素晴らしき哉、人生 SideR
王子との婚約破棄は、あっさりと行われた。
そもそも彼の婚約を私は受けたわけじゃない。婚約者(仮)の存在だった。
「隣国の姫君から申し込みがありましたのでね。僕も君には幸せになってほしいですから」
私とアッシュの関係は、もう王子の耳に入っていたらしい。恥ずかしい。
「……もしも、アッシュの過剰な愛に疲れたら、また一緒にお茶会をしましょう」
「その時は和菓子を用意いたしますわ」
「ふふ、それは楽しみです」
王子は最後まで笑顔だった。
位の高い人ほど、表情を崩してはいけない。
彼の本心は顔からは見えないけれど、本当に心から祝福してくれるのなら嬉しいなと思った。
こうして私とアッシュの一番の壁は、あっさりと崩壊した。
あとは両親への説得だけれど――これもまたあっさりと解決した。
「アッシュなら喜んで」
「元々そのつもりでしたから」
お父様とお母様はあっさりと交際を許可してくれた。
――と同時に、義理の関係もなくなり、私とアッシュは正式な婚約関係となった。
どうやらアッシュの生家であるヴォルフガング家は異例の出世をし、領土を広げた。
そして爵位もぐいっと上がり、私の家――クライン家と並び立つほどの家系になったらしい。
「めちゃくちゃあっさり話が進むわ……」
もうちょっと詰まるかと思っていたんだけれど、難関をするする通っていく。
「アッシュ、何かした?」
「さぁ。別に」
アッシュはとぼけている。
きっと、いや多分……何か根回しをしたんだろうなぁ。
「でもお嬢にお義兄様って言われなくなるのは寂しいっすね」
「元々そんな呼び方してないでしょ」
アッシュはずっと上機嫌だった。
私も嬉しかった。これからもずっとアッシュと過ごせることも、周りからそれを認めてもらえることも。
――そして私たちは学園卒業と同時に結婚式を挙げることになった。
しかしながら、学園卒業まではまだまだ先。
アッシュの猛烈アピールは相変わらずで――
部屋で二人っきりになると、必ずアッシュは手を出してくる。
「お嬢、ほらちゃんと口を開けて。……そう、上手ですね……」
彼の声が、言葉が、心を揺さぶる。吐息が耳元をくすぐる。
「お嬢は首元がよく感じますね」
アッシュはそう言って、私の耳たぶを咥えた。
「ふぁっ……! ちょっ、んんっ……や、やぁ!」
「嫌じゃないでしょう? お嬢。お返事は?」
「……うぅ」
もう彼は私のことをお嬢と呼ぶ必要はない。
婚約者という対等な関係を手に入れたのだから。
でも彼は今までの関係も大事にしたいということで、二人っきりのときは私のことをお嬢と呼ぶ。
「……き、キス以上は、け、結婚してからぁ……」
「わかってますよ。でも、触れることは許してくださいな。お嬢の熱を――ここにいるっていう証明を感じ続けたいので」
「うぐっ」
昔、私がこねこね言っていた『この世界が夢じゃないか?』と話した時のことを覚えていたのだろう。
私が切り出した話題だったから、反論しづらい。
やめてと言っても、彼を喜ばせるだけ。
いや、というと彼はもっと私に跡を残す。
――まだわかってないんっすね。
そう言って。
わかってない? なにが?
私はアッシュが好きで、アッシュも私が好き。それ以外の何がわかってないというのだ。
「お嬢、一つお願いがあります」
「な、なによ。私は100回くらいやめてってお願いしているのに無視されてるわ!」
「それはいやもいやもすきのうちってことで」
「本当に嫌なときもあるの! この間だって、学園の庭園で他の生徒に見せつけるかのようにキスしたじゃない。エドワードもいたのにっ!」
「……だから見せつけるようにキスしたんっすけどね」
アッシュがぼそりと呟く。
「まぁ、お嬢、きゃんきゃん言わずにどうか話を聞いてくださいな」
「きゃんきゃん言ってないわ!」
その時、突然片足を持ち上げられた。
ベッドで寝転んでいたから、頭を打つことはないけれど、足を持ち上げられたら下着が丸見えになってしまう。
そして彼は、つま先にキスをし――
「《観測者》の権限をもう一度、俺に与えてください」
と、真剣な眼差しで言った。
◆
「《観測者》権限……? あ、そんなのもあったわね」
「……お嬢、俺、いま本気で言ってたんですけど。マジのトーンで話したんですけど、一気に自分のペースに持っていくのやめてくだせぇ……」
……すっかり忘れていた。
アッシュから《観測者》としての権限を奪っていたんだった。
「でも……人生は一度だから儚くて尊いものよ? こうやって私はアッシュと結ばれた。それでハッピーエンドならいいんじゃないかしら。素晴らしき哉、人生よ?」
「でも、俺はお嬢のいない世界で生きていけません。そう染み込ませたのは貴方でしょう? どれだけお嬢が逃げようとも、お嬢が遠くにいこうとも、世界を繰り返そうとも、ずっとずっと追いかけます。それが俺の愛です」
「……絶対に引かないのね」
「えぇ、これだけは絶対に」
「なんか、わんちゃんみたいね」
アッシュの黄金色の眼差しは真剣だった。
そっか。……そんなに、愛されていたんだ。
私は全ての判断をアッシュに委ねたり、彼が私に依存して自分のことを疎かにしてしまう関係を恐れていた。
けれど、今のアッシュは違う。
はっきりと、追いかけてくれると言ってくれたのだ。
そして、それが彼の愛と言うならば――
「《創造主》権限で……貴方に《観測者》としての力を与えるわ」
私は魔法を唱えた。
「ありがとうございます、お嬢」
「ひゃんっ! つま先にまたキスしないでっ!」
「おや、ここも弱いんですか?」
「いまあげた権利、剥奪してやるわよっ! もうっ!」
いつまでも、いつまでも、何度でも何度でも、彼が満足するまで付き合おう。
そして私は死なないように、彼を悲しませないように努力をしよう。
いっぱい会話をして、いっぱい『言葉』を交わそう。
そうして私たちの関係はもっと深くなる。
ぼんやりとした恋から、他者を思いやる愛情に繋がる。
『言葉』を。もっと『言葉』を。
この世界を編む言葉をたくさん作って、どうか華やかにしよう。
悲しい人を少しでも減らせるように。
この世界がどうか、幸せで満ち溢れますようにと。
もうちょっと続きます!
やっとラブコメに戻れました。
気に入っていただけましたら、★★★★★評価お待ちしています。
またアルファポリス様等にてランキング参加もしておりますので、
広告の下にあるボタンをぽちっと押して頂けると励みになります。
コメント・感想・誤字脱字報告も随時募集しております!是非ともよろしくおねがいします!




