12話 人生とはコーヒーのようである
人生というのは、世界というのは、数多の存在の数多の選択によって構成されています。
例えば、私の遠いご先祖様に道を右に行くか左に行くかの選択肢があったとして、選ばなかった方の世界線には私という人間は存在していないのかもしれません。
それは不思議なことのようでもあり、当たり前のことのようでもあり、とても奇跡的なことのようにも思えます。
「人生って深い。まるでこのコーヒーのようです」
何がどうコーヒーのようなのかは、言ってみたかっただけなので私にも分かりません。
「…………」
唐突に人生を語りながらコーヒーを配膳しに来た小五の娘を見て、お母さんが怪訝そうな顔をします。
「どうぞ、当店おすすめの“あなたの人生のような味がするコーヒー”です」
「……それはまた、酸味と苦味のバランスが絶妙そうね。ありがとう、芽依」
学校が休みの日の朝は、こうして自室でお仕事中のお母さんにコーヒーを淹れてあげたりするのが私の日課です。
パソコンデスクには二つの大きいモニターとキーボードにマウスに液晶タブレット、それから電子タバコの吸い殻がこんもりと溜まった灰皿が乗っています。
「今は何のお仕事してるんですか?」
「企業秘密よ」
「個人勢なのに」
「個人勢でも企業との取引はあるのよ」
私はお母さんの仕事についてはあまり多くを知りません。個人の配信者であること、絵を描いてること。知っているのはそれくらいです。
配信はこことは別の配信用の家で行っているため、どんな配信をしているのかも知りませんし、教えてくれません。
「お母さんってエロい配信してたりします?」
「百叩きされたい?」
目が本気と書いてマジでした。
「わー! 冗談ですやん!」
「まったく、誰に似てそんな冗談を言うようになったのか……」
「絵を描いてるんですか? 見ててもいいですか?」
「ダメ。企業秘密って言ったでしょう」
「昔は見せてくれてたのに」
「それはあなたがまだ子供だったから……」
お母さんはそう言いながら、私が拗ねた表情をしているのに気がつくと、優しく頭を撫でてくれました。
「芽依、一緒にどこか遊びに行く?」
「いいんですか? お仕事忙しいんじゃ……」
「行き詰まってて、リフレッシュしたかったところよ。だからコーヒーも助かったわ」
はわわわわわ、お母さん、好き。
お母さんのことがあまりにも好きすぎて語彙力を喪失してしまいました。
「お母さん、実は私ですね、バッティングの才能があったんですよ!」
「そう。じゃあバッティングセンターに行く?」
「はい! 勝負です! 私が勝ったらコラボ配信しましょう!」
「何のコラボなんだか」
当然のように勝負には負けましたが、お母さんとの時間はかけがえのないもので、幸せでした。
今ここに私が存在できる、数多の存在の数多の選択に感謝をしましょう。お母さんの子になれて、私は幸せ者です。




