世界の強制力(2)SideR
――ポトン、と水の滴る音がした。
頭がズキズキする。
どうやら鈍器かなにかで殴らされて、薬で眠らされたようだ。
目には布がかけられていて、前が見えない。
しかも口には口枷がつけられている。これじゃあ呪文も唱えられない。
――しかたない。無詠唱で乗り切ろう。
《回復》
と頭の中で唱える。
痛む頭じゃなにも考えられない。私は自分に回復魔法をかけた。
すると、痛みが一瞬熱くなり、一気になくなる。
無詠唱だとコントロールが難しい。
というか常人はできない。
私や、アッシュや、高等魔術師にしか無詠唱魔法を使うことはできない。
身体の痛覚や回復力を暴走させるため、下手したら身体中の血液が沸騰して、回復どころか死亡してしまう恐れがある。
どうにか魔法は成功したようだ。
匂い――土の匂いがする。錆びた匂いがする。ここは一体何処だろう。
腕を動かそうとしたら、ちゃりんと、鉄のこすれる音がした。
両腕は枷をつけられ、吊るされているようだ。
……視界が見えないのは、ちょっと鬱陶しいな。
ここが何処か見当もつかない。
ただ、水の音がするから――海の近くだろうか。
学園は王都にある。海までは馬車で半日かかるくらい離れている。
――どう考えても、攫われちゃってるなぁ。
《風よ》
私は腕一本失う覚悟で、目元の布と口枷を風魔法で切り裂いた。
「はぁっ……」
これでなんとか魔法を唱えることができる。
そして周りを見回す。土壁と、目の前には檻。
――どこかで見たことがあるような。
私は頭の中を探る。最近は恋愛話ばかりですっかり浮かれていたけれど、私は現在悪役令嬢で、いつ破滅してもおかしくない状態なんだ。
波の音、水の音。
そして微かに香る潮風の匂い。
「ここ……来たことがある……」
正直、昔の記憶は断片的になっていて、いつ来たかは覚えていない。
ゲーム上の背景素材で使ったことがある。
「むむむ……思い出せ~私~」
正直、星靴のシナリオ、ほとんど忘れているのよね。
何のシーンで使ったっけ。ルーナにシナリオを書き起こした本を読ませて貰えばよかった。
そう思いながら、考えていたら、ピンときた。
「ヴィンセントルートの……」
ヴィンセントルート。
個別ルートに入った瞬間、ヒロインと悪役令嬢が攫われてしまう。
ヒロインはヴィンセントに気に入られ、いつの間にか恋に落ちるんだけれど……悪役令嬢は薬漬けにされ、娼館に落とされる。
あの、最悪のルート。
あのイベントで使われる『街から離れた海岸際にある塔』。いま、私はそこにいる。
「……あちゃあ」
どこで分岐を間違えたんだろう。
ヴィンセントルートのヴィの字も見なかったのに、どうしてここにいるんだろう。
私はルーナの部屋に行こうとして、そこで誰かに殴られ、意識を失った。
誰が私を殴った? ……私を憎む人たち? 誰が私を憎んでいる?
私が王子の婚約者という立場で、アッシュとくっついたことで、世界がバグったのかしら。でもそんなの前の世界で何回もあった。
アッシュ曰く6回目と7回目、この塔に居たと聞いている。
そして誰が死んだわけでもなく、何故かループして、10歳の私に戻ったと。
――ここ、すごくバグがありそうだわ。
もうちょっと余裕があったら、バグを探すんだけれど……正直、怖くてたまらない。
またあれを体験するの……?
せっかくアッシュと両思いになれたのに、私はまた汚されてしまうの?
こんなんなら、アッシュに初めてを捧げていればよかった。
……いや、まだ折れるには早い。
まず状況を確認しないといけない。ルーナは? シナリオだとルーナも一緒に攫われているはず。
でも何の音もしない。声や鎖の音もしない。
「《解錠》」
呪文を唱えて、手枷を外そうとした。けれどびくともしない。
この空間――魔法を使えないようにされてる。
無詠唱のような異常魔法を止めることはできないけれど、通常魔法は使えないようにされているようだ。
「手のこんだやり方だことで……」
誰が、何で、どうして、どうやって、私をここに閉じ込めた?
その時、とん、とん、と足音が聞こえた。
――誰かが来る……!
私を閉じ込めた人? それとも見張りの人? 何にせよ、誰でもいい。誰が来てもヒントになる。
こつん、こつん……。
足音が軽い。ヒールのような音だ。――相手は女性?
そして、私の檻の前にある扉が開いた。
……そこに立っていたのは、黒く長い、ストレートの髪をもつ、整った容姿の女性。
私よりも10は上だろう。
「起きたのね」
女性は艶のある声でささやくように言った。
「貴方は、誰?」
「……くすくす、何も知らないのね。私は貴方達が憎くてたまらなかったのに」
――え?
ゲームでもこんな登場人物の立ち絵を描いた覚えはない。
誰? そしてなんで私を憎んでいるの?
「もう一度聞くわ、貴方は誰?」
「あは、あははははははは! 本当にばか、お馬鹿さん! 何も知らないのね! 何も知らないまま愛されて、何も知らないまま死んでいけばいいのよ! あなたみたいな穢れの知らないお嬢様は、堕ちて堕ちて、堕ちて死んでしまうべきなのよ!」
――話が通じない。
「あなたを汚し尽くして殺してもいいわ。でも……それじゃ、アレに邪魔をされるかもしれないわね。ふふ、くふふ……じゃあ、死んでもらうしかないわよね。そうよね。ね? ね? ネェ? お嬢様? 悪い悪いお嬢様?」
女性は狂ったように笑う。
漆黒の髪を掻き乱し、血のように真っ赤な瞳で私を見つめて――
……血のように赤い瞳?
よく見れば、彼女はあの人に似ていた。
「《侵食》」
彼女が唱えたのは呪いの言葉。
その瞬間、私の身体が動かなくなる。身体の中でなにかが這い回っている。
「あっ……いぃっ」
痛い、苦しい、熱い……っ!
身体も頭もおかしくなってしまいそうになる。
こんな呪い魔法、一般人が使ったら反動が酷いはずなのに。
彼女も同じ痛みを抱えるはず。
「あは、はははは、……うふ、ふふふふ」
それでも彼女は笑っていた。
「あぁ……彼が絶望するのなら、こんな痛みも愛おしいわ。貴方みたいなお人形をこうやって、いたぶって……いたぶっていたぶっていたぶって!」
「ぃい……いいいいっ……っ!」
呪い返しの魔法を唱えたら――彼女はきっと死んでしまう。
どうにか、誰も死なない方法で助かりたいと――私は甘えた考えを持っていた。
そもそも何で彼女が生きているの?
シナリオ上で登場すらしない、シナリオ開始時点で既に死亡しているはずの彼女が。
――ヴィンセントの姉、イザベラが!
「ばいばい。悪いご令嬢様」
そう言って、彼女は最後の言葉を唱えた。
「《即死》」
私の意識は、ぷつんと途切れた。
ほんと、ラブコメでいくつもりだったのに……何故こうなった。
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