第二十八話 ブジュチスラフ王子
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モラヴィア侯国の第一王子であるブジュチスラフは、口元に微笑を浮かべたアルノルトを前にして、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「海賊の被害が多い我が国へ、火龍砲を斡旋してくれるとの配慮は喜ばしいことだとは思うのだが、値段があまりにも高すぎるのではないか?」
「高すぎる?まさか?」
感情を表さないアルノルトの口元に浮かぶ微笑に皮肉の色が混じりだす。
「射程距離が長く、精度も高い砲弾が作れるのは遥か東に位置する鳳陽の技術があったればこそ。その鳳陽の火龍砲を貴国が欲しいと言うので我が国が仲介に入っただけのこと。遠距離の輸送を考えれば安いと感じるほどの値だと思うのだが」
だとしても、とにかく値段が高すぎる。
「貴殿もご存知の通り、我が国は度重なる災害によって財政にゆとりがあるわけではない。そのような中でこの金額の大砲を60門も購入となると・・
「我が国で購入は難しいとなれば、友好国であるヴロツワフに購入する権利を譲る形はどうでしょうか?」
そこで、他国に売る権利を委譲して大きな貸しを作れば良いではないかと側近のトマーシュ・ツォウファルは言いたいのだろうが、
「話にならないな」
と、アルノルト王子は吐き捨てるように言い出した。
「数年前、我が国の伯爵が貴国に麻薬を広め、多大なる迷惑をかけたということで、その詫びの意味も兼ねて火龍砲を購入する手助けをすると申し出た。アイスナー伯爵はモラヴィアに太いパイプを持っていたらしく、駄物の麻薬を大量に流し込むようなことをしたゆえ、王家が謝罪の意味で火龍砲60門を購入する手助けを行った」
「アルマ公国もクラルヴァインの仲介で火龍砲を購入しておりますよね?」
「港湾都市一つを堕とした詫びに大砲を無料で譲ったという噂を信じているのなら、そちらの情報収集能力を疑うよ。我々はあくまでも仲介役を担っただけであり、アルマはこの金額よりも遥かに高い値段で大砲を購入している」
アルノルト王子は指先で金額の部分を叩きながら言い出した。
「この金額は学園生活の間、無二の友となったドラホスラフ王子のために設定したお友達金額として融通してやろうというだけの話を忘れてはいけない。貴国が他国に購入権を譲るなどということが出来るわけもないし、その他国というのが私の無二の友というわけでもないのだからな」
「ですが!我が国に麻薬が広がったのはクラルヴァイン王国の所為ではありませんか!」
側近トマーシュの言葉に、アルノルトは堪えきれずに笑い出す。
「貴殿は本当にそう思っているのか?」
アルノルトはトントンと指先でテーブルを叩きながら言い出した。
「我が国から流れ込むルートが潰れた今は、海岸線を利用して海賊たちが麻薬を送り込んでいるのであろう?今、現在、モラヴィアの貴族たちに広がる麻薬の汚染は海賊が直接関わるものであり、我が国は関係ないではないか?」
「そんなことは我々には・・」
「麻薬を売り捌く商人を自国にのさばらせているのは貴国の勝手、用意した火龍砲を買わないというのも貴国の勝手。物の価値も分からぬ者とこれ以上の折衝は不要。この話は無かったこととしよう」
「お・・お待ちください!」
椅子から飛び降りたトマーシュが、アルノルトの前で床に額ずいた。
「買わないというわけではないのです!ただ!金額がもう少し安くはならないかということで交渉を致したく!」
「話にならないな」
呆れた様子で立ち上がるアルノルトの足にトマーシュは縋り付きながら、
「それでは買います!火龍砲60門!すぐに金は用意しますから!」
と、言い出したため、ブジュチスラフ第一王子は自分の側近に呆れ返ってしまったのだった。
ブジュチスラフはそもそも、火龍砲など購入する気は無かったのだ。末の弟が留学先から捥ぎ取って来た火龍砲の購入権利、クラルヴァイン王国しか持たない大砲を手に入れられるとして、侯王はブジュチスラフに交渉を任せることにしたのだが、既存の大砲を持っているというのに、何故、西の果てから購入をしなければならないのかが良くわからない。
「ブジュチスラフ様〜!」
アルノルト王子との不愉快極まる折衝はトマーシュの土下座で中断されることになり、ブジュチスラフが離宮へと戻ろうとしていると、菫色の華やかなデイドレスに身を包んだマグダレーナ・オルシャンスカがはしたなくも声を上げながらこちらの方へとやってくる。
「大変なのです!大変なのです!」
マグダレーナはブジュチスラフの胸に飛び込むと、潤んだ瞳で見上げながら震える声で言い出した。
「どうやら宰相様は謀反を企んでいるようなのです!」
「何?宰相が謀反を?」
「ええ、先ほど宰相の娘であるダーナ様にお会いしたのですが、ダーナ様が仰っていたのです。麻薬の蔓延を認めている今の王家は法律破りをあえて見逃しているようなボンクラだって」
マグダレーナによって変換された言葉はブジュチスラフの周囲を十分に刺激するものになったのは間違いない。
「ダーナ様の妄想は想像を遥かに超えた物であり、私や私のお友達たちを麻薬患者だと断言されたのです!頭がおかしいにも程がありますわ!」
実際にマグダレーナの取り巻きの何人かは依存性が高いオピに手を出しているのだが、そんなことにマグダレーナは気が付いていない。マグダレーナ自身は、いずれは王家に嫁入りする身であるとしてオピからは離れた生活をしている。そのため、まさか自分の周囲が麻薬で汚染されているなどとは気が付いてもいない。
「宰相様は今の王家にモラヴィアを任せられないと豪語されておりましたの!」
マグダレーナの口からポロポロと創作話がこぼれ落ちていく。
「王弟であるヤロスラフ様を擁立して今の王家に反旗を翻すのかもしれません!私!恐ろしくなってしまって!」
クラルヴァイン王国からの使者がまだ残る会議室の近くでマグダレーナが大騒ぎをした為、この話はあっという間に広がっていくことになる。そうして、侯王ヴァーツラフの耳に届く頃には、宰相一家とクラルヴァインからの使節団は、王都から姿を消していたのだった。
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