彼らの話では、この船がどうやって動いているのか気になったらしく、人を集めて探検していたと言う。
「ワシが思うに、こいつが船を動かしてるの。挽いているのは木の実じゃのうて水じゃな。どうじゃモナや、何かこのグルグル回るモンにわかることはあるか?」
モナは自信を持って頷く。彼女はミヒトからどのようにしてこの船を動いているのか説明を受けていた為、それをモナが解釈した通りに話す。
機関部が水に作用していることを見抜いていたドワーフは、すんなりとスクリューについて理解するが、そのほかは今一つ理解できていないようだ。エルフの少女は大きな疑問を口に出す。
「船が動く理由はわかった気がします。ですが、いったいどこからこれを動かす魔力を持ってきているのですか?」
「そうじゃった!船が動く事ばかり考えておったがどこからマナをもってきとうじゃ?」
皆一様に船の中を見渡して、魔力がありそうなものを探すが、それらしき物は見当たらない。
それもそのはず、帆柱を伝い、船体を通って機関部へと魔力を流し込んでいるのだ。
「なら、そのマナが流れてくる場所まで案内しますよ。私もミヒトさんに用があるので、一緒に船の外まで上がりましょう」
―――箱舟は、その巨大さに釣り合うだけの大きな川をどんどんと上っていく。船上には何体もの大きなドラゴンたちおり、皆一様に、大きな帆へ息吹を吹きかけている。
彼らドラゴンも十分に大きなものだが、それでもより大きな存在の前では霞んでしまう。まずはこの雄大な川、そして彼らを乗せる船、箱舟。それらに続き三番目に巨大な存在、ドラゴンたちの2,3倍大きな白銀のドラゴンが彼らの大きさを今一つ実感できなくしている。
白銀のドラゴンであるミヒト、その鏡にも似た鱗には依然として大森林の樹々が流れていき、右側の鱗には険しい山脈が軒を連ねている光景を映し出していた。ミヒトの首は船上からはみ出し、流れの先を見つめる。
彼は船頭で大河の先や何処とも言えない虚空を見つめては右の空を見上げ、かと思えば左に見える大森林を向く。自分の中で何かがざわつく感覚を頼りに、空のどこか、“それ”を探して見つけようとしていた。
順風満帆そのものな航海であるが、ミヒトは不安を拭いきれない。胸の鼓動がざわめく、心に得も言われぬ不安がミヒトの眼球を舐めるようで、不快と言えばあっているのだろう。映画を始めとする、いわゆるフラグ。お約束というものが彼の頭の中に巡り、具体的な想像が掻き立てられる。
ミヒトを嫌な予感という実態のない靄を包む前に、船上にモナたちが上がってきた。ドワーフやエルフの少女らが歓声をあげた。
「な~るほどなぁ!ワシが考えていたよりもずっと良いもんじゃな!上で風を起こしておきながら下でも動かす力を出すとはな!」
「ドラゴンさんたちの息吹を使いながらも、魔力として吸収して底まで持って行ってグルグルを動かしていたんですね!」
ミヒトはハッと我に返り、この船が進む原理を理解した彼らを見る。ドワーフにエルフの子供、人間の青年にオーガの女性。それから、ミヒトがこの世界で初めて会った女性、純白のベールに桃の髪をなびかせるモナだ。
モナは一緒に船上に上がった一行に一礼をすると、ミヒトの下へ来た。
「あの、ミヒト様?何かお探しですか、すごく空を見つめてましたけど」
ミヒトの挙動不審な様子をモナに見られたようだ。
白銀のドラゴンは隠すことなく、自分が感じたことを彼女に打ち明けた。
「嫌な予感がするんだ。今のところ順調だけど、映画ならそういう時に限って悪いことに巻き込まれるんだ」
「それに、何か胸がざわざわして。よくわからないけど、何か悪いことが起こるような・・・」
長い坂道を登れば、それなりの下り坂が。穏やかな時間の後には、いつも嵐のような展開、息をのむような場面が繰り広げられることを。
ミヒトは自分が見てきた映画に例えようとしたが、それ以上に、自分の体に起きている形容しがたい状態をモナに伝えた。全身が波打つような悪寒、精神の隅に暗がりを落とすような何か。
核心は持てないが、ミヒトは無意識的に何かを探しているのだ。
それは、恐らくは神から託された使命を、非徳の道へ落ちた堕天使を探しているのだと考えると、ミヒトは自分の心の中でそれとなく納得する。ミヒトは自分のいつ芽生えたか知らない使命という本能から、自分と同じ同郷から転生してきたユウトを探していたのだ。
ミヒトが言う嫌な予感にピンとこないモナは、最も理解できなかった単語についてミヒトに質問した。
「その、映画とは何でしょうか?」
「映画って言うのは何千枚ってたくさんの絵を使って御話をする事だよ。それの御話のお約束というか、大体決まった流れがあって、良い事とか、ちょっとゆっくりした後には必ず悪い事だったり、誰かが現れて何かに巻き込まれるんだ」
「例えば、どんな御話がありますか?教典以外でそのようなことは聞いたことがありませんから」
この世界にはまだ御伽噺のような物は無く、本と呼べるものは神が残した教典の一種類だったのだ。それまでは、彼らは必要としなかったのだ。
ミヒトは掻い摘んで説明できるような物をいくつか思い出そうとする、だがアクションやSF、コメディの類は通用するのかと。だったらサスペンスやホラー、ミステリーは。考えるミヒトだったが、どれもモナに話せるような内容ではないと考える。
そんな中でふと、モナを見ていて思い出した。歴史の偉人たちを描いた歴史映画を。ミヒトは何十枚かの絵を魔法で作りだすと、モナに一つずつ見せながら説明していった。
「例えば。あるところに村娘がいて、ある日神の声を耳にするんだ。そして娘が歳を重ねて大人になり、旗を掲げて多くの人を導く。ほかにも、荒ぶる馬を自分のものにした少年が、やがて最果ての海を目指して仲間と共に遠征、旅に出かけて。異邦の土地で仲間と共に大きな街を手に入れて一番の王様になったり。そんな、いろんな人の御話があるんだ」
「そうなんですか、話を聞くだけだとわかりにくいですけど。こうやってたくさんの絵があるだけで凄くわかりやすいですね!特に、彼女!神様の声を聴くだけじゃなくて、みんなを導くなんて、とってもすごいと思います!」
映画について理解したモナだったが、ミヒトが語ったお約束というものを聞いていないことに気づく。
「あれ?それじゃあ、この後は。この人たちはこの後どうなるんですか?」
気高く旗を掲げた女性と、黒い馬に乗って大勢と大地を駆ける男性の絵を見ながら、ミヒトに問いかける。
彼女の疑問にミヒトはすぐに答えなかった。答えが、余りにも残酷だったからだ。戦争という言葉も知らないだろう少女に、この話は間違いだったと彼は自身を責めた。
「あ、あの?ミヒト様?」
「そうだったね、お約束についてはなしてたんだ僕は。」
「彼らは、彼女は最後、騙され、火に掛けられて死んでしまった。そして海を目指した彼は、最果ての海を仲間と見ることなく病気で死んでしまった」
ミヒトは精一杯言葉を濁して彼女に伝えた。ミヒトの言いたいお約束とは違うが、ある意味ではあっているとも言える。
彼らの最後を聞いたモナは、手に持っていた絵を落とした。そしてポロリと涙を流した。
「そんな、良い事の後ってそんなことが起きるんですか・・・。そんなの、悲しすぎます。どうして。」
ミヒトはかける言葉を見つけられなかった。ドラゴンは呆然と立ち尽くし、すすり泣く彼女を見守ることしかできなかった。
しばらく泣いていたモナだったが、彼女は何かを決心し、涙を拭いた。
「それが映画という物の約束というなら、間違っています!ミヒト様が悪い予感がするというのなら、私が、私が何とかします!」
ミヒトはその言葉の意味が理解できなかった。
啖呵にも似た言葉を発したモナは船の床に座り込んだ。
そのまま彼女は瞳を閉じ、空を仰ぐと神への言葉、詠唱を囁き始める。
「モナさん、何をするんですか?」
何処からともなく風が吹いてきた。その風は純白、まるでシルクのような滑らかな風がモナへ向かって緩やかに円を描き、その柔らかな風で彼女の身体を包み込んでいく。
蚕の繭というより透明に近い綺羅やかなベールがモナを包み込み、次第に彼女がささやく声は風の層に遮られ、遠くなっていく。
ミヒトは目を疑った。塵やゴミなどは無い、ましてや魔法的であるのに魔力の感覚すらない純粋な風が視覚的な情報として飛び込んできたのだ。それだけでも奇想な現象だというのに、彼女の声すら聞こえなくなっていく。
風。もはや風とは思えなかった。無音でモナを包む純白の神秘は、まるでそこだけ住む世界が変わっていくような、そんな異質さすら感じたのだ。
「お姉様!」
船内からイェレアスが息を切らして船上に上がってきた。
イェレアスは白風のベールに包まれたモナを目撃すると息も整えず駆け寄った。
瞳は震え、焦点が合っていない。イェレアスの一挙手一投足から混乱、あるいは酷く動揺している様子がうかがえた。
「どうしてお姉ちゃんが神託を受けてるの?そんな素振り、今までなかったのに―――」
「神託?どういうこと?」
動揺しているイェレアスを落ち着かせなければならないが、ミヒトは今何が起きているか知りたかった。
ギリギリのところで冷静さを保とうとするイェレアスだったが、幸運にもミヒトの呼びかけに答えてくれた。
「これは、神託よ。普段なら、頭が重くなったり、眠る時間が増えたりした後に、こうやって来るけど。昨日まで何もなかったのに、どうして?」
「モナさんが、自分からやり始めて―――」
「そんな!どうして!なんでなの!」
驚きを隠せないイェレアスは、まるで怒るようにミヒトを怒鳴る。イェレアスのその鬼気迫る様子から、ミヒトは只事では無いと感じる。
怒鳴り声に気づいたのか、モウルを始めとする移住に主導的に行動した面々がミヒトと、イェレアス達のもとに集まってきた―――。
―――モナと話していた時はまだ太陽が燦燦と照らしていたが、今は眠りに着こうと地平線の向こうに沈む最中だ。
あれから、イェレアスとモウルを中心に話を聞いた所、神託とは時間を掛けて、神様がモナに対して伝えていたという。つまり、今回が初めてモナから行動を起こしたという。
そして、神託を受けると体に変化が起きるという。それが髪の色だ。元はイェレアスと同じ真っ赤な髪を持っていたモナだったと言うが、神託を受けるたびに徐々に薄くなっていき、今では桃色になってしまったという。
そのモナはまだ、白い風のベールに包まれたまま。ミヒトが魔力探知の瞳で透視してみたところ、やはりモナを包む風のベールは魔力によって作られているわけではない。
つまり、モナの髪が徐々に薄くなっていくのは魔法的な要因では無い、別の力が作用しているのだ。神を通してのみ理解できる“神秘”ということだろう。
イェレアスは先ほどからようやく落ち着きを取り戻した様子で、帆柱にもたれ掛かり姉を見つめていた。
ミヒトは、悲嘆に暮れるというより、やや窶れ気味な彼女へ首を伸ばし声を掛けた。
「イェレアス、大丈夫?」
「わっ、脅かさないでよ・・・。私は大丈夫よ」
「そんなに、モナさんが心配?」
「ええ、いつも思うの。神託を聞いた後のおねえちゃんって、何だかいつもと違くて。そのたびにどこか遠くへ行っちゃう気がして」
「どこか遠くへ?」
「わかんない。でも、とっても寂しいの。だから、おねえちゃんがいなくても大丈夫なように鍛えていたつもりだったけど。ダメみたいね」
「遠くなんか行ったりしないさ。むしろ、大切な人の近くに、もっと居るべきだよ」
「アンタに、何がわかるのよ」
ミヒトは、両親を思い出す。
「僕は、前に人として生きていたけど。父さんも母さんも、結局最後まで看取ることはできなかった。葬儀も涙が出なかった。その時はただ、実感がわかなかった。墓参りの時、実家に帰って、初めて実感したのが最初で最後だった」
「・・・・」
「前の自分の経験なんて薄っぺらかもしれないけど、そんな自分でもそれだけは言えるよ。大切な人の事、大切だって気づけないと、もっと悲しいよ」
「その―――」
「それに映画で一番やるせないのが仲間の最後に主人公が付き合えないことだと思うよ。カタルシスが足りないし、知らないところで死んでました。なんて、もやもやするからね」
「はぁ、アンタって人と話すの向いてないんじゃない?」
「え?」
二人が話している間に、ゆっくりと夜の幕が下り、二つの白い月が川を、大地を優しく照らし始めた。
船には古風にデザインされたランタンが幾つも並んでおり、船内、船外と次々と温かな光を灯し始める。
船内では食事が始まり和気藹々と皆で食事を交わし始める。船上で息吹を吹きかけていたドラゴンたちも育ち盛りの若く小さなドラゴン達から食事を摂りに向かう。
暫定的な長を務めるドラゴン達と、モウルを始めとした少数の主導者たち、イェレアスとミヒト。それから、神秘的な白風のベールに包まれたモナが船上に残った。
皆何をするわけでもないが、ただモナを見守っていた。
皆がモナを見守る中、彼女の声が、月明かりに照らされた箱舟に響き渡る。
『北の山脈から悪しき者が来ます!』
「お姉ちゃん!もう大丈夫なの!?」
「おいおい、悪しき者ってのはなんなんだ!?」
「ワシにはさっぱり見当がつかんのだが?」
皆一様にモナに話しかけるが返事は帰ってこない。
モナは依然として風の、神秘のベールに包まれたままだ。
「お姉ちゃん?どういうこと?」
イェレアスは状況を飲み込めずにいたが、今刻々と状況が変わっているのだ。
唯一モナに声を掛けなかったミヒトのみが、今の状況を理解していた。
「イェレアス、モナさんを守って。もう、見えてる」
「見えてるって何が?」
「―――あえて言うなら、悪魔が二人」
ミヒトの瞳は張りつめていた、限界まで伸ばしたドラゴンの水晶体は、山脈に重なって見える二つの影を捉えていた。
堕天使の持つ煤焦げた鴉のような翼では無い。蝙蝠のように黒くて、なんとも禍々しい翼を持った二人の影。
想像していた姿とは別の人影に困惑するミヒト。冷静に、心を落ち着けて何キロと離れた船上から観察し、特徴をまとめる。
黒か、否、緑がかった髪は長く、光沢のあるもので一つに縛られた髪、服装はコスプレのような白黒のゴシックを纏って、手には剣のような物を持つ者が一人。
もう一人は燃えるような赤い髪だ。イェレアスの様に赤いが、比喩では無かった、光源を持ち、ゆらゆらと髪が燃え盛っていた。誇張なしに燃える髪を持ち、その服は細長い旗の様に揺らめいていた。
突如、体の節々が軋むような重圧。鱗から微細な空気の揺れを感じるミヒト。
記憶の底から、井戸から水がどばどばとあふれだすような感情が芽生える。恐怖だ。
ミヒトは咄嗟に翼を翻し、空へと飛びあがると魔法を唱えた。
あぁ!なんということでしょうか!もう月が折り返しですよ・・・
もっと早くに上げるつもりがこんなに時間がかかってしまいました(涙)
転職してからというもの暇が無い!暇つぶしで書き始めたのに時間を捻出しようと悪戦苦闘です
仕事にいってお料理もつくってお弁当詰めて・・・いそがしいけど書きたいことが一杯あるんです!
私も勇者が魔王を倒す的な王道ストーリーを書きたい!その為にもっと話を進めないと!
次回は戦闘回です!お楽しみに!今月中には出します!!




