新人ヴィランの小雪ちゃん!
「さて……」
目的地に到着したイリスは一息つきつつ、自身の背後をとてとて頑張って付いてきた幼女に目を向ける。
「ふふっ。今日は初めての実地研修ですからね、適度に肩の力を抜いて行きましょう」
「は、はいです!」
ピシッと手を挙げて、小さな体で精一杯に気の入りようを示す幼女。
何とも微笑ましい光景に、同行していた三号君とイリスさんもほわほわした気分になる。
百姓を彷彿とさせる服装に、雪模様の可愛らしい頭巾を被ったこの幼女の名は、小雪ちゃん。
ボスがたまたま拾ってきた瀕死の"雪の怪獣"が、ソアレの改造によって人工怪人として生まれ変わった存在だ。
生まれたてほやほやの時は言語すら定かではなかったのだが、今では日常会話も違和感が無い程度には日本語を習得。
少し舌っ足らずだが、むしろそれが団内での人気を爆発させ、短期間で秘密結社Xのマスコット枠としてひたすらに愛でられるようになった。
今回はそんな小雪ちゃんの、「小さい頃からの英才教育!」というボスの方針で、イリス付き添いの元、実地研修が開催されたのだ。
過保護なボスさんは最後まで自分がついて行く!と聞かなかった。
が、「バイトがあるでしょう、資金が尽きたらどうするつもりですか?」と鬼の形相で訴えるイリスさんを前に挫け、泣く泣くファミレスのバイトに向かった。
団の資金源って、ボスのバイト代だったんだ……と八咫烏ちゃんが内心引き笑いしたのは言うまでもない。
「まぁ、実地研修って仰々しく言ってるけど、単なるお出かけ程度に思っといて大丈夫だよ。ここら辺、ヒーローあんまり居ないしね」
三号君が何とか小雪ちゃんの緊張を和らげようと、さらっとフォローを入れる。
さすが三人の義妹を一人で養う漢だ、面構えが違う。
……ところが、なんてタイミングが悪いのだろう。
「あ」
「お?」
「げっ」
「む?」
曲がり角の先からやって来たのは、今まさにここら辺にはあんまり居ないと言ったばかりのヒーローだった。
二人組のヒーローだ。
片や初心者バッジを肩に付けたトゲトゲ茶髪の少年で、おそらく貰ったばかりのヒーロースーツを丁寧に着込んでいる。
背中にぶら下げている縦長の布は、形からして刀か木刀辺りだと思われる。
その横……こちらを鋭い瞳で見つめる忍装束の女性。
マフラーで口元を隠しているため表情は分からないが、隣の少年に対して明らかに雰囲気が違う。
何というか、全てにおいて洗練されていた。
そして三号君は紫髪ポニーテールのこの女性を、つい最近、何かの雑誌で読んで見覚えがあった。
「イリス様、あいつ"三英傑"の一人、迅雷ヒーロー"イナズマ"ですよ!」
ヒーロー協会の中でもトップレベルの実力者であることは、彼女が纏う覇気を見れば一目瞭然だった。
英傑と言われるだけはある、とイリスは目を細める。
「……ちょうど良い。パンク、実践訓練だ。相手してもらえ」
「押忍!」
どうやらあちらさんも実地研修の最中だったようだ。
何という運命のイタズラ。
ちょうど良かったので、こちらも実践訓練の相手をしてもらうことにした。
「小雪ちゃん、頑張って!」
「は、はいぃ〜!」
小雪ちゃん、いきなり実践に放り込まれ緊張で目がグルグル回っている。
可愛い。
「大丈夫ですよ。"いつも通り"、です」
イリスのアドバイスにハッとした小雪ちゃんは、何とか自分に言い聞かせるように雪模様の頭巾をグイッと目深に被り、気合いを入れ直した。
その際に頑張って相手を睨んでみるも、テンパっていて迫力の欠片も無いところが、残念ながらも可愛らしい点である。
「……おい、お前ら!」
今からビギナー同士の戦いが始まるかと思えば、突然新人ヒーロー……確か"パンク"と呼ばれていた少年が、怒りを露にしてイリスと三号を指差した。
疑問符を浮かべる二人に、怒りで拳を震わせたパンク君はこう言い放った。
「こんなに幼い子を戦わせるなんて……なんて非道なんだ!」
おやぁ?と首を傾げるイリスさん。
嫌な既視感。
その正体はすぐに分かった。
某勇者君だ。
勘違い系を地で行く彼を彷彿とさせる言動に、生理的嫌悪を覚えたらしくすんとした顔が一気に顰められる。
随分と将来有望そうな新人ヒーロー君である。
が、そこで思いもよらぬ方向から指導が入った。
「馬鹿者」
「いだっ!?」
「早とちり、見切り発車はお前の悪い所だ。前も言ったろう……ユウキのようにはなってくれるな、と」
「お、押忍、すみません……」
……ふむ。
どうやら彼はまだ救いようのある範囲内らしい。
是非ともイナズマには彼の指導を頑張ってもらいたいものだ。
秘密結社X一同、陰ながら応援しております。
……そして何気なく、仲間内でも悪い例として取り上げられている勇者君に涙を禁じ得ない。
「すまんな。ユウキと違ってこいつは真面目なだけなんだ、許してやってくれ」
律儀に謝罪の言葉を口にするイナズマ。
ため息混じりの様子からして、彼女もまた色々と苦労しているらしい。
「……では、気を取り直して───小雪ちゃん、あの勇者モドキを殺ってしまいなさい」
悪の女幹部らしく、冷たい表情でそう命令するイリスさん。
瞳がガチである。
色んな意味で有望株な少年を今のうちに始末しておきたいらしい。
珍しくやってる事が悪の組織っぽい。
「い、行きます!ふぅう〜〜っ!」
小雪ちゃんは思いっきり息を吸いこみ、その可愛らしいおててをギュッと握り締めながら、凍てつく吐息を吐き出した。
局所的かつ猛烈な吹雪は、先程までパンク君が居た場所をみるみるうちに氷漬けにしてしまった。
素早い判断で躱していたパンク君も、その凶悪さに思わず冷や汗を流す。
「くっ、仕方ない……!」
背負っていた布を広げると、そこにはやはり鞘に収まった刀が包まれていた。
刀身を抜くと、なんと鞘が変形して簡易的な防具となる。
ヒーロー協会の技術が存分に使われた最新装備だ。
持って帰ればソアレが嬉々として解体しそうな代物である。
「はあぁああっ!」
ゆらりとパンクの体から金色のオーラが立ち昇った。
それはゆっくりと刀身に集中し、馴染んでいく。
完全にオーラと一体化した刀を振るうと、細い斬撃が飛び、小雪ちゃんの足元の少し手前に命中した。
コンクリートが浅く裂けている。
小雪ちゃんはすっかり怖がって涙目で震えているが、そわそわ心配している三号君とは違い、イリスはデフォルトのジト目のまま微動だにしない。
一方、背後からパンクの様子を伺っていたイナズマの表情も厳しいままだった。
「はあっ!」
大きく踏み込んだパンク君が一気に距離を詰める。
かなり大振りの攻撃だ。
もちろん必死に逃げる小雪ちゃんには当たらず、虚しくコンクリートの地面を叩く。
「ぴえっ!こ、来ないでぇ!」
「なっ、うわぁっ!?」
涙目の小雪ちゃん、恐怖のあまり最大出力の吹雪を持ってパンクの接近を拒絶する。
その威力は新人ヴィランとは思えないほどだったものの、制御がちょっとお粗末になってしまい、無駄に拡散してしまった。
おかげでパンク君は命拾いした。
雪の礫が命中した頬や額がジンジンするのを感じながら、パンク君は刀で氷結を砕きつつ再度接近を試みる。
「ふーーっ!ふーーーっ!」
小雪ちゃんの攻撃は単調なので、慣れれば避けることは難しくない。
転がったり、廃墟などを盾にしたりしながらパンク君は順調に小雪ちゃんとの距離を詰める。
「今だっ!」
「わわっ!?」
チャンスを見つけ、パンク君は建物の影から飛び出して小雪ちゃんに飛びかかった。
この距離ならば反撃されても、最悪そのまま押し切れる。
そう判断したパンク君だが、しかしそれは相手を甘く見ていた。
「ひいっ!」
「げっ」
涙目をぐじゅっとさらに潤ませた小雪ちゃんは、肩を縮こめて目を瞑り、視線を逸らしながら……しかし精一杯に両手を差し出した。
口という一種の制御器官を通さずに放たれた猛吹雪が、パンクの体を軽々と押し返す。
パンク君は驚愕の表情のまま、あっという間に氷塊の中に閉じ込められてしまった。
少年の悲しき姿を保存した氷の塊が、ゴトンッと重い音を立てて地面に落ちる。
「……やりましたね、小雪ちゃん」
「うわぁあ〜〜んっ!怖かったですぅ〜〜!」
初めてニコリと微笑んだイリスさん。
小雪ちゃんは気が抜け、ついに我慢の限界に達したのか涙腺を崩壊させて泣きじゃくりながらイリスの胸に飛び込んだ。
少し厳しいと思わないでもなかったが、これはこれで小雪ちゃんの成長に間違いなく繋がる。
三号君もそれを重々理解はしていたので、涙ぐみながら「えがった……えがったのぅ……」と呟いている。
対して氷漬けにされたパンク君を見るイナズマの表情は、「言わんこっちゃない……」と多少の呆れが含まれていた。
ヒーロー育成学校で指摘されていた、"技のタメが長すぎる"、"準備時間と火力が見合ってない"という評価の通りの戦いだった。
この研修までに少しは改善されていると思っていたが……。
彼にはもう少し、厳しい指導が必要なようだ。
イナズマはどこからともなく取り出したクナイで氷塊を一刺し、たった一撃で人が一人収まるサイズの氷を粉々に砕いた。
「意識はあるか」
「押忍……」
「次までに、エネルギーの出力効率を二倍まで上げておけ。まずはそこからだ。良いな」
「押忍!」
正座でしっかりと課題内容を聞き、大きな声で返事をするパンク君。
確かに素直な子だ。
これからの頑張り次第では、優秀な人材になる可能性は充分にあるだろう。
「今日の実地研修は一旦終わりだ。……後は私に任せておけ」
低体温症や凍傷の心配が無いことを確認してから、イナズマはパンク君を下げて前に出る。
いよいよ本番という訳だ。
こちらもまた、小雪ちゃんを下げイリスが前に出る。
「三号君、小雪ちゃんをお願いします」
「了解です!」
振り返らずイリスが命令する。
三号君は小雪ちゃんを抱え、すたこらさっさ〜、とすぐさま安全な位置まで下がった。
「ファントムの側近、"銀雷"だな。───手合わせ願おう」
イナズマが腰の刀をスラリと抜き放った瞬間、彼女が放つ雰囲気はとてつもなく鋭いものに一変した。
イリスさんにママ味を感じる……
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