もう離さない SideA
ロゼに逆媚薬を飲まされた俺は、眠ったふりをしてその場をやりすごした。
ちなみに俺は『薬物耐性MAX』だ。
彼女の飲ませた薬は一切効かないし、副作用の眠りもない。
ただ、ロゼの行動に付き合ってあげているだけだ。
「逆媚薬とやらを飲まされたと聞きましたが、体調大丈夫でしょうかー!」
どーんっと扉を開けて、いつものようにヒロインちゃんが現れた。
ちなみに談話室のソファーで寝転んでいたんだけれど、彼女は俺に追跡機能でもつけているのだろうか。
「逆媚薬っていわれても、うーん」
「ありゃ、体調が悪いようではなさそうですね。ローゼリア様のことを嫌いになってるんですか?」
「いや。変わらず大好きだよ」
「ちっ……つまんな……薬は効いてないんですか?」
「心の声漏れてるけど。俺は薬が効かない体質なんだよ。おかげで媚薬も頭痛薬も効かない」
「ほーんとにチートですね、あんたら二人は」
ヒロインちゃんは、全く俺に気がない。むしろ嫌悪感をむき出しにして当たってくれるおかげで、俺としても話しやすかった。
「私のローゼリア様が可哀想じゃないですか。昨日もぽつんと寂しそうにご飯食べてましたよ!」
「『私の』じゃなくて『俺の』だから」
「あんまりローゼリア様を傷つけるようだったら、彼女を奪っちゃいますよ」
「出来ないってわかってるくせに?」
最近のロゼを見ていたらわかる。
ロゼの反応が変わっているのだ。前まではどれだけ迫っても、犬がじゃれているような扱いだった。
好きと伝えだしてからは、顔を真っ赤に染めてくれるから、可愛いとしか言いようがない。
だからこそ、彼女の茶番に付き合ってみようと思った。
「……ほんっと、卑怯ですね、あんたは」
ヒロインちゃんは、聡い子だ。ロゼとは真逆で。
だから、俺の行動の真意にもすぐ気がついた。
『押して駄目なら引いてみろ』
好きに応えてもらうだけじゃ駄目だ。
もっと、もっともっと俺に依存してもらいたい。
俺以外の何も見えないくらい、俺だけを見てほしい。
恥も外聞も捨て去るほど、どんな場でも俺を受け入れてほしい。
そのために、俺はこの機会に『引いてみる』ことにしたのだ。
好きと言ってほしい。愛していると言ってほしい。
貴方だけと言ってほしい。
貴方以外何もいらないと言ってほしい。
そして、俺だけのロゼになってほしい。
手回しは十分している。
あとはロゼが俺の腕の中に堕ちてくれれば、それでいい。
ロゼが見ていることをわかって、他の女生徒と話をしてみた。
彼女の傷ついたような表情が忘れられない。
――あぁ、もっと、俺のことを思って傷ついてほしい。
逆媚薬の効果が切れる一週間を越えても、俺は彼女を拒絶することにした。
本当は今すぐ抱きしめたいのをこらえて。
◆
『放課後、校舎裏の山の上で待っています』
その手紙は部屋のドアに差し込まれていた。
差出人は書かれてなかったけど、筆跡ですぐにわかった。ロゼだ。
今日は花祭り。国中が花を撒き散らし、豊穣を願う日。
バレンタインと同じ様に、周りが浮き立つ日でもある。
「……校舎裏の山の上……か」
校舎裏の山は結構でかい。
そこにわざわざ呼び出した理由は――
「……待ってましたよ。お嬢」
堕ちて、堕ちて、沼に堕ちて。
俺から離さない――
山の上に登ると、そこには金の髪をなびかせたお嬢が立っていた。
彼女は俺の足音に気づいて、振り返った。
青い宝石のような瞳は、相変わらず美しいまま、俺の姿を捉えた。
――一瞬、心がぐらりと揺れた。
彼女の瞳の美しさに、久しぶりに当てられたからだろうか。
「こんな山奥に呼び出すなんて、相変わらず人をこき使いますね」
言葉を出して、ごまかす。
その純粋な瞳を見つめられなくて、俺は目線を下に落とした、
すると彼女の手から血が流れている事に気づいた。
「手、怪我してるじゃないですか。ほら、血が出てる」
小柄で細い手。少し触れば壊れてしまいそうなほど、脆そうな。
彼女の手に握られていたのは、一本の薔薇だった。
日が沈み、夜が来る。
ぼんやりと足元が光りだした。
その瞬間、泣きそうなほど強い感情に襲われた。
俺が初めて恋を自覚した場所。そこは、ここと同じ様に夜光花の輝く山の上だった。
俺だけの一方通行の恋だと思っていた。
それでもいいと思っていた。
けれど、彼女は気づいてくれた。
俺の中の大切な思い出に。
何度繰り返しても忘れない場所のことを。
意識してか、意識しないでか。わからないけれど、彼女がこの場所を選んでくれたことが、本当に心から嬉しかった。
「アッシュ」
俺の主は、背を伸ばして、俺を呼んだ。
そして持っていた薔薇をぐいっと押し付けてきた。
「ば、薔薇……?」
彼女の意図――『薔薇を贈った理由は日頃の感謝です』なんてことはないよな。いや、ロゼならありえる。
そう思っていたら、彼女は凛とした声で唱え始めた。
「《花よ》」
一輪の薔薇が空から降ってくる。
「《花よ》」
また薔薇が降ってくる。今度は無数の薔薇が。
「《花よ》《花よ》《花よ》」
彼女が薔薇を降らせてくる理由がようやくわかった。
この世界でフィリックスに薔薇を贈られた時、お嬢は108本の薔薇が『結婚してください』という意味を持つものだと知らなかった。
けれど、今はきっと違う。
ちゃんと理解して、降らせている。
ロゼに似合う赤い薔薇が、空から無数に降ってくる。
「《私の想いの分の花よ、どうか想いを伝えて》」
999本目――『何度生まれ変わってもあなたを愛する』
――こんなの有りかよと思った。
彼女なりに頭を振り絞って考えたのだろう。
あの日、無数の流れ星を降らせた時から彼女は変わらない。
どれだけ壊れても、彼女の軸はいつもブレない。
「好き。好きよ。愛してる。愛してるなんてありふれた言葉じゃ語れないほど、貴方のことがずっと、ずっと好きよ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺は彼女を抱きしめた。
涙が溢れて止まらなかった。
この情けない姿を見せたくなくて、強く、強く抱きしめる。
「……ほんと、貴方は――いつもそうです。俺を振り回して、俺の感情をかき乱して。この場所も、景色も、あぁ……もう……本当に……」
――何回も繰り返し、拗らせた恋が、想いが、やっと通じた。
「俺も、愛しています。ロゼ」
それなら、どうか――
俺だけを見つめ続けて。
アッシュは現在ヤンデレの気持ちとピュアな気持ちが行き来しています。
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