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二つの影、包むもの

※以前まで前書きに前話のあらすじを書いていましたが、力尽きたのでまた今度にします。

 忘れた方、おやすみしていてごめんなさい。そして、暇つぶしに読んでくださってありがとうございます。


 ミヒトは、切り倒した三本の巨木を眼前に、ただ立ち尽くしていた。彼が知る限り、日本の河川ではこの巨木の一本でもを浮かべることは難しいだろう。

 だが、この世界に生まれた自分自身が巨大なドラゴンである様に、木も、山も、川も、いずれも以前の世界、人間として生き、見て感じた世界よりも、恐ろしいほどに雄大で、リンゴを爪でつぶせる程に巨大な体を持つはずのミヒトを、これでもかとちっぽけな存在にしようとする。


 後ろを見れば切り株が三つ。奥にはミヒトの背丈を大きく上回る巨木が並ぶ東の大森林。スギタラの森と同様の光景。大自然を超えた、まさに超自然の森が続いている。前を見れば海か、湖か。と、見間違う程の一面の水。静かに、それでいて確かな流れを持つ、川というべき水が流れている。


 彼は材料に困っているのではないし、船底が川についてしまうなどと心配しているわけではない。

 どのように加工し、これから合流してくるモウルら獣人や、逞しい体を持つオーガ、そして四足で移動するドラゴン達、異なる種族達を、どの様にして一緒に、河川の合流、アムレトの村に連れて行けばよいのかと考えあぐねているのだ。



 考えろ自分、スギタラの森から皆が来る前に。どんな船が適切か考えるんだ。でも色々な種族が一緒に移動するって考えると、それなりに配慮しないといけないよな?食事だって違う、体格、というかそもそもの体長が違いすぎるんだ。

 空は飛べないにしても、僕と同じぐらいの大きさのドラゴンだっている。間違えて下敷きに、なんて考えるとぞっとする。そうならないように、最善の船を、何千人、いや何万もの命がかかってるんだ。あれだけ万能な魔法が有れば何とでもなるはず・・・。

 船ならいろんな船を思い出せるけれど、皆が乗れる適切な船を・・・。



 ミヒトは、自分が乗った、あるいは本や映画などで見た船を洗いざらい思い出す。滝のように降り注ぐ記憶、その記憶の一粒一粒を、ゆっくりと確認していく。常人にとっては一瞬でずぶ濡れになるような直瀑も、ミヒトにとっては蛇口から滴り落ちる、水滴を受け止めるように容易な事。それだけ、二者の頭の中の時間が隔絶しているのだ。

 白銀のドラゴンは、心在らぬ間に閉じていた瞳をゆっくりと開く。


 そうして一つの結論を、一先ず出してみた。

 自分は思いつかないのではなく、ただ迷っているのだと。彼にとっての、ひょんなときに顔を出す優柔不断が現れているだけなのだと、そう判断した。船ならば、幾らでも思い出せるのだから。魔法なら、すぐにでも作りだせるのだから。そう言い訳して、一度切り替えることにした。


 耳を澄ませばモナ達姉妹の会話が聞こえてくる。ミヒトは彼女たちと話すことを思い立つ。

 振り返れば、この世界に生まれ、なし崩し的に使命的なものを抱いてここまで頑張ってきた。と、思い返す。

 この世界に折角作った魔法を根付かせろだの、はたまたこれから起こることを目に焼き付けろ。あまつさえ本にして見せろだの。挙句の果てには自分と同じような境遇で転生してきたであろう、ミヒトの先輩にあたるであろう者を何とかして捕まえろ。とは、ミヒトに対して明確には言わなかったが、言葉を濁して判断をミヒトにゆだねる辺り、厄介事極まれりである。

 ミヒトは自分がこの世界で活動し始めて何週間過ぎたか、ふと数える。今のドラゴンの肉体では寝る必要がないため、指折りながら朝日を見た回数を数えていたが、途中で死中をさまよい、気を失っていた事を思い出して、ミヒトは数えるのをやめた。 


 気を取り直して姉妹に少し話を聞けないかと近づくが、ミヒトは声を掛けられなかった。仲睦まじくしている二人の間に割って入ってよいものかと、遠慮したのだ。


 まだ幼さを残しながらも、不釣り合いな程にその背丈と手足が伸び切って育ったイェレアス。自分よりも一回り大きい妹の体を、モナは、そっと抱き寄せた。

 イェレアスは燃えるような美しい赤髪をただされるがままに姉のモナに預けた。久しぶりに再会した妹を。その指で思い出すように姉は、優しく髪を撫で、ゆっくり、ゆっくりと編みこんでゆく。

 どれ程待ち焦がれていたのだろうか。モナが森を出てから、今再び再開したこの日まで経験した事をイェレアスは事細かくモナに語り、継ぎ目なく話をしていた。

 妹の髪の手入れに意識が向いているのか、それとも自分に向かって懸命な程話す妹を邪魔しないようにしているのか、モナはただ、話を聞き、相槌を返すばかりだった。


 ミヒトもモナに倣う様にイェレアスの話に聞き入り、姉妹の姿を見つめた。

 イェレアスは、最愛の姉であるモナに聞かせて見せた。

 姉が森を出てからの事を。

 姉の料理を真似したこと。一人で洗濯したこと。一人で水浴びできたこと。姉に習った教典を一日も欠かさず読んだこと。姉と同じように綺麗に掃除出来たこと。姉を守れるように体を鍛えたこと。狩りが出来るようになったこと。森の皆と仲良くできたこと。一人で眠りにつけたこと。姉が使っていた魔法が使えるようになったこと。


 モナは、妹に優しく相槌を返す。返した相槌を受けて更に話をするイェレアス。姉と話せることが嬉しいのか、ぽろり、と。、彼女の瞳から雫が生まれ、頬を伝って落ちていく。徐々に粒は大きくなり、声も震え、涙がボタボタと落ちてイェレアスの衣服を濡らし始めた。

 妹の髪を結い終わったモナは、抱き上げるようにイェレアスを振り向かせ、妹の表情を、その目を見つめる。



「寂しかったねイェレ―?イェレ―はとっても頑張り屋さんだったのね。お姉ちゃん、イェレ―のすごい所に気が付けなくてごめんね」


「――――!!。」


「イェレ―、すごいね。とっても頑張ったんだね。お姉ちゃん、とっても嬉しいの」



 イェレアスは、決壊した。抑え込んでた感情が、気高く持っていた心が、姉のやさしさに触れ雪崩の様に崩れていく。

 妹をその胸に抱き寄せ、大丈夫と、ありがとうと。モナは今まで妹に言えなかった、あの森に置いてきた言葉を、妹に囁く。

 溶けた心が涙となって姉に落ちていく。姉の言葉に返すために、必死で言葉を紡ごうとする。言葉にすらならない声が、イェレアスの口から漏れ出ては涙に変わっていった。


 やっと言葉になった時、イェレアスは「お姉ちゃん」と。口に出した。




――――――




 涸れるほど泣き続け、自分でも気が付かない感情をすべて出し切ったイェレアスは、ぐったりと最愛の姉の膝で眠りについてしまった。ミヒトは巨体ながらも即席の魔法で作りだした毛布を器用に掛け、イェレアスを介抱した。


 ふと、ミヒトが足元を見れば、先刻の光の魔法の暴走の跡が自身の鱗に付いていた。白銀の鱗はパックリと引き裂かれ、綺麗に鱗が欠けて落ちてしまっている。イェレアスも、何もなければあそこまで我を忘れて泣きじゃくる事は無かっただろう。

 今まで会えなかった姉との再会、そして身を引き裂くかもしれない恐怖。それら二つの要素が、イェレアスの気丈な心をどうしようもなく壊してしまったのだろう。イェレアスは、夕刻ながらにモナの純白のローブに身を沈め、幼い子供の様に眠りについていた。

 そう、夕刻。ミヒトの作業は、巨木を三本も切りだして、大海にも似た河川に置いたのみ。材料は十分あれど、移民船を作る作業は始まってすらいなかった。

 


「モナさん、イェレアスさんをお願いします。僕は、これから来る、スギタラの人たちがアムレトに行けるように船を用意しなくちゃいけないので」


「ええ。その話はイェレ―から聞いていました。あの森に住んでいたみんなが、その、いろんなものを失ったそうですね」


「その、僕が至らなかったばっかりに・・・」



 そう言って白銀の足は歩みだす。船を作るために大河に向かって、ゆっくりと。その足取りは重かった。ドラゴンという巨大な命が持つ重量からでは無い。心からくる、責任、義務、後悔、煮え切らない、燃え切れない怒りなどの負の感情からだ。


 イェレアスの吐露。自身の体に着いた傷。それらはミヒトの無責任さを自覚させた。目の前に見える世界、それらすべてがミヒトに向かって責任という物を指摘しているかの様に感じる。チカリチカリと、視界と思考が入り乱れてはフラッシュバックする。


 一歩、一歩踏み出す。一つ足を踏み出すたびに世界が止まる。ミヒトの、ドラゴンの持つ思考速度は時間を超越していた。その一歩の間に、ミヒトは幾つ後悔が湧き上がり、何度自分を攻め立てただろうか。計り知れない思考の宇宙。数えきれない「もしも」と「あの時出来たら」が、それこそ星の様にミヒトの頭の中で瞬き、ぶつかり、そうして怒りと後悔の黒い感情の渦に飲み込まれていく。

 過ぎ去ったことを常人の思考速度で何年分考えただろう。何十年考えるのだろう。その現実から著しく乖離した思考速度から繰り出される自身への叱責は、降り注ぐ無数の雨の様に、逃げ場もなく、ただ、ミヒトの心をひたひたと冷たくする。

 彼の中には、美しくも幻想的な家々と、森と湖を守ることが出来なかった後悔しか無かった。


 凍えそうなほど冷たくなった心は、逸らしていた残酷な記憶を思い出させる。大森林を飲み込もうとした大火災、その炎を消し止めんと夜空に飛び上がったミヒトの瞳には映っていたのだ。力尽きたドワーフ、苦しみもがく獣人やエルフ、焼けただれた人の形だった物。助けることが出来なかった、この異世界の住人達を。その瞳はカメラのシャッターの様に寸分狂いなく、その刹那を鮮明に映していた。

 生物として持ってはならない、規格外のドラゴンの頭脳に、ミヒトは心が耐えられなくなっていた。目の前で見せられ、焼き付けられた不合理。堅牢な体は、他者を守らねばならないという無駄な義務感を抱かせ、弱い心は自分を脅迫していく。自分の浅はかな思考によって多くの命を失った。イェレアスの事も同様だ。いや、ミヒトにとってはそれこそが自責を起こす引き金になった。

 この巨体、白銀の堅牢な鱗を持っても。地に縛られることの無い翼を持っても。瞬時に記憶を呼び起こし、一秒とかからず思索終えてしまう頭を持っても。それらを背負うのは内に宿された男一人の魂のみだ。

 自己嫌悪のループに入ってしまったミヒトだったが、ふと、モナから声を掛けられ、思考が中断される。



「誰も、貴方を責めたりはしませんよ。イェレーも、ミヒト様が来る随分前から不気味な気配を感じていたと言っていましたし。ミヒト様がいてくれなければ、多くの命が使命を果たせずに散っていったでしょう」


「・・・」


「ですから、思いつめないでください。そうでないと、心が、壊れてしまうから」



 そうつぶやいたモナの表情は、影を落としたように、何処か、暗さをおびていた。彼女は、妹のイェレアスを巨大な切り株の傍で寝せると、ミヒトに笑顔で振り向いて見せた。

 いつの間にか空は星に満たされ、大小二つからなる白い月に煌々照らされていた。月明かりか、息をついた彼女の笑顔は、ミヒトにとっては直視しがたい、輝いたものに見えた。

 先ほどの暗い心が、少しだけ晴れた。


 モナは何か感じるものが有ったのか、先ほどと変わって声高に話始める。



「そうです、船を作るところ!私にも見せてくださいよ」


「む、それは。今すぐはちょっと難しいかな・・・」


「それを何とかするのが魔法。なのでしょう?(ことわり)を超えて事を成す奇跡。筋を作り言葉を尽くしても、頭で描いた情景のどちらでも魔法を起こせるって言っていましたよ?」


「いや、そんなことは言っていませんよ?!」


「エルピス様が言っていました。エルピス様は『自分はミヒトと同じ魂と記憶を分けた存在、もう一人の自分』と言っていましたし、それであればミヒト様が口に出したことと同義なのではありませんか?」


「それは・・・(違うのでは無いかな?)」



 もう一人のミヒトと呼ぶべき、自身の半身、翼を持たない亀のような白銀のドラゴン、エルピス。

 確かに、自分と同じ記憶を持ち、同じ性格、分かたれた魂と認識している彼が言った事ならば、あながち間違えではないと言えるかもしれない。

 問題は発信先では無く、その内容だ。


 言葉で口に出しても、頭でイメージしても魔法を扱うことが出来る。という情報はそれと無く掴んでいたが、ミヒトが堕天使のユウトと戦っている最中に体で確信した情報だ。どうやら、アムレトの村に残ったもう一人の自分は熱心に魔法の研究でもしているのだろう。

 そうであるならば、早急に情報を共有し、堕天使(ユウト)に備えるべきである。

 思い立ったミヒトは迷いの一切を捨て去り、現実に見た船、記憶というカタログを放り投げた。


 ミヒトは頭の中で一つのスケッチブックを思い描くと、巨木と同じ色の茶色を取って、一つの船を殴り描いた。

 大人が描く様な、細かく特徴を捉えた正確なスケッチでは無い。園児がその日パッと描いて見せる落書きそのものだ。

 人間にドラゴンの表情がわかるかは不明な所だが、ミヒトは自慢げな表情でモナに言って見せる。



「ああ、出来た!今すぐ魔法で作って見せよう」


「本当ですか!このスギタラの巨木が本当に船になるのですね!?」



 モナは疑問を口には出すが、その表情は期待に満ちた明るいものだ。

 ミヒトは頭の中で描いて見せたラクガキを三本の巨木に重ね合わせる。そうしたら、頭の中から絞り出すように、細く、ゆっくりと詠唱を始めた。



「三本の巨木よ。千を、いや、否!万を乗せる船となれ。雄々しく、揺るぎの無い航海。そして何物にも、屈すること無い、強靱で、決して沈まぬ船体を。其の魔力、我が魔力、四柱を持ち、全てを包み、皆を新たな故郷へ導くために、帆を、上げよ!」



 ミヒトの詠唱に合わせ、紙筒をめくるように分厚い樹皮が裂けて剥がれていく。青白く光に包まれ、宙に浮いた三本の巨木はメリメリと花が開くように姿を変えていく。年輪ごとにめくれ、三本の巨木が水面に船体を映しながら、その姿を作り上げる。

 船底が出来上がり、柱が立ち、天井が出来上がる。また柱が立ち、巨大な階層となっていく。入り口と申し訳程度の窓が付き、潜水艦、というよりはアーモンドにも似た茶色の大巨船。サッカーでもするのかというほどの大空間が開けられた船。

 船体の大部分が出来上がると、葉のついた枝が常識では考えられない速度で船上をうごめき、束になっていく。絡み合い、螺旋を描いて真っすぐ上に伸びると、緑の葉っぱは白い布に変わり帆となった。

 詠唱を唱え終わったミヒトは改めて船を見つめる。彼が前世で見てきた豪華客船よりも質素な船だが、その船体は今にもミヒトをつぶしてしまいそうな程、パンパンに膨れ上がっていた。

 思い描いた船をそのまま作り上げてしまったミヒトは、予想外の満足感に満たされていた。

 そこに、モナがミヒトに聞いた。



「この船のお名前は?」


「え。ふ、船の名前?」



 不意を突かれたミヒトは、一瞬は戸惑うが、やっと記憶というカタログがミヒトの頭に戻ってくる。そうして一つ思い出す、様々な種族が一つに乗る船の名前を。



「名前。この船の名前は、アーク」


「あーく?ですか」


「そうだ、箱舟(アーク)だ。」



 宙に浮いていた船はゆっくりと水に浸かっていく。川自体が湖の様に広いからか、それとも、未だ魔法がかかっているのか。大小の波が立つが、次第に収まり緩やかになり、その山と間違う船体を浮かべて見せた。

 船はその名に込められた意味を理解したのか、船の入り口がゆっくりと開かれる。地に扉を降ろし、アークと、箱舟と名付けられた木造の巨大船は。まるで、その時を待っているかのようだった。


 大きな月、小さな月、二つの白月に照らされた大きな箱舟は、自身よりも小さなドラゴンと、うんと小さな人間の影を、自分の影で包んで見せた。

皆さま、連休は事故などにお気をつけて

まあ連休だけじゃないですよね~

五月にも更新出来たらいいなと思ってます

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