第二十一話 焦るハイデマリー
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ハイデマリーはかなり焦っていた。
カテリーナ・バーロヴァ女伯爵の家から飛び出すなり、近くのパン屋の息子にハイデマリーの家まで伝言を頼むと言ってコインを投げて、乗合馬車が集まる駅町に向かって駆け出していく。
ナルヴィク侯国の侯都リトミシェルはクラルヴァイン王国の王都のように港湾の近くに位置をしておらず、スニェシュカ山から流れるヴルタヴァ川に沿うような形で都市を形成していた。侯都と港湾都市とを結ぶ間に位置するのが、オルシャンスカ伯爵が治める領地ということになるのだが、これから港を目指すというのなら、陸路では移動せずにヴルタヴァ川を移動した方が良いだろう。
「ハイデマリー!」
乗合馬車が集まる駅までもう少しというところで声をかけられて後を振り返ると、馬に乗って駆けて来たイーライが腕を伸ばす。その腕に捕まるようにしてイーライの後ろにハイデマリーが飛び乗ると、そのまま速度を落としもせずにイーライは馬を走らせた。
ハイデマリーの従兄のイーライは狩人の息子だが、馬も良く乗りこなす。緊急の際には領主に呼び出されて兵士としても戦うことにもなるため、剣も良く使うのだが、そこを見込まれてドラホスラフ第三王子に声をかけられた。
学園時代に騒動を起こした責任を取ってハイデマリーは国外追放の処分を受けることとなったが、家族揃ってモラヴィア侯国へ移住が出来たのは侯爵令嬢であるカロリーネの差配によるもの。以降、ハイデマリーの家族を雇用したのは第三王子となるドラホスラフだった。
「アークレイリが動き出したって本当か?」
「ええ、そうよ。カサンドラ様は今のままならアークレイリと手を組むと仰っていたわ。相当にまずい状態よ」
影が薄いことで有名なドラホスラフ王子だったから、三年の間、隣国に留学していたとしても侯国の人間の誰もが気に掛けることはなかったのだが、ドラホスラフが不在の間に侯国は非常にまずい状態に陥ることになったのだ。
船の建造のために無計画で伐採を続けたが為に国内各所で土砂崩れなどの災害が広がり、復興に金がかかることになった。その金はその土地を治める領主が負担することになるのは当たり前として、侯国を統治する王家が丸ごと無視するわけにはいかない。
そのため、王家としても多額の費用を動かすことになり、その費用の一部を商人から借り受けることになったのだ。その商人というのが南大陸出身の者であるということが判明したのはごく最近のことで、商会は借金を良い機会として深くモラヴィアに食い込むこととになったのだ。
南大陸では船を建造するのに適した樹木が生育しない関係で、船は北大陸に発注をかけているような状態なのだが、その金額は相当なものとなる。これからは海洋への進出が自国の未来に繋がるとは言われているけれど、その海洋に出るためには船が必要で、その船を手に入れるために南大陸は金を減らし、北大陸は金を増やすというのはどいうことかという意見が出る中で、
「であるのなら、木々が多く生える国を植民地にしたら良いのではないか」
という意見が出たらしい。
そうして、植民地候補として名が上がることになったのがモラヴィアであり、現在、モラヴィアには多くの国々の間諜が潜り込んでいるような状態なのだ。
自国が狙われているというのは王家での共通認識だったものの、そんな最中にパヴェル第二王子が亡くなった。侯王の一人目の息子であるブジュチスラフ王子は温和な人柄であり、人の意見を良く取り入れる性質を持っているのだが、平和なら何の問題もない王子の特性も、国家の存亡がかかってくると頼りないことこの上ない。
その頼りないブジュチスラフ王子を隣から支えるのが優秀だと言われるパヴェル王子だったのだが、その王子が殺された。
硬材となるケヤキやカシだけでなく、軟材となるスギ、ヒノキが植生する豊かな森を抱えるモラヴィアは、造船材料の宝庫と言っても良いだろう。豊富な木材を求める南の国々だけでなく、航海の拠点として属国を欲しがる国々は非常に多い。
頼りない王太子が立つ国であるのなら、いくらでも付け入る隙はあるのに違いない。そう考える国々はすでに動き出しているし、その動き出している国の中に北辺の国アークレイリも含まれている。
「河畔にはすでに船を用意して貰っている、その船に乗って俺たちは港に向かう。ギリギリになるとは思うが・・」
「間に合うわよ!いいえ、間に合わせるわ!」
ドラホスラフ王子がカテリーナに会いに来られなかったことには幾つもの理由が存在する。その中の大きな一因と言えるのがヴァアーツラフ国王陛下による無茶な要求であり、その無茶な要求に従って、ドラホスラフ王子は早朝、海賊討伐のために船で海洋に出る予定でいるのだ。
用意されていた船は小型のものだった為、滑るようにヴルタヴァ川を進んでいく。船は大きく揺れたがハイデマリーは文句も言わずに船縁を掴み続けていた。モラヴィアで最長の川と言われるヴルタヴァ川から途中、支流であるダネブ川を進み、河口に位置するスイノプ港で上陸をする。
ここからモラヴィア最大の港湾都市と言われるクリヴナ港まで馬で移動をすると、今まさに船が舳先から離れようとしているところだった。
「殿下―!ドラホスラフ殿下――!」
馬を飛び降り、人をかき分けながら桟橋を走り出したハイデマリーは無我夢中で叫んでいた。
「殿下―っ!殿下――っ!」
あまりに必死な形相で船に向かって声を上げるハイデマリーに、桟橋で働く男たちは若干引いた様子で眺めていたのだが、後から追いついたイーライもハイデマリーと一緒になって叫んだのが功を奏したのか、甲板にドラホスラフの姿が現れた。
「殿下―!カロリーネ様に捨てられますよーー!それでも良いんですかーー!それでも良いんだったらもういいですけどー!一応言っておかないと後で怒られると思うのでー一応!お声掛けさせて頂きましたー!」
ハイデマリーの絶叫にも似た声量が凄かった、とんでもない音量だった、隣に立つイーライが思わず自分の耳を押さえるほどのものだったのだけれど、桟橋からほぼ離れていた船が静かに停止したのを幸いに、
「もう終わりみたいですよー!失恋ご苦労様ですー!カロリーネ様はこれから灰銀色の髪の毛のイケメンと一緒に国外に出ることになるけど!別にもういいんですよねー!」
ハイデマリーが大声を上げ続けていると、船から飛び降りてきた真っ黒い塊が憤怒の表情を浮かべながら、
「灰銀色の髪の男って、まさかペトローニオじゃあるまいな?」
と、怒りの声をあげたのだった。
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