閑話 コルセットはいらない ②
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ダーナの太った体型を、周りの人間が馬鹿にするようなことはなかったけれど、一歩外に出れば周りじゅうの人間が嘲笑う。
デブで醜ければ何を言っても良いのだろうと考えて、容赦ない言葉が投げつけられる。
「僕の女神」
これもまた、学生の時に何度も言われた言葉だった。
デブがその気になるように声をかけ、少しでも反応を見せれば、
「あいつ、自分が女神だと思っているみたいだぞ?」
と、すぐさま揶揄されることになる。
だからこそ、カテリーナ・バーロヴァの孫が、
「な・・こんなところに・・女神・・」
そんなことを言い出した時には、完全に無視をすれば良かったのだ。
女神そのものの容姿をした人、カサンドラ王太子妃が自分の近くに居るのだから、あちらのことを言っているのだろうと思えば良い。ただ、こんなことが繰り返されることに、勝手に裏切られたような絶望感をダーナは感じてしまったのだ。
女なんて誰も彼もが同じなのだから、下手な期待を抱いた自分が悪いのだ。他人を責めても仕方がない。
カロリーネ様はドラホスラフ殿下に放置されて、傷ついているだけだから、幾らでもダーナを当て馬として使ったらいい。自分を利用してカテリーナ様の孫を手に入れれば良い。カロリーネ様は妖精のように可憐で美しい容姿をしているのだから、見目麗しい男性の二人や三人は侍らしたら良い。
「・・・」
そんなことを考えながら、意外にもすっきりした気分でダーナが目を覚ますと、
「あの・・大丈夫?」
と、意外に思うほど遠くの方から声がかかってきた。
「えーっと」
そこはダーナが与えられた客間の寝室だったのだが、その寝室の扉の前に椅子を置いて、一人の男性が座っている。具合が悪いダーナに付き添ってくれたのかもしれないが、部屋の端の方に椅子が置かれているので距離があるのは間違いない。
「大丈夫です、少し貧血を起こしたみたいです」
ダーナは扉の前で縮こまるようにして座っている男に声をかけた。
「もしかして、挨拶中に倒れたので自分の所為だと考えていらっしゃいます?そんなことはないですし、私ももう目が覚めたので大丈夫ですよ」
だから付き添いをやめて外に出て行ってもらって大丈夫なのだが、男は椅子から動こうとしない。
「いや・・あの・・オレ・・その・・あの・・すげー心配して?オレは・・その・・」
「あの〜、しどろもどろが過ぎると思うのですけど、普段通り話してくださっても問題ありませんが?」
「いや・・でも・・オレ・・」
「カテリーナ様のお孫様の喋り方が特殊だという噂は耳にしておりますし、私、喋り方とか(性癖とか)そういうことに偏見を持たないタイプなので大丈夫です」
「いやあ・・でも・・あの・・」
ペトローニオ・マグヌス・スタール・フォン・トルステンソンは、上目遣いとなってダーナの方を見ると、堰を切ったように喋りだしたのだった。
「ゴッメンなさ〜い!私ったら三人の姉に育てられたみたいなものだから!言葉遣いがこんな調子になっちゃうんだけど、気持ちが悪いわよね?あまりの気持ち悪さに失神しちゃったのよね〜!本当の本当にごめんなさい!だけどこれだけは言わせて!なにも貴女にコルセットを大量に購入させるのが目的で、怒涛の自己紹介をしちゃったわけじゃないのよ!あんまりにも可愛い娘がいたもんだから!思わず興奮しちゃったの!」
真っ赤な顔になったペトローニオは自分の顔を両手で覆いながら言い出した。
「おじさんが何を言っているんだ!キモッと思われるのは承知の上よ!だけど、誤解しているようだからこれだけは言わなくちゃって思って!私はカロリーネ様と付き合う為に、貴女を当て馬にしようなんて考えで近づいたんじゃないの!純粋に!可愛らしいなと思って近づいちゃったの!」
「可愛らしい?」
ダーナの中で『可愛らしい』は三歳の時点で打ち止めとなった言葉だった。ダーナは確かに太ってはいるが『可愛らしい』に入るデブではない。
「怖いんですけど〜」
「怖いって言わないでよ!自分でも今の自分が引くほど怖いって分かっている!分かっているんだけど仕方がないじゃない!」
ペトローニオは真っ赤な顔でブルブル震えながら言い出した。
「こっちの方ではほっそい女の子が流行みたいだけど、アークレイリでは違うのよ!ふくよかな娘の方がモテるの!豊穣の証!生命力があるってことになるの!麦わらのような太陽の温かさを感じさせてくれる髪の毛は素晴らしいし、その吸い込まれそうなヘーゼルの瞳に思わずやられちゃったのよ!キモいおじさんでごめんね!」
「いや、キモいおじさんって・・そんな年齢でもないでしょうに」
「私ったらもう二十八歳よ!立派なおじさんよ!」
ようやっと顔を上げたペトローニオは、瞳に涙を溜めながら言い出した。
「ダーナ様、貴女は自分を卑下しているようだけれど、貴女はとってもキュートで可愛らしい女の子よ。モラヴィアの価値観を押し付けられていたら、それは苦しいこともあったとは思うけれど、だったらアークレイリにいらっしゃいな。すぐさま男たちに大人気になっちゃうわよ!脂肪を貯められるってすっごいことなのよ!」
「いやいやいやいやいや」
脂肪を貯められるって素晴らしいと言われましても・・と、困り果てた様子でダーナがペトローニオの方を見つめると、ペトローニオはモジモジしながら言い出した。
「私の方こそ、自分の立場もわきまえずにダーナ様に話しかけちゃってごめんなさい。気持ち悪い思いしちゃったでしょ?心配しないでね、もう話しかけたりなんかしないから」
「何故、話しかけないのですか?」
「だって、私の話し方がキモくって、あまりのショックに気絶しちゃったんでしょう?」
モジモジしているペトローニオを見ながら、ダーナは大きなため息を吐き出した。
「そんなこと全く気にしてなんかいないですよ」
「えええ?」
「話し方なんか人によって様々ですし、男の人なのに女っぽい喋り方だったとして、だからなんなんだって思います(私には関係ないことだし)」
「えええ?でも!キモッって思うでしょう?」
「え?なんで?(私には関係ないことだし)全然そんなことは思わないですよ!」
ダーナは何故だか切実な眼差しで自分を見つめてくるペトローニオを見ると、思わず大きなため息を吐き出した。
「ペトローニオ様は私のこの体型を見て、キモッと思うんですか?」
多くの男性がキモッとまでは思わなくても、ウワッと思う体型なのは間違いない。
「思うわけがないじゃない!私は大好きよ!」
「それと同じって言ったら語弊があるかもしれませんが、私は貴方の喋り方に対して何とも思わないですよ。ああ〜そうなんだ〜と思うくらいです」
「えええ!本当に気にならないの?」
「気にならないです」
「だったら・・キモくないんだったら・・もう少しだけ近くに移動してもいい?元気がどうかを確認したいのよ」
「まあ、いいですけど」
普段からオネエ様なペトローニオは無害をアピールしている男なのだが、実は純白の雪に隠れている白熊並みには野獣な男でもあるのだ。
好みのど真ん中に来るダーナに気持ち悪いと拒否されるのなら、涙を飲んで身を引くことも考えるけれど、これが気持ち悪くないと言うのなら、ダーナという獲物は自分のテリトリー内に入り込んだのも同じこと。
「まあ!良かった!運んでいる時は顔色がすっごく悪かったから、本当の本当に心配しちゃったのよ!」
「え?まさかペトローニオ様が運んだんですか!重かったでしょうに!腰とか折れてないですか?」
「折れてない!折れてない!全然軽かったわよ〜!」
ペトローニオはクリヴナの港までカサンドラとカロリーネを安全に運ぶためにここまでやって来たのだが、二人が(特にカサンドラが面倒だと言いだして)移動を拒否した為に、困り果てたていで失神したダーナの看病を請け負った。
カサンドラの兄であるセレドニオがクリヴナ港に到着する頃合いに港に顔を出せば良いだろうし、ギリギリまでカサンドラを説得していたというていで、ダーナを口説き続けよう。
無意識のうちにダーナの手を取ったペトローニオは、無意識のうちに、そのもちもちとした肌を指先で撫でていたのだが、その変態行為にダーナはただただ戸惑い続けることになるのだった。
土日はお休みで、月曜から再開させて頂きます!ここからラストまでドーッと進む予定ですので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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