第三十話 孫の幸せ
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異国で当たり前のように使われているものを知ることは非常に楽しいことだとカサンドラは思う。今まで身近になかったものが、実際に利用してみたら非常に使い勝手が良かったとか、新しい流行を作り出すきっかけとなったなど。そんな事例は枚挙にいとまがないとは思うのだが、
「まさかコルセット一つであの二人があそこまでのめり込むとは思いもしませんでしたわ」
カサンドラがそう言って紅茶を一口飲むと、目の前に座ったカテリーナ・バーロヴァは微笑を浮かべた。
「あの子は三人の姉の影響を受けて、話し言葉や態度があんな調子なのだけれど、カロリーネ様はそんなことを気にする素振りもないでしょう?それに、あの子もカロリーネ様には心を開いているようにも思えるから、とっても良い組み合わせだと思うのよ」
今日も今日とて、エンゲルベルト侯爵家の侍女が着るお仕着せを着たカサンドラは、偉そうにふんぞりかえるようにしてソファに座っており、幼いフロリアンはカテリーナの膝の上で、握ると音が出る人形を楽しそうに掴んで遊んでいる。
「良い組み合わせね」
ハイデマリーの家が襲撃されたため、カロリーネはカテリーナ・バーロヴァ女伯爵の家へと身を移すこととなったのだが、そんな彼女を心配して現れたのがドラホスラフ第三王子ではなく、メゾンのオーナーであるペトルだったのだ。
バーロヴァ邸にカサンドラが居ることを嗅ぎつけたペトルが、カサンドラに一言物申したかったが為に邸宅を訪れたのかもしれないけれど、その後、カロリーネにぺったりとくっつくようにしてコルセットの開発を行っている。
嫌なことがあると仕事に逃げがちなカロリーネにしっかりと仕事という逃げ道を用意して、彼女の心のサポートをしているのは分かるけれど、流石は、カサンドラにコルセットの開発を丸投げされた男。新しいコルセットに夢中になりすぎて、未婚の男女が長時間共に居る状態になっているというのに違和感ひとつ感じていないようだ。
「あまりにも嬉しい出会い、嬉しい展開ですものね」
ペトルこと、ペトローニオ・マグヌス・スタール・フォン・トルステンソンは北辺の国アスタールの公爵家の嫡子となる。
言葉遣いと態度に問題がみられたため、軍部に入れられ、男らしくあれと教育されたものの、根っこの部分を変えることが出来なかった。カサンドラとの出会いから公爵家の後継者という立場を弟に譲って、自分はモラヴィアへと移住をして服飾事業を始めたという男でもある。
本来なら華々しい未来が待ち構えていたというのに、その全てを弟に譲ってモラヴィアへとやって来た孫に幸せな結婚をして欲しいと願ってやまないカテリーナは、にこりと笑ってカサンドラを見つめた。
「ですからね、私は自分の甥っ子に手紙を送ってやりましたのよ」
カテリーナが手紙を送った甥とはドラホスラフのことになるのだろう。一体どんな手紙を送っているのかは知らないが、
「奇遇ですね、私も手紙を送っておりますの」
そう答えたカサンドラは薔薇のような唇に華やかな笑みを浮かべた。
カサンドラはハイデマリーに伝言を伝えるように差し向けたし、彼はその伝言を受けてそれなりの覚悟を決めたようには思うものの、そのやり方は相変わらずカロリーネを第一には考えないようなものだった。
「私は殿下に対して、ペトローニオ様とカロリーネ様が、すでに足先を見せ合う仲だとお知らせ致しましたの」
カサンドラがそのように告白すると、
「あらまあ!」
カテリーナは心底驚いた様子で、
「私も同じようなことを書いて送りましたのよ」
と、言い出した。
スーリフ西方の文化では、足先はベッドの中で見せるものだという価値観が広がっている。足先を異性に見せるということは、それだけ深い仲だという意味になるのだが、
「あの子達ったら、いくら楽だからってパンジャビドレスのままで作業を続けているでしょう?」
オホホホホッと笑うカテリーナは悪戯っぽく瞳を細める。
「入浴もせずに不眠不休で仕事をするのなら、パンジャビドレスほど都合が良いものもないでしょうしね」
暑い国で愛用されるパンジャビドレスは通気性の良い生地を利用している関係で、汗をかいてもそれほど匂いが気にならない。
デイドレス姿で作業をしていれば、さすがに無理がたたって完徹四日目突入などという事態には陥らないのだが、楽な服で作業を始めてしまったがために、二人の針子は開発者二人の道連れとなってしまったのだ。
「靴も履かずにサンダルで生活をしているし」
「楽を求めて、淑女の誇りを何処かの世界に捨てて来てしまったのでしょうね」
「これはもう!既成事実が成立したのも同じこと!」
「カテリーナ様、お孫様の幸せを求める気持ちもわかりますけれど、私たちは見守る一択だと思いますことよ?」
「ええ!ええ!それは十分に分かっているのよ!」
ウキウキ顔を隠しきれていない侯王の姉を見つめたカサンドラは、
「どちらにしても、近々、私たちはここから移動をすることになるでしょう」
と言うと、カテリーナは途端に真面目顔となって膝の上にいるカサンドラの息子フロリアンをギュッと抱きしめた。
「あの子の面倒をみていたのは赤ちゃんの頃からになるけれど、育て方を間違えてしまったのだわ!」
「カテリーナ様の問題というより、ご両親の問題じゃないですか?」
アークレイリに嫁いだカテリーナは三人の息子を産んでいるが、それぞれ立派に国に貢献をしているのだ。育て方を間違えたのはカテリーナの息子たちではなく・・
「まあ、何にせよ、我々も国として対応させて頂きますが」
「どうなっても仕方がないことだとは思っているのだけれど・・」
カテリーナは大きなため息を吐き出すと、
「決着がつくまでに開発中のコルセットがきちんと出来上がると良いのだけれど・・」
と、言い出した。
今現在、巷で売られているコルセットは、カテリーナにとって非常に使い勝手が悪いものだったのだ。だからこそ、細さを追求しない新しいコルセット製作には協力をしているし、自分に合ったコルセットを心の底から待ち侘びているわけで・・
「カロリーネ様だけ置いていかれても、我が家としては何の問題もないのだけれど?」
「カロリーネ様は我が国の貴族派筆頭である侯爵家の御令嬢ですから」
二人の攻防はしばらくの間、続くことになるのだった。
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