陽動作戦、開始!
その日、ヒーロー協会の司令室は過去最大級の喧騒に包まれていた。
部屋の奥に設置された巨大パネルには地図が映し出されており、四箇所に大きさの違う赤色の光が点滅している。
それぞれ何枚かの画像が添付されていて、中には有名な大型商業施設のものまであった。
『B地区〇〇デパート付近に魔王軍を確認!シャイニング・ウィザード様を筆頭に交戦中です!』
『D地区先行部隊、現着!通報にあったヴィランを確認!あれは………ご、互助会です!互助会所属ヴィラン、"剛鬼"と交戦します!応援を───』
「A地区に派遣したヒーローが壊滅!ヴィランは"九尾"を名乗っており、No.1ヒーロー・ビルドマンとの戦いを要求しています!ビルドマンが受諾、先程A地区ヨルノトビルへと出撃しました!」
「"ラプラス"です!F地区を襲撃したヴィランはあのラプラスです!ハグトーレさん、指示を!」
「ぐむぅ……!」
次々と報告が上がる中、苦虫を百匹かみ潰したかのような苦々しい表情で唸る男が居た。
秘密結社Xへの宣戦布告を促した張本人、ハグトーレである。
その表情に見えるのは焦りだ。
ヴィラン連合とはお飾りの集まりではなかったのか?
ラプラスが再び表舞台に出てきた真意は?
九尾まで?
次々と際限なく浮かび上がる疑問に気が狂ってしまいそうだった。
「───ッ!ハグトーレさん、侵入者です!正面入口に秘密結社Xを名乗るヴィラン達が出現!"三英傑"マッスルマンさんを含む、ヒーロー数名が交戦中です!」
緊迫したその報告を聞き、ハグトーレは汗ばみながらも口角を僅かに上げた。
なるほど、これが狙いだったのか……と。
各地でヴィランが騒ぎを起こし、手薄となったヒーロー協会に殴り込む。
ヒーローの本拠地に自ら足を踏み入れるとは恐れ入ったが、ハグトーレからすればこの状況はむしろ都合が良い。
この際、ヴィラン連合の関係性などどうでも良いのだ。
秘密結社Xを返り討ちにさえすれば、自分の目的は果たされる。
「秘密結社Xは私が直接対処する!中央階段以外の昇降手段を全て閉鎖するのだ!」
「はっ!」
ハグトーレは勇ましい足取りで司令室を後にした。
騒がしく人が行き交う通路を、ハグトーレは彼から与えられた兵を率いて歩む。
ついにこの時が来たのだ。
秘密結社Xを潰し、ヒーロー協会を踏み台にしてさらなる地位と名誉を手に入れる。
そんな醜く汚い欲望を腹の中に収めたハグトーレ。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら、最上階にある特設ルームへと向かうのであった。
◇◆◇◆◇◆
「"凍てつく世界"」
シルヴィアの放った大規模な冷気が、瞬く間に周囲を銀世界へと変えてしまった。
ヒーロー達は悲鳴を上げる暇もなく氷漬けにされ、美しい彫像として氷結した世界のオブジェと化している。
デフォルトの無表情で、静かに白い息を吐き出すシルヴィア。
穢れを知らない白磁の肌は、まるで神が直接作り上げたかのように美しく、人を魅了せずには居られない。
瞬きする度に揺れる長く細いまつ毛。
その奥に潜む、凍てついた氷河のような無機質な瞳。
ここは実は楽園で、彼女は神が遣わした天女なのではないだろうか……。
敵対しているのも忘れて、ヒーロー達が見蕩れてしまうのも無理はない。
まぁその結果、あっさりと物言わぬ氷の彫像にされてしまった訳だが。
「───わわっ!?」
その時、突如としてシルヴィアの横に何かが着弾した。
人だ。
どうやらかなりの力で弾き飛ばされてきたらしく、土煙に混じって砕けた氷片が辺りに撒き散らされる。
「いてて〜……」
土煙の中でむくっと体を起こした人物は、むっちりしたその立派なお尻を擦りつつ、髪に付いた氷片を手で払い落とす。
ゆさりと揺れたこれまたご立派なお胸に、心なしかシルヴィアの表情がさらなる冷気を帯びた気がした。
「……真面目にやって、桜綾」
「至って真面目ですが!?」
身震いしてしまいそうな冷気を孕んだ視線に、"桜綾"と呼ばれた女性はぶるりと身を震わせる。
彼女が身に纏っているのは赤色をベースにしたチャイナ服で、動きやすいよう深いスリットが入っていた。
精神的にも身体的にも、とても凍えているらしい。
コミカルな動きと表情で弁解する桜綾だったが、不意に襲来した気配をいち早く察知し、真面目モードに切り替え。
ずざっ……!とシルヴィアの前に立ち塞がる。
直後、遥か彼方で何かが煌めいたかと思えば、ほぼ同時に飛来した光の槍が桜綾の眼前に迫っていた。
「疾ッ!」
光の速度で迫る槍を蹴りで粉砕。
立て続けに三本の光の槍が迫るが、全て漏れなく突きや蹴りで撃墜した。
砕けた燐光が、パラパラと彼女の勇姿を称えるかのように輝いて散る。
「……ん、ご苦労」
「どうもどうも」
わざとらしく尊大な態度でふんすっ、と薄い胸を張るシルヴィアに、桜綾は微笑ましいものを見るような温かな視線を向けた。
「あらぁ〜。さすがねぇ〜……」
語尾を伸ばした特徴的な喋り方。
上空を見ると、そこには大きな魔女帽を被った女性がホウキに腰掛け、こちらを見下ろしていた。
ヒーロー協会が誇る伝説的な魔術師………シャイニング・ウィザードだ。
立場や強さもそうだが、今回の一件に深く関与していると思われる彼女の登場に緊張感が高まる。
「ん、肉壁………じゃなくて、前衛は任せた」
「今、肉壁って言いました?言いましたよね?」
「知らない」
「もうっ、この腹黒正妻!帰ったら魔王様に文句言ってやりますからね!」
「何を言うか。シルヴィアさんは、完璧で献身的な最強正妻様ですが?」
さらっと肉壁扱いされたことに憤慨する桜綾。
もはや日常的になりつつある雑な扱いに涙を禁じ得ない。
「あらあら、仲良しさんねぇ〜」
シャイニング・ウィザードも、あらあらうふふと穏やかな笑みを浮かべる。
間違いなく激闘が予想されていたB地区であるが、本格的な戦いが始まるまで、もう少しかかりそうだった。
◇◆◇◆◇◆
───D地区の中央を通る、片側三車線の広い車道にて。
「はあああっ!!」
女性が鉈のような大剣を振るった瞬間、コンクリートの地面がいとも簡単に捲り上がり、激しい土砂を伴った爆風が吹き荒れる。
たったそれだけでヒーローが数人、戦闘不能に陥るレベルだ。
とんでもない怪力にヒーロー達がたじろぐ様子が見受けられる。
あれで一切の能力を持っていない、素の力のみで戦っているというのだから驚くべき話である。
大剣で土煙を切り払い、互助会所属のヴィラン、"剛鬼"は鋭い瞳で集まったヒーローを睨んだ。
ここは通さん、とでも言わんばかりに大剣を地面に突き立て、腕を組む。
「腕に自信のある者から、かかってくるが良い。………安心しろ、殺しはせん」
威風堂々とした雰囲気は武人のそれだった。
巫女服をベースにしたであろうデザインの服装をしており、凛々しい表情にポニーテールが似合う絶世の大和美人。
袖と服本体が別れているタイプの和装で、側面からは脇とサラシを巻いた横乳を拝むことができ、衣装製作者の隠された癖が感じられる。
額から生えた艶のある角は、彼女が"鬼"である何よりの証拠だった。
「ふっふっふっ!恐れ慄け、我らが剛鬼ちゃんの力を前に!」
大手を振って生き生きと悪役ムーブをかます、互助会のリーダー・ゼロ氏。
実を言うと剛鬼ちゃんがヒーローを漏れなく返り討ちにしてしまうので、意気揚々と出てきたものの手持ち無沙汰だった。
なので、今のところは広告塔のようにここに立って、敵を煽ることしか出来ていない。
まぁ本人の能力的に派手さに欠けるので、現状これが一番作戦に貢献してはいるのだが……。
本人は若干拗ねていた。
「くっ、俺に続け!」
「おおっ!」
そんな中、意を決した数人のヒーローが剛鬼ちゃんに向かっていく。
「やっておしまい、剛鬼ちゃん!」
「承知!」
しくしくと涙を流しながらゼロは命令した。
だって、自分じゃ乱戦とか向いてないし……。
再び振るわれた剛鬼の大剣が、ド派手な土砂とコンクリートの破片を撒き散らしながらヒーローを退ける。
周囲は既に瓦礫まみれだ。
「はっはっはっ!剛鬼ちゃんと戦うなら、三英傑の一人でも連れてこ〜〜い!」
戦うのは人に任せて、背後から威張り散らす。
言動だけ見れば、ゼロは間違いなくド三流のヴィランそのものだった。
◇◆◇◆◇◆
「……ふんっ、骨の無い連中じゃ」
ものの数分で招集されたヒーロー達を壊滅させた九尾は、倒壊した廃ビルの瓦礫の上でつまらなそうに呟いた。
まるで屍の上に君臨する悪魔かのように、彼女の足元には大勢のヒーローが死屍累々と転がっていた。
もちろん、まだ息はあるが。
「ここまで来ると可哀想でありんすねぇ」
白目を剥いて気絶したヒーローの腕をちょいと持ち上げ、雲模様のチャイナ服を着こなす少女───幻狐は、くすくすと嘲る。
屍の山の中には腕があらぬ方向に曲がっていたり、腹部から大量の血を流しているヒーローも見受けられる。
「絶対思ってないだろう」
「くすっ。さて、どうでありんしょう」
ライオネル親分の呆れを含んだ言葉に、幻狐は薄っすらと笑みを浮かべながら答えた。
九尾同様、想い人の散々な言われようを目にして、幻狐もまた密かにブチ切れていたのだ。
その証拠が、少し離れた場所にある路地裏に転がっている。
総じて死者はまだ出ていないものの、このまま放置されれば数人は息絶えてもおかしくない悲惨な状況だった。
全て、二人の腹いせで嬲られたのだ。
最凶と名高い百鬼夜行だけあって、派遣されたヒーローもそれなりに名の知れたプロヒーローが多かった。
それでも、稼げたのは十分程度という無慈悲さ。
ライオネル親分がヒーローに同情するのも仕方がない。
「はぁ〜………退屈じゃのぅ」
瓦礫の玉座に深々と腰掛け、心底つまらなそうに九尾が組んだ足をぶらぶら揺らす。
この程度の輩を相手するだけならば、間違いなく幻狐とライオネル親分だけでも充分だったろう。
やはりファントムについて行きたかった………と、二つの意味で不満を露にする九尾。
しかし肘をついた直後に、ピクピクッ!と狐耳を反応させた。
目を丸くした九尾は、続いてニヤリと三日月のように裂けた凶悪な笑みを浮かべ、尊大な態度で視線を上空に向けた。
───チュドオオオンッ!!
流星のごとく、何かが降ってきた。
青と赤のアメリカンなヒーロースーツに身を包んだ、覆面のヒーロー。
マントをたなびかせ、凄まじい自信の宿った強い瞳で九尾を見上げている。
プロレスラーや格闘家のように鍛え抜かれた肉体。
胸板の分厚さはそんじょそこらのボディービルダーでは比較にならず、かと言って見せるためだけの筋肉ダルマかというと決してそんな事はない。
あらゆる点において洗練された雰囲気を醸し出すこのヒーローこそ、ヒーロー協会が誇る最強戦力。
No.1ヒーロー・ビルドマンである。
「姉さんの良い暇潰しになると思って、呼んでおいたでありんす」
「くふふっ!ようやったぞ、幻狐!」
九尾は興奮した様子で勢いよく立ち上がり、その凄まじい妖気を嬉々として解放した。
空間が歪むほどの絶大な力に、しかしビルドマンは一切たじろぐ気配がない。
そうでなくては困るのだ。
ますます嬉しそうに笑みを浮かべた九尾は、配下達に命じた。
「お主ら、手を出すでないぞ」
「うすっ」
「伝達はお任せを」
ぺこりとお辞儀をして幻狐は一歩下がる。
体から発生している濃霧を使って、他のメンバーへの連絡を行っているのだろう。
残りはライオネル親分に全てぶん投げし、九尾はビルドマンのみを視界に収めた。
「どれ、まずは味見と行こうかのぅ!」
グッ!と構えたビルドマン向けて、九尾は狂気の笑みを浮かべて飛び出した。
◇◆◇◆◇◆
「うわわっ!?」
突如として空中に浮かび上がったヒーローが戸惑いの悲鳴を漏らす。
体の表面を覆っているのは薄紫のオーラだ。
ジタバタともがくが意味はなく、そのまま引っ張られるかのようにグンッ!と体を曲げて、建物の壁に激突した。
「………相変わらず、おっかない能力やなぁ」
その光景を近くで見ていた糸目の優イケメンが軽薄な笑い声を上げる。
以前、ボスや二号と共にアイドルのライブに行ったこともある、ラプラスの家所属の古参ヴィランだ。
名を"テンパライ"。
流れ作業でヒーローの攻撃を避け、カウンターの裏拳で簡単に仕留めて見せる。
「よそ見はいけませんよ」
「堪忍してや〜」
コツ、コツ、と土煙を割いて歩いてきた上司にも、いつもの軽い調子で謝罪の言葉を口にする。
まぁ決して油断している、という訳では無いのは分かっているので、ラプラスも小言はそれまでにして視線だけ右側に向けた。
「うおっ……!?」
ガンドレッドを装備したヒーローが大きく仰け反る。
まるで、攻撃したのに見えない何かに弾かれたかのような体勢だ。
その表情は驚きに満ちている。
テンパライは空中で火花が散る瞬間を横目で見つつ、内心で「お〜、こわ」と身震いした。
彼の上司であり、ラプラスの家のトップを務める最古参のヴィラン、"ラプラス"。
その素性は全て謎に包まれているが、能力だけは唯一ヒーローの間でも知られていた。
────〈超能力〉。
それがラプラスの力だ。
あまりに強大で、攻守に優れた隙のない能力故に、ヒーロー協会からは大いに恐れられている。
ラプラスはガンドレッドのヒーローをサイコキネシスで弾き飛ばすと、改めて周囲を確認し納得したように頷いた。
「……では、後は君に任せます。キリの良いところで撤退してください」
「まったく………人使いが荒いお方やなぁ」
肩をすくませて軽薄に笑うテンパライだが、ラプラスは信頼してると笑みで伝えるだけで、直後には一瞬にして姿が消え失せてしまった。
サイコキネシスを利用した擬似的な転移術である。
呆気に取られていたヒーロー達であるが、唐突にパンパンッ!と鳴った拍手によってハッと我に返った。
そうだ、まだここにはヴィランが残っているのだ。
全てを一任されたヴィランが。
慌てて武器や拳を構え直すヒーロー達に、テンパライは軽薄な笑みを浮かべたまま。
「そんじゃ、時間いっぱい付き合ってもらうで?」
すっ……糸目が開眼する。
露になった二色の瞳に射竦められたヒーロー達は、総じてゾクリと背筋が凍りつくような悪寒を味わったという。
ついに本格的な戦闘が始まりましたね……。次回はついに、秘密結社Xがヒーロー協会本部に殴り込みます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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