01.ボブ、サム、トム……そしてジークハルト!?
「ボブ殿下ですわ!」
その声を合図にしたように、一年生の教室がにわかに騒がしくなった。
扉の向こうに立っていたのは、第二王子にして生徒会長のボブ殿下。
柔らかな微笑みを浮かべた殿下の姿に、女子生徒たちが次々と席を立つ。
「殿下がいらっしゃったのね!」
「今日も素敵……!」
わかる。わかるのだけれど。
私は教科書を閉じ、教室の入り口を見つめた。
整った顔立ちに、品のある物腰。成績も優秀で、誰に対しても穏やかに接する第二王子。
前世で遊んだ乙女ゲームなら、間違いなく攻略対象の筆頭だろう。
ただし、名前はボブ。
……ボブ。
そこだけ、どうしても引っかかる。
私、エリスには、前世の記憶がある。
つい最近、突然蘇った日本での暮らしと、夢中になって遊んだゲームの数々。
まだこちらの記憶と前世の記憶が頭の中で入り交じり、ふとした瞬間に、自分がどちらの常識で物事を考えているのかわからなくなる。
そのせいだろうか。
きらびやかな学園生活を目の前にすると、どうしても違和感を覚えてしまう。
もっとこう、物語の中心にいそうな名前の人はいないのかしら、と。
「今日は生徒会のことで、少し話をしに来たんだ」
殿下の声に、教室が静まる。
「サム君とトム君はいるかな?」
「はい、殿下」
立ち上がった二人に、再び黄色い歓声が上がった。
サムさまは明るく爽やかな美男子。
トムさまは落ち着いた雰囲気の知的な美男子。
どちらも成績優秀で、女子生徒たちの憧れの的だ。生徒会の役員候補として声がかかるのも納得できる。
でも。
ボブ、サム、トム。
なんというか、並べると一気に村の青年たちの名前になる。
失礼なのは承知している。
本人たちには絶対に言えない。
三人とも、名前以外は非の打ちどころがないのだから。
「お二人とも生徒会に入られるの?」
「きっとそうよ。殿下と並んでお仕事をなさるなんて、素敵ね!」
女子生徒たちが入り口付近へ集まり、殿下と二人を囲む。
生徒会の話を聞きたいのか、少しでも近くで顔を見たいのか。
おそらく後者のほうが多い。
私は席を立たず、その光景を眺めていた。
王子と優秀な美男子二人。これだけ揃えば、普通なら華やかな物語が始まりそうなものなのに。
どうしても、あと一歩足りないような気がする。
そのときだった。
「ちょっと、邪魔ですわ」
女子生徒の尖った声がした。
視線を向けると、教室の入り口近くで、一人の男子生徒が足を止めている。
騒ぎの輪を抜けて廊下へ出ようとしていたらしい。
「今、殿下がお話しされているのよ。向こうを通ってくださらない?」
言った女子生徒自身が通路を塞いでいるのに、ずいぶんな言い草だ。
男子生徒は何も言い返さず、少し身を引いた。
黒い髪に金色の瞳。すらりと背が高く、目立つほど整った顔立ちをしているのに、周囲の女子生徒たちは彼を見ようともしない。
彼の胸元の小さな家紋が、地方の下級貴族であることを示していた。
なるほど。相手の身分を見て、態度を変えているのね。
私は眉をひそめた。
「待って」
そこで声を上げたのは、ボブ殿下だった。
「彼は通ろうとしただけだろう。道を塞いでいるのはこちらなのだから、そんな言い方をしてはいけないよ」
叱りつけるのではなく、諭すような口調だった。
女子生徒たちがはっとして、慌てて道を空ける。
「申し訳ございません、殿下……」
殿下は小さく頷くと、男子生徒へ向き直った。
「すまなかったね。君の名前を聞いてもいいかな?」
「ジークハルトと申します」
──ジークハルト。
私は思わず息を呑んだ。
今、ジークハルトって言った?
ボブ、サム、トムときて、ジークハルト?
いるじゃない!
いかにも何かありそうな名前の人が!
私は改めて男子生徒を見た。
黒髪に金色の瞳。目立つのを避けるように、騒ぎから少し離れて立っている。
あれほど顔立ちが整っているのに、誰も彼を気にかけていない。
地方の下級貴族で、華やかな生徒会の面々からも外れている。
……これは、ますます怪しい。
前世のゲームでは、地味な立場にいる人物ほど、とんでもない秘密を抱えていたりした。
身分を隠した王族、失われた血筋の継承者、あるいは物語の終盤で正体を現す強敵。
もしかしたら、私はゲームの世界に転生したのかもしれない。
前世の記憶が戻ったばかりで、まだ何が何だかわからないけれど、そう考えると妙に納得できる部分もある。
だとしたら、こんなにも名前の雰囲気が違う人を、偶然の一言で片づけていいのかしら。
「ジークハルト君、ありがとう。引き留めて悪かったね」
殿下が道を譲る。
彼が一礼して歩き出そうとした瞬間、私は立ち上がっていた。
「ジークハルトさま!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
教室中の視線が、一斉にこちらへ向く。
……そんなに驚くことかしら。
私はスカートを整え、できるだけ優雅に彼へ歩み寄った。
公爵令嬢として、初対面の相手に失礼があってはいけない。
「少し、お話を伺ってもよろしいかしら?」
「……私に、ですか?」
ジークハルトさまは、心底意外そうに目を瞬かせた。
「ええ。あなたに」
周囲が妙に静かだ。
女子生徒たちは互いに顔を見合わせ、サムさまとトムさまもこちらを見ている。
殿下まで、何か言いたそうな表情を浮かべていた。
「……あのエリスさまが、どうして下級貴族の方にお声を……?」
「何かお気に障ることでもあったのかしら」
「しっ、聞こえてしまうわ」
女子生徒たちが、ひそひそと何かを囁き合っている。
……やっぱり。
みんな、彼の名前を聞いて驚いたのね。
さっきまで誰も気に留めていなかったのに、この反応。
私が声をかけたことで、ようやく何かに気づいたのかもしれない。
ジークハルトさまは、なぜか困ったような顔をしている。
けれど、私はもう決めていた。
この人のことを、もっと知りたい。
だって、ボブ殿下のいる学園に、ジークハルトなんて名前の人が現れたのだもの。
何もないはずがないわ。
──この人だけは、絶対に見逃さない。
新作を始めました。
もしよろしければ、ブックマークや↓の「☆☆☆☆☆」で応援していただけると嬉しいです。




