第二十九話 コルセット文化
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年齢をとると肉が垂れ下がる。それは誰の身にも訪れる、全ての民に平等にお与えになった神の試練。肉も垂れ下がるのなら、骨格を支える筋肉も衰える。普段からお淑やかでいることを求められ、運動といえば庭園を散歩する程度のレディたちならなおのこと、肉も垂れ下がるし腰や背中だって痛くなってくる。
コルセットは垂れ下がった肉を目立たずに押さえつける為にもあった方が良い。貴婦人らしくピンとした背筋で美しく立つのにも、衰えた筋肉の代わりとなって補助してくれるコルセットは必要だ。
「ペトルさん、コルセットは必要、確かに必要なのですけど、問題は腰のくびれを強調するほど良いという文化、不自然なまでに細くても、その不自然な細さが美しいとされる文化が悪いのだと思うのです」
目の下を真っ黒にしたカロリーネは、紙の上に下手くそな絵を描き続けながら言い出した。
「遥か東の果てにある鳳陽国では、過去に、よろけるようして、たよりなく歩く女性が男の庇護欲をそそる、非常に魅力的だという価値観が広がって、足先を折れ曲げるようにして布で固定して、小さな足を無理やり作り出し、庇護欲を誘う歩き方をする女性を作り出すことで、高位身分の男性との縁談を引き寄せることがブームとなったのだそうです」
「何それ、こっわ!」
「足先をこう、内側に織り込んで、布でぐるぐる巻きにするのです。女性を自分の所有物のように扱っていた時代であり、そのような足では逃げ出すことも出来ないとして、男性側としては非常に都合が良かったのでしょうけれど、その足を折り曲げる行為は子供の頃から行われ、下手をすると足先が腐るようなこともあったのだそうです」
「怖いわ・・なんてホラーな話なの・・」
「ですがね、その『可憐によろける足』と『細すぎる腰』を愛する文化は、非常に似通ったものだと思うのです」
実際に、鉄線入りのコルセットが流行した時には、カロリーネも使用することを周囲から強要されることになったのだ。腰が細ければ細いほど良いということで、子供の時から矯正すれば花の時期にはより細い腰を手に入れられるだろうという考えがクラルヴァイン王国にも広がり始めていたのだが・・
「絶対に嫌、そんなコルセットは絶対に付けたくない」
と、言い出したのがカサンドラで、クラルヴァインでは鉄線入りのコルセットはあっという間に廃れることになったのだ。
「鳳陽国の皇后陛下が女性らしい自然の美を求められるのも『可憐によろける足』文化を過去に持つお国柄ゆえだとも思うのです。本当に、足先をこう、内側にぐるっと折って、布でぐるぐる〜っと」
「怖い!怖い!怖い!やめて〜!」
鳳陽国の文化、どんな文化?という話になると、大概、みんなをキャーッと驚かせるために出てくる話。クラルヴァインのメゾンでも流行した鉄板の話を、カロリーネは自分の足先をペトルの前で折りたたみながらやってみせた為、
「いや〜!怖い!怖い!怖い!」
と、ペトルが震えながら悲鳴をあげる。
本来なら、足先は結婚する相手にこそ見せるべきものなのに、簡単にその足先をカロリーネはペトルに見せている。常時、パンジャビドレスを愛用する二人は、そんなことを気にする文化を世界の果てに投げ捨てて来たようだ。裏庭に面した作業部屋では二人の針子も働いているのだが、針子のベルタとダリナは隅の方で失神したように眠っている。
完徹三日目が終わり、四日目を迎えようとしている二人はランナーズハイ状態になりながら、互いに恐ろしい話をすることで眠気を飛ばし合っているのだが・・
「・・・」
カテリーナ・バーロヴァの専属執事として仕えるビアッジョは思わず無言のまま、自分の唇を噛み締めた。
ビアッジョは非常に背が高い男で、若い時には筋骨隆々な男だった。護衛も出来る執事としてカテリーナに長年仕え続けているのだが、寄る年波には勝てず、最近では激しい腰痛に悩まされ続けているような状態だったのだ。
そこで、故郷から取り寄せた男性用コルセットを利用していたのだが、これがまた非常に使い勝手が悪かったのだ。男性であっても腰のくびれを強調することで洒落者である自分を主張しようということで作られたものであるため、コルセットは女性ものよりかは緩やかといえどもS字型、そこまで腰は引き絞らなくても良いのだけれど・・と思いながらも、泣く泣く使用していたビアッジョとしては、
「男性でも女性でも(高齢者が)無理なく使えるコルセットを開発しようと思っているから協力してくれない?」
という話に一も二もなく飛び付いた。
今までは美を追求するために、極端な細さを求められた末に作られたコルセットだったけれど、今後は健康を追求したコルセットを開発したい。そんな思いを抱いてマーメイドドレスの開発者であるカロリーネとコルセットで大いに儲けたペトルが手を組んだのではあるが、まさかそこから不眠不休の作業が続けられるとは思いもしない。
「「仕事って一旦始めたら勢いが大事なのよ!」」
と、開発者二人に言われてしまえば、針子の二人はついていくしかない。不眠不休の作業に付き合わされた二人の針子は、今、完全に死んでいる。ちなみにこういうことは服飾業界では良くあることなのだと言うけれど、執事として働き続けたビアッジョにはそのあたりのことは良く分からない。
ただ、未婚の男女が一つの部屋に籠り切りというのもどうかと思うので(針子の二人は居るには居るが、寝ているので役に立たない)コルセット製作にも関わることになったビアッジョが作業部屋に控えることになったのだが・・
「ビアッジョ、珈琲を淹れてくれない?」
「ビアッジョさん、私にも珈琲ください」
「もう、珈琲はおやめになられた方が良いですよ」
ビアッジョは鎮静、神経調和作用があるレモンバームのハーブティーを二人の前に差し出しながら言い出した。
「珈琲を何杯も飲むのは胃腸に不調をきたします、そもそもお二人の息は、相当・・その・・」
二人は珈琲を飲みすぎて胃がやられ、口から吐き出される息が相当、なんというか、悪臭・・とにかく酷いことになっていた。
「お腹にも何かを入れた方が良いですよ、こちらのパンは美味しいと評判です」
ジャガイモの粉とチーズを混ぜ合わせて小さなボール状にして焼いたパンは、食べやすく腹持ちも良い。
「とにかく、お二人とも少しはお休みになった方が・・」
「とにかく、鯨の髭を何本入れるかがポイントよ」
ビアッジョの話を全く聞いていないペトルが紅茶を一気飲みして、小ぶりのパンを貪り食いながら目を血走らせて試作品のコルセットを眺めていると、
「ドゥパッターの生地を利用するとして、どうやったら千切れずに利用出来るのかしら・・この際、ドゥパッターをぐるぐる巻きにしたらどう?自分で巻いて、自分で縛るのよ」
伸縮効果もある布を四方八方に広げながら、カロリーネが振り出しに戻るみたいことを言い出した為、
「それじゃあ!コルセットじゃないでしょう!単なる腹巻よ!腹巻!」
と、ペトルが怒りの声を上げている。
ドゥパッターとは、パンジャビドレスを身に纏う女性が胸の膨らみを隠すために覆う布のことなのだが、このドゥパッターが伸縮するような織り方をする布だった為、コルセットに利用してみようじゃないかという話になったのだ。
ただ、このドゥパッターを短く切るとすぐに破れてしまうため、巻いた方が良い、巻いたらただの腹巻になるという論争はずーっと繰り返されているのだが。
「私だってそれじゃあ単なる腹巻になってしまうとは分かっています!」
「ああ、ああ、お二人とも落ち着いてください!お休みにならないからいけないのだと思いますよ!どうか!ちょっとでも良いので仮眠してくださいませ!そうした方が良いアイデアも浮かぶというものです!」
「だけど・・待って!もうちょっとなの!もうちょっとで出来そうなのよ!」
「ええそうよ!あともう少し!あともう少しで完成形へと繋がるのよ!」
執事のビアッジョは思わず自分の唇を噛み締めた。
このやりとりは何度目だ?と、考えずにはいられない。
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