Day 31. 花宵
「花が……咲くんだな」
「咲くよ。まあ、たまにだけど」
以前訪れたときは、ただの大きな木としか思わなかった、シャナイゼの木。このような大きな木がこのあたりにあることが異常だ、と前にリズから聞かされてはいたが、地理的な話云々よりも、そんな木を刳り抜いて塔にしてしまう魔術師の発想のほうに呆れてしまって、結局記憶の彼方に忘れ去ってしまった。
そして、年月を経て再びこのシャナイゼを訪れたラスティは、シャナイゼの大樹が白い花をつけているのを目の当たりにした。夜をさらに覆う街の天蓋の中に、斑点を入れたかのようにぽつぽつと見える夜目にも白い花。地上からは斑点程度の大きさにしか見えないが、実際はもう少し大きいのだろう。そう思うと、やはりこの木は魔力の影響を受けた特別な木なのだ、と数年前の話が思い出された。中身をほとんど刳り抜かれてなお、木としてまともに生きていて、さらに花を咲かせるだなんて。
「数年に一度、くらいなんだ。間隔もばらばらで、なんで花を付けるのかも分かっていない。種子を宿すわけでもなくて……っと」
街の入口で落ち合い、ラスティを案内するリズは、ふと歩みを止めた。二人の目の前を、ひらり、と白いものが落ちていく。石畳の上に寝そべったそれは、男の掌ほどの大きさの白い花弁。おそらく件の花のもの。
「まあ、この街に住む私たちにも珍しいものなんだ。……ツイてたね、あんた」
「そう……なのか」
「そうなんです。久しぶりの再会を、大樹が祝してくれてたりして」
もうどれほどの時が経ったことだろう。ラスティが故郷から逃げ出し、その先で仲間たちに逢って。レンには道中幾度となく助けられ、リズをはじめグラムたち〈木の塔〉の者たちには、いろんなことを教えてもらったり、世話になったり。今ここにはいない敵国の女も含めて実は半年にも満たない付き合いだったのだが、得難い仲間ができた、とラスティは今でも思っている。
それだけの、とても大きな存在なのだが、こうして再び会うのは、本当に久しぶりだ。このシャナイゼが東端に位置するからというのもあるが……まあ、いろいろと都合があったのだ。
「都合……ねぇ」
ラスティの言い訳を聞いたリズは、半眼でラスティの顔を眺めた。別に笑われてはいないのだが、ラスティはせせら笑われているような気分になる。
「嘘か本当かは知りませんが……レンの奴は、たぶん納得しませんよ?」
「そうだろうな……やっぱり」
「今日は鉾槍持ち出していたみたいだから、出会い頭に気を付けてね」
「感動の再会だな」
血の気の多いことだが。いや、頭に血を昇らせるようなことをしたのは、ラスティのほうだったか。
緑と茶色の街並みが、魔術の街灯に照らされる。今晩は、夜が深くなっても人通りが多かった。大樹に花が咲いたことで、ちょっとしたお祭り騒ぎとなっているようだ。胸に桃の花の飾りを付けた身なりの良い集団が、何やら催しごとの案内をしている。近隣の村から出向いたのか、明らかに街に不慣れな素朴な若者が、大口を開けて辺りを見回しながら歩いている。カフェのテラス席からは、こんな時間だというのに珈琲の香りが漂ってくる。特別な夜に、街中がほろ酔い気分に陥っているようだ。
「今日は、みんないるよ」
唐突に、リズが漏らす。
「レンも、グラムもリグも、ウィルドも。ユディももうこっちに来てる。アーヴェントにも声を掛けたし」
「変わりはないか」
「ないわけないでしょ」
軽い笑い混じりの答え。
歳を重ねて、彼女も大人になった。ラスティも変わったことだろう。これから会うみんなが、きっと何かしらの変化があるはずだ。時の流れの前に、誰しも不変ではいられない。神とて変わったのだから。
だがラスティは、不思議と昔に戻ったような気分を味わっていた。街の雰囲気に呑まれ、ラスティにも酔いが回っているのだろうか。
数年に一度の奇跡の下で、ラスティたちは再び巡りあう。
花の時と同じように瞬きするほどのひとときは、胸の奥底でいつまでも仄かに光り続けるだろう。




