エピローグ②
「………ふぅ〜ん……?」
心底不満気な声色で少女は声を漏らす。
その表情はつまらなそうに顰められているものの、瞳の奥に燃える感情は火傷しそうなくらいに熱を帯びている。
アイドルグループ・"デモンソウルズ"のセンター、ルーシィちゃん。
それが彼女の肩書きと名前だ。
楽屋の鏡台に向き合いながら、ルーシィが視線を落としていたのは今朝の新聞だった。
プロデューサーが差し入れしてくれたのだが、その一面に掲載された内容を見るなり発したのが、最初のセリフである。
なんなら文章すら読んでおらず、パッと写真だけ目に入った瞬間に無意識で零れていた。
正直な話、ルーシィはこの胸に蔓延る感情を上手く言語化出来ずにいた。
それは彼女が今まで"恋愛"なんてしてこれなかったためでもあり、またこれ程までに激しい感情を生まれてこの方、抱いた記憶が無かったからでもある。
単純な嫉妬心だけではないだろう。
羨望やあまり宜しくない黒い感情がドロリと溢れて、心の内でぐるぐるとかき混ぜられる。
自分はどうしたいのだろう。
どうすればこのモヤモヤは解消されるのだろう。
いつもならば元気に笑い飛ばせる性格をルーシィはしているが、今に限ってはそう簡単に切り替えられなかった。
彼の笑顔が脳裏にこびり付いて離れない。
ルーシィは立場上、希釈され改竄される前の実情をある程度は把握していた。
彼の勇姿もまた、父親を通じて少なからず聞いている。
監視カメラが捉えていた彼の戦いざまは、ルーシィの心臓を激しく脈動させた。
脳がゾクゾクと震え、快感にも似た甘美な感覚が全身を支配した。
だいぶ分厚いフィルターがかかっているようだが、本人にその自覚は無い。
ただひたすらに、焼かれた脳で彼の姿を一秒でも漏らさないよう記憶した。
「……いいなぁ………」
誰も居ない広い楽屋に、ルーシィの呟きがぽつりと零れる。
当然、何の反応も返ってこない。
ルーシィは事件があった当日、デモンソウルズとしての仕事の関係でやむなくヒーロー協会には居られなかった。
今となっては、その仕事を引き受けたことを後悔していた。
だって、もし当初の予定通りの配置で待っていたのなら、もしかしたら彼にだって────。
「───ルゥ〜〜シィちゃぁん(巻き舌)!そろそろ出番だよ!早く早くぅ!」
「……うん、分かった。ありがとね」
楽屋のドアを勢いよく開いたのは、デモンソウルズの総合プロデューサーを務めるスーツ姿の女性だった。
丸メガネをクイッとしつつ、「ハリーアップ!」とルーシィを急かす。
新聞を折り畳んでその場に置き、ルーシィは一度だけ深い深呼吸をした。
ゆっくりと目を開ければ、もはやそこに居るのは先程までの恋に振り回されていた乙女ではない。
何百何千万もの人々を熱狂させる、天下のアイドル様である。
『みんなーーっ!!盛り上がってるーーーっ!?』
ルーシィの元気に満ちた声が、マイク越しに満席のライブ会場に響き渡る。
返ってくるのは野太い歓声だ。
会場そのものが揺れていると錯覚してしまう程の熱狂に、ルーシィやデモンソウルズの面々は頬を赤く染め、とびっきりの笑顔と全力の歌声で応える。
『行くよーーっ!一曲目は"ラブ♡ストリーム"!みんな、ペンライトの準備はおっけ〜〜?』
"傲慢"担当の褐色ギャル、シャルルがギャルピ決めポーズで観客達に問う。
もちろん、準備は万端だ。
大変な熱を孕んだ返答に満足したシャルルがうんうん頷く後ろで、"怠惰"担当のネムは未だに眠そうに瞼を擦っていた。
"憤怒"担当のレティが、ネムの丸みを帯びたケモ耳を摘んで起こそうとしているが、あまり効果が無いように見える。
レティが慌てるその光景を、隣で"暴食"担当のテトラが、自身の茶色いウェーブヘアをくるくる手で弄りながら、微笑ましげに眺めている。
「ミル、頼んだわ」
「あはは、了解です……」
困ったように微笑んだ"色欲"担当のアイアナの頼みで、こちらもまた苦笑いしていた"嫉妬"担当の青髪少女、ミルがネムの元に小走りで寄る。
この中で唯一、ネムを確実に起こせるのがミルなのだ。
こんなドタバタを挟みつつ、デモンソウルズのライブはつつがなく始まった。
「うはーーっ!最高や!こりゃ二号君のためにも、しっかり目に焼き付けなあかんで〜〜!」
ちなみに右側前方の観客席にて、関西弁で喋る糸目の優イケメンが目撃されたとか……。
◇◆◇◆◇◆
ヒーロー協会は、今回の一件の対応に追われていた。
秘密結社Xとの衝突は作戦の一環だとして、情報統制はかなり上手い具合に働いたのだが、それはそれとして、役員であるハグトーレの悪行は無かったことにならない。
スポンサーや世論からのバッシングや問い合わせ、魔王軍などヴィラン連合に属する組織と衝突したヒーロー達のアフターケアなど。
やるべき事は盛りだくさんだ。
「よくもまぁ顔を出せたものだな」
「面の厚さだけには自信があるもんで」
そんな中、作業に忙殺される職員に混じって、横長の机に向かい合う一組の男女のペアが居た。
片や、ヒーロー協会"三英傑"が一人、迅雷ヒーロー・イナズマ。
そしてもう片や、現在ヒーローランキング六位となった元傭兵の筋肉ムキムキマッチョマン、ガルバンである。
既に彼がハグトーレに雇われていたことも判明しており、現在のヒーロー協会は彼にとってあまり居心地が良いとは言えない場所のはずだ。
「いやいや、俺だって反省してるんだぜ?そもそも俺ぁ最初から反対してたんだよ、内心ではな。無謀だって思ってたさ」
本当だろうか。
イマイチ信用出来ない大仰な仕草でそう言い張ったガルバンに、イナズマの胡乱げな視線が突き刺さる。
「こちとらヒーロー様だぜ?役員共は知らねぇが、天下の正義の味方が悪の片棒担ぐかっての」
ヒーロー協会はガルバンの処遇に困っていた。
実際問題ガルバンは雇われの身であり、ハグトーレの作戦の全容を全くと言って良いほど知らなかった。
そのため、利用されていたと情状酌量の余地があるとする見解。
片棒を担いだ時点で同罪だとする意見など。
いくつかの提案が結論に行き着かぬまま平行線を辿っていた。
イナズマは深いため息で、胸の内に溜め込んでいたストレスを吐き出した。
「知ってるか?人間って、死ぬ気になれば案外どうにかなるもんなんだぜ……」
ガルバンが遠い目でそう語った。
すっかり牙を折られた獣と例えるのがふさわしい、なんだか妙に哀愁漂う横顔だ。
「……そうか。そう言えば、あの"マッド・ノクターン"が相手だったらしいな。よく五体満足で生きて帰れたものだ」
マッド・ノクターンことソアレとの対決は、どうやら彼の心に浅くない傷を残したようだ。
ルーシィちゃんは今後もちょくちょく出番あるかも……。
・筋肉ムキムキマッチョマン……『コマンドー』より
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