「アイシテル」って言えなくて SideR
「お嬢、教科書忘れてますぜ。あ、愛してます」
「今日のお茶は、また遠くから取り寄せたものですので、自信ありますぜ。あ、大好きです」
「お嬢、砂糖はいかがですか? 好きですよね?」
「んもぉおおおおおお!!!!!」
好きを連呼するアッシュ。私は恥ずかしすぎて、庭園で叫んでしまった。
昨日からずーっとこうだ。
ルーナが何やら話をつけてくれたみたいだけど、でもアッシュの態度は変わらない。
「なんすか。お嬢。牛にでもなったんですか? 牛になったお嬢も好きですよ」
「あぅ、うぁっ……す、好き好き言い過ぎなのっ! もうっ! わかったからっ!」
私はあたふたしながらアッシュを押しのけた。
すると、アッシュに両腕を軽く掴まれた。
「わかったってことは、そういうことですね」
「んっ! やっ! やんっ! ちょっと! ちがう! そういうわかったじゃないからっ!」
アッシュの口元が近づく。
私は必死で抵抗するけれど、男の人の力ってこんなに強いのね――そう思うくらい両腕はしっかり固定されていて――
「お嬢が答えてくれるまで、俺は言い続けますよ。――愛しています」
「――――っ!!」
アイシテル。
その言葉の意味は知っているけれど、中身は知らない。経験したことがない。
誰かを好きになったのはアッシュが初めてで――
でも、私もこのまま好きって言ったらどうなるんだろう。
「あ、あんまり好き好き言ってたら、意味が薄れるわよっ! 効果が薄れると言うか」
「でも、言わないとお嬢はわかってくれないので」
アッシュは私の顎をくいっとあげる。
本当にキスするつもりだっ!
「ぁっ……だめ、誰かが、見てるかもしれないからっ!」
「誰かが見ていない場所ならいいんすか?」
「んもぉおおおっ! そうじゃなくてっ! そうじゃなくてっ!」
どうすればいいの!? こんな時、どう答えたらいいの?
「ピピ――――――――!!!! ふしだら取り締まり警官ですっ!」
笛を吹きながら、アッシュにドロップキックを喰らわせたのはルーナだった。
「ふぅ。危ないところでしたね、ローゼリア様」
「うぅううっ……」
「あ、ドロップキックは風魔法で強化したので、意外と効きましたね。アッシュ様、珍しく無防備でしたし」
トンッ、と軽い身のこなしで着地するルーナ。
すごい。完璧に魔法を使いこなしている。
「ルーナ、ルーナ! あのね、あのねっ!」
「ローゼリア様、お顔が真っ赤で、おまけで涙でぐちゃぐちゃです。よーしゃしゃしゃしゃ、私のハンカチで拭いてあげます」
そう言って、ルーナは私の顎をくすぐりながら涙を拭いてくれた。
ん? なんか犬みたいな扱いされてない?
「この私が見参したからには、ふしだらな行動は禁止ですよ、アッシュ様」
「昨日話をつけたと思ったんだけどなぁ」
「ローゼリア様の嫌がることを無理やりしないと誓ってくださいと言ったはずですけど?」
「俺の目には嫌がってないように見えたんだけどなぁ」
ルーナとアッシュの視線がかち合う。火花が散りそうなくらい睨み合っていた。
私は純粋にルーナすごいと思った。
「じゃあ聞きます。ローゼリア様はキスしたかったんですか?」
「へぇえあああ!?」
突然話を振られて、驚いて飛びあがってしまった。
アッシュがじっと見てる。すごく見てる。あぁ、そんなに見られたら顔に穴が開きそうなくらい見てる。
「……そ、そういうのは、付き合ってからするものだと思うの!」
「じゃあ、お嬢、俺と付き合いましょう」
「はひぃいい!?」
突然の提案に私はビビり倒した。
じゃあ? じゃあってなに? キスするためのおまけで付き合うの? それとも付き合うからキスするの? そもそもなんでキスするの? 好きだから? ああぁあっ、頭の中がパニックになる。
「い、いや!!!!」
おまけみたいな感じで付き合いたくない。
私はがんばって声を振り絞っていった。
「……これはアッシュ様が悪いですね」
「俺も言った後、悪手をひいたと思ったよ」
なんだかアッシュとルーナは意気投合している。
なんなの。この二人は。
ルーナはどっちの味方なの!?
「じゃあ、アッシュ様。好きと愛しているは禁止しましょう」
「え? じゃあ態度で行動すればいいわけ?」
アッシュが私の腰を掴む。
「ひぃいいいああああああ」
大きな手の感触。男の人の手。大きくて、ごつくて、温かい。
「態度はもっと駄目です!!!! ほら、ローゼリア様が怯えきってしまってます」
「しゃーっ! しゃ―――!」
「ほら、拾われたての子猫みたいになっちゃっています。まだお触りも告白も禁止です。私の方の準備が整っていないので。私がオッケーといったら、そこからはご自由にどうぞ」
「ごごごご、ご自由に!? ルーナ、どういうこと!?」
「オーケー。それなら話に乗ろうか。君の活躍を楽しみにしているよ」
アッシュはそう言って、私の腰から手を離した。
「なめないでください。私はヒロインですから」
……すごく男前のヒロインだった。
「期間は?」
「とりあえず、三日ほしいです。それで、選定させていただいてから話を進めましょう」
「は、話を進めるってどういう……!?」
「大丈夫ですよ、お嬢。悪いようにはしませんから。三日……我慢できるかな」
「今までさんざんお預けされていたんでしょう? そこは信用していますので」
「っ……!?!?!?」
もう何がなんだかわからなかった。
一体アッシュとルーナがどういう関係なのか、どういう取引をしたのか、私には見当もつかなかった。
「ローゼリア様、もしもこの従者様が噛みつこうとしたら、すぐに私に連絡してくださいね」
ルーナはそう言って、笛を渡してくれた。
「これには音魔法を加えています。私の耳に直接届くようにしたので、どこまででも届きます。そして、私はその音を辿って、何処まででも貴方を追いかけます」
「う、うん……!」
なんか心強いものをもらった。
「怖い時は、吹いてくださいね。あ、いま試しに吹いてもいいですよ? ……はぁはぁ、ローゼリア様との間接キス……っ!」
なんかこわいから、念の為の時にとっておこう。そう思って私は笛をポケットに入れた。
こいつら堂々とイチャイチャしていますが、彼のことを忘れていない?ということで次回に持ち越しです。




