エピローグ
「ぐっ……こ、このまま終わって、たまるか……!」
ネオン煌めく繁華街を脇に、明かりの乏しい裏路地をズリズリと何かが這うような音が不気味に響く。
表通りから差し込む淡い光に照らされるのは、地面に伸びる薄汚れた赤黒い血痕。
壁に手を付きながら息も絶え絶えに歩いていたその人物は、ついにふらりと体勢を崩し、汚いコンクリートの地面に倒れ込んだ。
「【破壊】せねば……。この世界の醜悪な生物どもを……一匹残らず、【破壊】せねば……!!」
血を吐き出すかのように、滲み出たその言葉。
ジジッ……!と不安定な明るさを落とす古い街頭に照らされたその人物は、アニマに撃破されたはずの甲冑怪人であった。
胸の装甲はすっかりボロボロになっており、顔の周りにはくすんだ赤色の液体がべっとりと付着している。
実はアニマの必殺技を受け爆散したと思われていた甲冑怪人───ゼロカリプスは、生きていたのだ。
それでも見ての通り瀕死も瀕死。
満身創痍の体を引き摺って逃げることしか出来なかった。
あまりに屈辱的な敗走に、ゼロカリプスは改めてギリッと歯を食いしばる。
「アニマめ……!この雪辱、決して忘れんぞ……!!」
怒りのあまり憤死してしまいそうだが、今は何よりも休息が先決だ。
可能な限り肉体を休め、少しでも早くアニマへの復讐のため力を蓄える。
今の自分にとってそれが最も優先すべきことであるのは、ゼロカリプス本人が一番理解していた。
「……くそっ……!」
思わず悪態をつく。
体が思うように動かなくなってきたのだ。
起き上がろうにも足に力が入らず、ままならない。
余計なフラストレーションが高まる一方なゼロカリプスの頭を冷やしたのは、暗闇の向こうから聞こえてきた一つの足音だった。
コツ……コツ……と歩くペースはあまり速くない。
しかしゼロカリプスは本能的に何かを感じ取り、動けない体で思わず身を強張らせた。
(こ、これは……!)
抱いたのは恐怖心。
何も見えない暗闇の向こうから、猛獣を思わせる鋭く研ぎ澄まされた気配がジリジリと近付いてきているのだ。
まさにその気配の主が闇の帳を切り裂いて姿を現すと思われた刹那、足音と共にその鋭い気配は、ふっ……と呆気なく消えてしまった。
僅かな静寂が場を満たすが、ゼロカリプスの表情は優れないまま。
かろうじて瞳を正面に向け、闇を睨んでいる。
「……あーあー、こっぴどくやられちゃってよぉ〜。情けないねぇ」
「黙れ……!」
静かに闇の中から姿を現した人物に、ゼロカリプスは憎々しげな視線を向ける。
孕んだ殺意は一級品。
これには殺意を向けられた本人も、「ヒュ〜ッ」とご機嫌そうに口笛を吹いた。
「唆るねぇ〜。案外、元気なんじゃねぇの?」
「御託はいい……。何故、お前がここに居る………ブレン……!」
細めたゼロカリプスの瞳に映るのは、迷彩柄の防弾ベストにボロボロの虚を羽織ったガタイの良い外人の姿。
癖のある前髪をかき上げたその男───ブレンは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「そりゃあ、お仕事に決まってんだろ?こう見えて俺ぁ勤勉だからよぉ」
「……」
ヘラヘラと笑うブレンに嫌悪の視線を向けつつ、ゼロカリプスは吐き捨てるように言った。
「"仕事"だと?貴様のような者が、一体何を任せられたと言うのだ……!」
ふらつきながらも壁を支えに立ち上がり、ゼロカリプスはブレンを睨む。
しかし、彼の敵対心などブレンにとってはそよ風に等しかった。
むしろ心地よいくらいだ。
「お?知りたいか?しょ〜がねぇなぁ〜」
ヘラヘラしていたブレンの雰囲気が、唐突にスッと鋭さを帯びる。
まるで剥き身の刃物を首筋に当てられているかのようだ。
ゼロカリプスは冷や汗を垂らしつつ、ギリッと歯を食いしばった。
おそらく、薄々ブレンの"仕事"内容に察しがついていたのだろう。
「───お前、もう用済みだってよ」
ブレンが腰から抜き放ったのは、鉈にも見える無骨で重量感のあるナイフだった。
この男は自分を始末しに来たのだ。
その事実を改めて突き付けられ、ゼロカリプスは怒りのあまり頭が真っ白になりそうだった。
「ふざけるなっ!貴様ごときが───ッ!!」
「……はぁ。そういうのが一番シラけるぜ」
構えたゼロカリプスの胸に、ズバッ!!と重い斬撃が刻まれた。
その傷はあまりにも深く、既に満身創痍だったゼロカリプスにトドメを刺すには充分過ぎた。
血の雨が降り注ぐ中、ゼロカリプスが膝から地面に崩れ落ちる。
それからピクリとも動くことは無かった。
「ったく。やっぱ能無しなくせして、やる気だけは一丁前にある奴が一番厄介だよなぁ」
ナイフに付着した血を振り払って落とし、峰の部分でトントンと肩を叩く。
「───なぁ、お前もそう思うだろ?」
「……ええ、まぁ。半分は賛成ですね」
ブレンの呼び掛けに応じるようにして、暗闇の中から音も立てず何者かが現れた。
モノクルを付けたオールバックの男。
全身黒ずくめで、どことなく近寄り難い雰囲気を醸し出している。
オールバックの男は、動かなくなったゼロカリプスの背中をジッと見つめる。
「彼は命令に反して、独自で動き過ぎました。……どうやら、不利益を被る前に切っておいて正解だったようですね」
死体から発生した黒い霧を腕から吸収したブレンがやれやれと肩をすくめた。
「ほ〜ん………ま、俺には知ったこっちゃねぇけどな」
心底興味無さそうに、ブレンはナイフを腰のポーチに収めた。
オールバックの男は微笑み、ブレンの方を向く。
「次は貴方に出ていただこうと思っているのですが……調子の方はいかがですか?」
「おっ、マジかよ!見ての通り傷は完全に癒えたぜ!こっちの方も万全だ!」
「それは何より」
やっと公的に暴れる許可が降りたようなものなので、ブレンは喜びを噛み締めるように大はしゃぎする。
「おい、今度は何すんだよっ。もっかいヒーロー協会襲撃か?それとも"百鬼夜行"に喧嘩ふっかけるのか?……お、シンプルにデスゲームってのも面白そうだな」
一人盛り上がるブレンはさておき。
オールバックの男はモノクル越しに表通りを行き交う人々の様子を眺めながら、こう口にした。
「次の標的は、貴方が最も心待ちにしていた相手ですよ」
それを聞いた途端に、ブレンはピタリと動きを止めた。
目を丸くし、そしてニヤリと狂気に歪んだ笑みを見せる。
「おいおいマジかよ。ファントムちゃんが相手かぁ〜………くぅ〜、盛り上がってきたねぇ」
肉食獣のような鋭い光を帯びた瞳がギラリと輝く。
今、闇に沈んだかと思われた悪しき因縁が、再び動き始めようとしているのだった────。
恐怖心……。俺の心に恐怖心……。
これにて7章完結です!目標だった毎日投稿100話も達成したので、ここで少しの間お休みを頂こうと思っております。具体的には1〜2週間程度でしょうか。その間も時間稼ぎSSを毎日更新する予定なので、お付き合いいただければ幸いです!
それでは、また数週間後にお会いしましょう!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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