エピローグ
天空都市エヴァントラスとの衝突が終結してから数日後。
ヴィラン連合は某所にて、いつも通りの定例会議を執り行っていた。
「───エヴァントラスは既に、国内から脱出したそうです。今頃は海の上でしょう」
「マジで嵐みたいな奴らだったねー……」
さりげなく隣の席を一瞥していたゼロは視線を正面に戻し、配られた書類をペラペラめくりながらそう呟いた。
実はボス救出後もしばらくの間、幻狐からの扱いの酷さを嘆いて落ち込み気味だったのだが、ようやく持ち直してきたようだ。
「……ヒーロー協会の連中は結局、どうにも出来ず諦めたみたいだな」
「はい。やはり海外出張で不在だった、ご意見番の存在が大きかったようです」
書類を流し読みした魔王の言葉に、ラプラスは頷く。
ヴィラン連合の目的は攫われたボスの救出。
本来の想定とは少しズレたものの九尾とエルムがそれを見事に成し遂げ、ボスを無事に取り戻すことに成功した。
この時点で目標は達成されており、ヴィラン連合がこれ以上、エヴァントラスと敵対する理由は皆無。
よって、ヒーロー協会との協力関係を続ける必要も無くなった。
ヒーロー協会としてはむず痒い結末だったろう。
そのまま国際指名手配犯を放っておく訳にはいかないが、ヴィラン連合が離脱し、実際に当てられる戦力がガクンと減少してしまった。
結局、現場に居合わせたビルドマンとシャイニング・ウィザードの決定で一時撤退が選択されたのだった。
海外出張しているご意見番が帰国し次第、再度突入する算段を整えていたようだが……。
それよりも先に、エヴァントラスは姿を消してしまったのだ。
驚異が去ったことを喜ぶべきか否か。
少なくともビルドマンなど一部の面々からは、不完全燃焼を思わせる表情の陰りが垣間見えた。
「それと、こちらは少々話がズレるのですが───」
エヴァントラスの一件以外にも、細々とした通常の報告や連絡なども簡単に交わされた。
それでも過去一のドデカ案件が終わったばかりなので、いつもに比べればかなりシンプルかつ短い話し合いだ。
そして、つつがなく進行した会議が終盤に差し掛かった頃。
ラプラスによって最後の議題が挙げられた。
これさえ終われば即解散となるものの、どうしてか円卓を囲む全員(ラプラスを除く)の顔色はあまり優れない。
特に酷いのがボスと九尾だった。
ボスは冷や汗をダラダラ流しながら視線を逸らしており、一方で九尾は頬を引き攣らせてめちゃくちゃピキっている。
今にもブチギレそうだ。
しかし、これら全ての原因たる存在は周囲の沈んだ空気など意にも返さず、ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべてくつろいでいた。
ボスのお膝の上で。
全員の視線が、ボスと向き合うようにお膝に座った幼女に向けられる。
「なぁファントム、血を吸わせて欲しいのだ!良いだろう?もう我慢出来ないのだぁ〜!」
駄々をこねる子供のように、ボスの首に手を回して血を吸わせろとねだるのは、フリル付きのワンピースに身を包んだ白髪の幼女。
そう、なんと姿を消したはずのエヴァントラスの主、ミューラその人であった。
まだ会議中にも関わらず、飽きてしまったのか全力でボスに甘えている。
九尾がキレた。
「おんどりゃあ貴様ァ!何故まだここにおるんじゃ!!……いや、この際それはどうでも良い!何にせよさっさとファントムから離れんか!!」
「えー、嫌なのだ。だってファントムは友達なのだぞ?我輩はただ友と戯れているだけなのだ」
「じゃかぁしい!妾のファントムにベタベタするなと言っておるんじゃ!ほれ、シッ!シッ!お子様は家に帰れ!」
顔を顰めた九尾が大人気なくミューラを引き剥がそうとする。
けれどミューラは、ひっつき虫のようにボスにひしっとしがみついて離れない。
二人ともボスとの約束で物理的な殴り合いが実質禁止にされている分、より鋭利になった言葉の刃を投げつけ合ってバチバチと火花を散らしている。
最強の二人に挟まれ、逃げ場を失ったボスの表情は死んだ。
確かに、女の子から奪い合われるような男になりたいと願ったことはある。
きっと誰しも一度は持つ類いの願望だろう。
……だけどこれはちょっと違くないか?
想像よりも数倍殺伐としているのだが。
約束が無ければ、即座に拳のクロスカウンターがぶち込まれそうな剣呑な雰囲気だ。
なんか後ろで控えてるイリスさんの視線も冷たいし……と、ボス。
絶対零度を遥かに下回る冷たさに思わずぶるりと背筋が震える。
違う、違うのだ。
求めていたのはこういう取り合いじゃない。
先生、やっぱハーレムって男の勝手な妄想なんすかね……。
ボスは乾いた笑みを浮かべた。
「……懐かれているようですし、ミューラさんの事はファントム君に一任ということでよろしいですか?」
「ああ、そうだな」
「異議なーし。爆ぜろリア充がっ」
「ちょっと!?」
ボスが口を挟む暇もなく、ミューラに関する事柄は全てボスが引き受けることで決定してしまった。
「友達になろう」と言ってしまった手前、積極的に異議ありとは言えず、ボスは何とも言えない表情で押し黙ることしか出来ない。
さりげなくキスをしようと近付いてきた九尾の顔面を抑えつつ、これまたさりげなく首筋に噛み付こうとしたミューラの口を手のひらで覆う。
「何故じゃファントム!お主を助け出した礼として、キスをするくらい許してたもう!本当ならばピーー(自主規制)とかピーー(自主規制)とかしたいところじゃが、お主のことを思ってきちんとステップを踏んでおるのじゃぞ!?一体何が不満なのじゃ!それとも妾の体では、もはや満足出来なくなってしもうたのか!?」
「いや言い方ァ!!」
「むーっ!どうしてなのだ!?もう喉が乾いて仕方ないのだ!早くファントムのドロドロした液体を口いっぱいに流し込んで───」
「だから言い方ァ!!絶対にわざとだよね!?」
たぶん……というか絶対に、意図してそういう言い回しをしている気がする。
ジト目でミューラを見つめるが、返ってくるのは純粋無垢そうに見える視線のみ。
判断がつかねぇ……。
これはどっちだ?
わざとなのか天然なのか。
もし天然だとしたらあまりにも末恐ろしい。
「……大丈夫」
いつの間にか魔王様のお膝の上にちょこんと腰掛けていた青薔薇姫ことシルヴィアさんが、デフォルトのジト目をボスに向けてそう言った。
押合い圧し合いしていた九尾とミューラも含めて、ボス達の頭上にそれぞれハテナマークが浮かぶ。
「嫁の数は男の甲斐性。正妻は一人だけど、その他は何人居ても問題ない」
「いやあの、一応現代は一夫一婦制……」
「私たちはヴィラン。法律に縛られる必要はない。……ハルトの女も今後増やす予定」
「!?」
魔王様はバッ!と、驚愕を滲ませた瞳を己の小さな愛妻に向ける。
いかにも「初耳なんですけど!?」とでも言いたげな表情だ。
どうやら魔王本人とは違って、シルヴィアは第二夫人以降を迎え入れることに対して、割と前向きならしい。
魔王にとって、対岸の火事ではなくなってしまったようだ。
「……まぁ、それでも今度は正妻戦争が始まるけど。頑張って」
おそらくその正妻戦争を見事勝ち抜いたであろう先輩から、ありがたい応援の言葉を頂戴した。
果たして今後、ファントムは誰かと結ばれるのか。
それとも独身貴族を貫くことになるのか。
それは神のみぞ知る。
……ともかく、エヴァントラス襲来による一大事はこれにて完全に終結。
また何気ない日常が彼らの元に戻ってきたのであった。
これにてエヴァントラス編完結です!皆様、いかがだったでしょうか……。ちなみにミューラは作者の癖ェを詰め込んだキャラなので、やっぱり一番愛着があります。きっと今後も度々物語の中に登場するでしょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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