29.ボス
子どもの成長とは早いものだ。晴明も五歳から八歳になっている。
身長も伸びていて、愛らしさよりも憎らしさが増した気がするよ。出会った頃は可愛かったなぁ……。
「うん、初めまして。しっかりしてる子だね。でも、砂利のところで正座してたら痛いでしょ。こっちおいで」
「が、がまんできます!」
「いいからいいから」
微笑んで手招きすると、少女は父親の方を確認する。
「行きなさい」
「はい……!」
テトテトと歩いて、スポッと座る。
それを見ていた晴明と長が驚く。
「「なっ────!」」
「あらま」
「ここがいいです!」
その子は、俺の膝の上に座ったのだ。
晴明が叫ぶ。
「き、貴様……! 先輩の膝上など失礼にも程が……!」
「い、今すぐ降りなさい……!」
「アハハ、良いよ良いよ~。ここが良かったんだね」
「はい!」
晴明が拳を握っている。
最近、晴明の眼が怖いんだよなぁ……。
本当に怖いわ……。
「先輩! あなたはもっと自分の立場というものを……!」
「え~、俺堅苦しいの嫌いだよ」
「ですから私がこうして厳しく……!」
晴明がガーッと煩く言う。
少しからかう。
「なに、羨ましいの?」
「むっ……! ち、違います!」
「そういえば最近は晴明、褒められるの嫌がるよね」
「大人なんですから、当然です」
腕を組んで鼻を高くする。
え~、俺からしたらまだまだ子どもだよ。
「早く大人になって、私は先輩の横に立つんですから!」
「ハハハ! 期待してるよ」
「なっ、笑わないでください!」
「本当に期待してるよ、晴明」
軽く頭を撫でる。
この縁側では、たくさんの思い出がある。
晴明ともここで出会ったんだ。
俺のお気に入りの場所だ。
それを見ていた少女は、ぼけーっとしていた。
そうして、俺の手を掴んで、自分で頭に乗せる。
「わたしも、よこにたちます!」
「え、えぇ……? 何十年先になるんだい……?」
「すぐなります! この人よりも!」
「む! 生意気だぞ! チビ!」
俺にとって、今は和気藹々とした、楽しい時間だ。
まったく、二人には喧嘩して欲しくないな……まぁ時には衝突も大事だけど。
どっちもきっと、将来の陰陽師を背負っていく者たちだ。
まだ小さいけどね。
「お菓子あるから、一緒に食べようか」
「おかし!」
少女が眼を輝かせる。
手を繋いで縁側から離れて行くと、まだ不貞腐れている晴明が居た。
「晴明」
「私は、子どもでは、ありません……」
「俺にとってはまだ可愛い後輩だよ」
そうして手を伸ばす。
「こっちの手、まだ空いてるよ」
「……はい。ちゃんと、握っててくださいね」
「はいはい」
文句を言いながらも、結局甘えてくる点が、晴明の可愛い点だ。
もう、素直になればいいのに。
褒めて欲しいなら褒めて、と言えば褒めるんだけどなぁ……。
俺の両手を、晴明と少女が掴んで歩いていた。
どちらも大きくなれば、きっと俺の横に立つんだろうなぁ……。
うん、楽しみだ。
*
その未来を、ソラは見ることができなかった。
「なによ、ジロジロ見て。あんたの横に立つのがそんな変?」
「いや……変というか……驚いてるというか……」
御影アカリは、あの少女と同じ御影一族であり、晴明と同じ眼を持つ。
それに驚くのも無理はなかった。
「私が前衛、あんたが後衛。文句ある?」
「……ハハ、ダメだよ。逆にして」
「え?」
「トドメは頼む。あと一つ、直感を信じろ」
「直感を────?」
ソラはそれだけ言うと、飛び出した。
”また一気に攻める気か!?”
”共闘きちゃーーー!!”
”なんか熱ちぃぃぃっ!”
”相変わらずソラはええwww”
「『……』」
偽ソラはアカリを警戒していない。
なぜなら、自分よりも圧倒的に弱者であるから。
故に、ソラはそこに勝機があると考える。
守る対象を戦わせる。
それはソラにとって、初めてのことだった。
パンッ、と偽ソラが両手で手印を組む。
「『第六術式……』」
「雷系は強いからね……多用も理解できるけど、それじゃ無意味だ」
ソラも印を組む。そうして第六術式を発動した。
「「雷龍」」
二対の雷の龍が衝突する。
ダンジョン内部で大爆発が起きる。
砂煙が舞った。
”何も見えねぇ……”
”えっぐぅ……”
煙の中から、ソラが突っ走って出てくる。
待ち構えていた偽ソラが指先を構え、位置を指定した。
偽ソラは考えていた。
(……奴の思考なら、この攻撃は逃げる。直撃は危険)
だから、一度仕切り直しである。
「『第六────っ!?』」
ソラは相手が術式を構えていても、迷わず突っ込む。
(突っ込んできた!! 何を考えて……!? 奴の思考と全く違う……! どうなっている!)
ソラが突っ込んだのには、理由があった。
ソラが思う。
(迷え、考えろ、こっちを見ろ)
一瞬の時間でも稼げれば、十分であった。
どんどん偽ソラと距離を縮める。
「『っ! 第六術式!』」
ほぼゼロ距離で雷の術式をソラが喰らう。
”ソラ!?”
”ソラ!!”
”もしかして、やられた……?”
ようやく雷が落ち着くと、その術式を回避しているソラが居た。
ほぼ互いにゼロ距離。
「『────ッ!』」
ソラは分かっていた。
────俺たちが術式をぶつけあっても、いくら直撃させても、決定打にならない。
それを分かっているからこそ、偽ソラも距離を縮められても、焦っていない。
だがそれは、俺一人ならの話だ。
「ちょっと痛いかもね……第七術式展開」
「『ッ!? それは壊れている術式……!!』」
(本当に何を考えている……!? そんなことをすれば……!)
同じ姿のはず、同じ思考のはず、なのに、行動が読み取れない。
壊れている術式を使う。
つまり、底の抜けたコップに水を注ぐようなものである。
第六術式が壊れていれば、雷を出現させ、辺り一面を大爆発させる。
では、炎を司る第七術式では?
ソラがニヤリ、と笑う。
「終炎」
自爆。
その言葉が脳裏を過る。
バァァァァァンッ!! と灼熱が一面を包む。
あまりの高温に、地面が溶け、陽炎が漂う。
「『距離を……!』」
爆炎の中から、偽ソラが抜け出す。
本能が訴えている。
あれは頭がおかしい。イカれている。
コピーした思考もそう言っている。
壊れた術式など、体内から爆弾を破裂させるようなものだ。下手をすれば腕が吹っ飛んで、二度と使い物にならなくなる。
────完全にネジが飛んでいる行動だ。
煙と爆炎の中にいるソラにすべての意識を向け、警戒する。
また飛び出してきて、もう一度ゼロ距離で第七術式をぶっ放されれば、こちらもタダでは済まない。
後ろから、声が聞こえた。
「呪障……赫槍」
「『────ッ!!』」
ザクッ……! と軽快な音が響く。
”!?!?”
”うおおおっ!?”
”マジか!!”
”ガチか……!”
「『どうして、出てくる場所が……! その眼か……!』」
アカリは、直感を信じた。
アカリが見えているもじゃもじゃとは、呪力の流れである。
そして、その呪力の流れを理解することで……次のその人物が取る動きを予測することができた。
ソラは言った。
『直感を信じろ』
それはつまり、呪力の流れで先を見ろと言っていたのだ。
アカリはその直感を信じ、爆炎からここに出てくると予測した。
(不思議……あいつに言われたことを信じたら、簡単に分かるようになった……)
槍で貫かれ、偽ソラはダメージを負う。されど、両手で印を組もうとする。
「『第五術式……』」
アカリが悪態をつく。
「クソッ! 浅かった!」
(ヤバいヤバいヤバい、止められない! ほんとこいつ強すぎ……! 本物もこれくらい強いって嘘でしょ!?)
ビュンッ……! と爆炎の中から、炎を纏った雷が発射される。
その攻撃はアカリを避け、偽ソラだけを貫いた。
「第六術式……貫雷」
数秒の静寂が、その場を包む。
雷に貫かれ、偽ソラが静かになった。
コメントもその手が止まっている。
それは誰もが望んでいた結末。
そして、初めて見た激戦であった。
”ソラきたぁぁぁぁぁぁっ!”
”すげぇぇぇっ!!”
”偽物倒した……! 倒した……!”
”無理って自分で言ってたのに……!”
”この戦いマジすげえ……!”
アカリが偽ソラから離れ、尻餅をつく。
「はぁぁぁ~! 疲れた~」
「お疲れ。ありがとうね」
「別に……お詫びだし、ピグデリシャス横取りしようとした」
お詫びと言われ、ソラが何度かパチパチと瞬きをする。
”でも、今回報酬とかなさそうだよな”
”ボス倒したのになぁ”
”こんだけすげえ戦いして、なにも手に入らないってのも寂しいわな”
”ソラたち、頑張ったけどな”
”なんで発生してソラのことコピーしたんだろ”
”謎は多いな”
「さてと……」
ソラが偽ソラに近寄る。
誰もが、最後の会話を交わすのだと思った。
これでお別れである、と。
「俺の偽物さん、君ってこの後、どうなるの?」
「『……消えるだけ』」
「ふーん……うーん……」
その言葉に、何かを察する。
”待て”
”ステイ”
”落ち着け”
”やめろよ?”
”それは流石に……”
”いやいやw”
”え? え?”
確かに危険だけれど、勿体なくも思っていた。
「ソラマメ豆腐って食べたことある?」
「『……ない』」
「もったいないなぁ……」
そこでふと、ソラは考える。
みんなから不味い不味いと言われていたソラマメ豆腐を……俺の
コピーであれば理解できるのではないか。
唯一の理解者になるのではないだろうか……と。
「『ソラマメ豆腐は……美味しい?』」
「凄く美味しいよ。あれ、食べたい? なら、俺の式神になろうよ」
そうして手を差し伸べた。
俺がちゃんと教育してあれば、良いだけだと思うし。
”うわでた”
”はい終わりです”
”ソラがもう一人増えた……”
”すげえwwwwww”
”誰も止められねえだろこいつらwww”
”一人でダンジョンぶっ壊せるぞwww”
その光景を見ていたアカリがドン引きしていたのは、言うまでもない。
「こ、こいつヤバいわ……」
New!!
式神:ドッペルゲンガー
コピー:上野ソラ
入手。





