第五十話 ドラホスラフの焦り ①
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モラヴィア侯国の第三王子はとにかく存在感がないし、やる気もない王子だったのだ。国王夫妻の愛を一身に受けるジュブチスラフ第一王子と妾腹のパヴェル第二王子、貴族たちの目はいつでも二人の王子に注がれていて、誰もドラホスラフ王子のことを気にすることはなかった。
「それでいいんじゃない?」
存在感のないドラホスラフの隣には、生まれた時からぽっちゃり体型の宰相の娘が居て、
「面倒なことが少なくて良いんじゃない?」
と、言い出した。
「まあ!殿下の目は建国王とそっくりではないですか!」
ある日、乳母がそんなことを言い出した為、顔を隠すように前髪を伸ばすことにした。
「せっかくヴォイチェスラフ王にそっくりのお顔なのに、そのように髪を伸ばして隠すなんて勿体無い!」
そうは言われても、自分の顔を露わにすることはやめにすることにした。
幸いなことにドラホスラフの髪は伸ばせば伸ばすほど、もしゃもしゃと広がっていくことになるため、建国王似の顔だって簡単に隠すことなど出来るのだ。第三王子とはいえ、ちょっかいを出してくるような奴はなかなか居ないのだが、
「みんなが気にしないような王子をちょっとくらい虐めたって誰も文句など言わないだろう?」
そんなことを言い出す奴も中には居る。そういう輩をやっつける技というものだけは身に付けるようにしようとドラホスラフは考えた。
第三王子にも護衛の兵士というものは付いているので、身を守るための護身術は案外簡単に教えてもらえることが出来たのだ。ただ、そちらの才能は他の二人の王子よりもずば抜けて居たようで、
「やめてください!殿下!おやめください!やめて!」
そこら辺を歩いているような有象無象の兵士程度であれば、数秒でノックアウトするくらいのことは簡単に出来るようになったのだ。
モラヴィアは第一王子主義とでも言おうか、祖父の代から第一王子を大切に可愛がって育てて後継としていた為、ドラホスラフが追放されることは目に見えていた。だからこそ、例え暗殺者を送り込まれても返り討ちに出来るくらいの武術は身につけておこうと考えて、やる気がないなりに努力はした。
生き残る為に、第二王子であるパヴェルが努力に努力を重ねている姿を見て、自分は他国に留学に行こうと考えた。第二王子が第一王子の補佐として必要なのだと印象付けるためには、第三王子は視界に入る場所に居ない方が良いだろう。
そうしてクラルヴァイン王国の学園に留学をしたドラホスラフは、ぼんやりとしていた自分の視界がはっきりとするような感覚を覚えることになったのだ。
それはクラルヴァインの王宮で初めてカロリーネ・エンゲルベルトに出会った時から続いている感覚だった。新緑の美しい髪に琥珀色の瞳を持つ、妖精のように儚げで可憐に見える彼女が、ドラホスラフが隣国の第三王子だからという理由で目を付けたということには気が付いていたし、その部分について彼女が目を付けたというのなら、存分にその身分を利用してやろうとも考えた。
今まで王子として生まれたことに感謝の心も持ったこともなければ、王子という身分に一切の喜びを感じることなどなかったドラホスラフが、
「ああ・・王子に生まれて良かった」
と思ったのは、カロリーネとの出会いがあったからだ。
クラルヴァインの貴族派筆頭と言われるエンゲルベルト侯爵家が、斜陽とも言われていることを知っている。侯爵家を盛り立てるために、第三王子である自分が選ばれた。第一王子や第二王子では駄目なのだ、やる気もなければ責務もあまりない第三王子という立場が良いのだから。
斜陽の侯爵家だけれど、娘が隣国の王子と結婚すれば家としての箔がつく。そんな打算まみれの思惑から始まった交際だったとしても、ドラホスラフは何の不都合も感じやしなかったのだ。
学園を卒業したドラホスラフはカロリーネとの結婚の準備を進めるためにモラヴィアへ帰国することとなったのだが、今までのボンクラ王子のままでは妃となったカロリーネが苦労をすることになるだろう。
侯王の座は第一王子のジュブチスラフに継がせることは決定しているし、第二王子のパヴェルは補佐として王宮に入り十分な活躍をするだろう。軍部はドラホスラフに任せることになるという話を受けて、心機一転、ドラホスラフは前髪を後に撫で付け、顔を露わにした状態で謁見に臨むことにしたのだった。
軍部を任される予定の王子がいつまでも髪を伸ばして顔を隠し続けるというのも体裁が悪いし、カロリーネを迎え入れるための地盤作りをするためにも、自分自身がもっと積極的に社交に顔を出さなければまずいだろう。
確かに乳母は、
「まあ!殿下の目は建国の王とそっくりではないですか!」
と言ってはいたが、成長した今ではそれほど似ているとも言えないだろう。だからこそ、前髪を上げた状態でドラホスラフは王宮に上がった。
「まああ!ドラホスラフ様は建国の王ヴォイチェスラフ様にそっくりですわね!」
と、マグダレーナに言われるまでは、
「殿下!パヴェル第二王子が落馬事故でお亡くなりになりました!」
と、言われるまでは、何もかも順調にいっているものと思い込んでいたのだ。
「野砲隊、撃ち方用意!撃て!」
射撃号令と共に轟音が響き渡る、波打つようにうねった丘を砲弾が一直線に飛んでいく。不毛な土地のようにも見えるカミール平原は王都と北部貴族との間に挟まれた緩衝地帯のような場所となるのだが、敵はこちら側の動きには気が付かないまま、砲弾の直撃を受けたことだろう。新型の火龍砲は陸上で運用するために改良されたものであり、海上で使うものと比べれば飛距離は短いものの、その分の威力は大きくなっている。
王都から移動する大部隊に奇襲をかけた形となるのだが、積荷の中に火薬が積み込まれていたようで天にまで届くかのような炎が吹き上がった。
「輜重は可能な限り奪取しろ!抵抗する兵士は撃ち殺せ!斬り殺せ!」
波打つ丘の上に緋色の旗が無数にはためいていく姿を見上げた侯王軍は真っ青な顔となって悲鳴を上げた。
第三王子ドラホスラフの旗印は真紅の龍で描かれる。元々、火龍砲を自国に持ち込もうとしたのはドラホスラフ第三王子だったのだが、その功績はブジュチスラフ第一王子に奪われた。
それだけに止まらず今の侯家は自国の領土を南大陸の蛮族どもに売り払おうと計画をしているのだ。オルシャンスカ伯爵が何で儲けたのか誰もが知っていることだろう、伯爵は麻薬欲しさに南大陸に尻尾を振り、その伯爵の悪行を侯王ヴァーツラフが認めている。
苦言を呈する宰相ウラジミール・シュバンクマイエルは王都を追放され、逆賊としてオルシャンスカ伯爵に討たれようとしているのは間違いない。誰も彼もが麻薬と金欲しさに国土を蛮族に売ろうと考えているのだ。
「蛮族どもに愛する国を渡してなるものか!皆の者!国を破滅へと導く反逆者たちに引導を与えよ!全員、突撃!」
号令を発するなり、ドラホスラフも馬に乗って走り出す。
彼は昔から暴力的なことについては異常なほどに得意だったのだ。相手を倒すにはどうすれば良いのかということは目を瞑っていても分かるほどで、
「・・・!」
馬上でライフル銃を構えたドラホスラフは射程距離に入った瞬間、敵の指揮官の頭を撃ち抜くことに成功をした。
「麻薬を蔓延らせる蛮族に祖国を売ってなるものか!」
「我々は南の蛮族に故郷を踏み躙らせるようなことはさせないぞ!」
「この国はモラヴィアの民のもの!モラヴィア以外に征服などさせぬ!」
一番人数が多い部隊を蹴散らして侯都入りをした方が、一番手っ取り早く終わるだろうと考えたドラホスラフは、一番大きな部隊の横腹を突くような形で奇襲を行ったのだ。
「殿下―!前に出過ぎです!殿下―!」
何処かで副官のインジフ・ソーチェフが叫んでいるようだが、知ったことではない。さっさと作戦を遂行しなければ、カロリーネがカサンドラと共にクラルヴァイン王国に帰ってしまうのだから。
「うぉおおおおお!」
自分を狙い来る敵の刃を押しやり、敵の馬腹を蹴り付けて長剣を振るう。長剣とライフルを同時に操ることが出来るドラホスラフは異常なほどに器用な男なのだが、とにかく、司令官であるべき彼は、焦りのあまり前へ出過ぎて居たのは間違いない。
返り血を浴びすぎて酷いことになっているのだが、焦っているドラホスラフ王子は全くそのことには気が付いて居ないのだった。
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