リトがいるべき場所 ◇デジドラ2巻発売記念◇
ざあん、ざあん、と響く波音が遠く聞こえる。じゃわわ、と軽い音、どおぉ、と低い音が時折混じって、複雑な合奏になっていた。
「思ったより遅くなったな……食うの遅いんだよ。ほら、こっち来い」
夜空を見上げたリトが、大きな両手を差し出した途端、私はサッと両腕を後ろに回す。
「いやない。抱っこない」
「なんでだよ……もう暗いぞ。転ぶだろ」
溜め息を吐いたリトが一歩近づくのを避け、断固として首を振った。
「りゅー、大丈夫」
「何も大丈夫じゃねえ……」
私は、重たいお腹をなだめるためにも歩きたいのだ。今は。
大仰に肩を落としたリトを、鼻息も荒く見上げ……ぱちりと瞬いた。
闇夜に紛れるような髪の横に、ぽかりと浮かんだ星。背の低い建物が多い中、それはよく見えた。
ひときわ大きな衛星……きっとこれは、地球ならば月と呼ぶ。私は、本来の月を見ることがなかったけれど、きっとこういうものだ。
決して眩しくはない光が、きちんと私まで届いている。
「……おちゅきみ」
丸いその形を見て、そんな言葉が浮かんだ。
「なんつった?」
「おちゅきみ、する」
「オチキミってなんだ」
「おきしみない! おきちゅ……お・ちゅ・き・み!」
「ン~我、弟子の正解が分からない」
回らない舌に腹を立てて地団太を踏んでいると、ファエルがふわあと大あくびした。
まんまるになった白いお腹をじっと見て、深々と頷いた。
「ちゅきを見て、おだんご食べる」
「それがオキツミ? オミツキ? なのか」
「おちゅきみ!!」
「あー……オツキミ?」
そう、と頷くと、リトがやれやれと息を吐く。
「で? おだんごって団子だろ? 食いたいのか? 今??」
「え、ちなみに我疑問なんですけど、一体何を見て団子が出て来たわけ……?」
もちろん今、と頷きかけて思いとどまった。
視線を下げて、ファエルと似たりよったりの腹を見る。
……入るだろうか。今、喉元まで詰まっていそうな状態で。
「悩むな悩むな。入るわけねえだろ。そもそもなんで腹いっぱいのくせに団子が食いたくなったんだ」
「おちゅきみだから」
白い月(仮)を指して主張すると、リトがポンと手を打った。
「ああ! オツキミは、月を見るっつう意味か」
当たり前ではないか。ようやく理解したらしいリトに不貞腐れながら、もう一度月を見ながら団子を食べるのだと主張する。
「月を見るのに団子はいらねえだろ」
「いる! おしょなえする! くもちゅ!」
「我分かった! 供物ね供物!! 団子を供物にするとは、中々甘党の神と見た」
そう言うわけではないと思うけれど。
「なら、まあ……とりあえず月を見りゃいいんだろ。ファエルでも供えておけ」
「イヤぁああ!? 我を贄にしようだなんて、なんと罰当たりな――」
「ふぁえる、おいちいない」
「失礼千万! このファエルがマズイわけなかろう! どんな神もむしゃぶりつくだろう、この美ボディ!」
「食われたくねえのか食われてえのか、どっちだてめえは」
でも、ワニは丸呑みしていたではないか。私も、ファエルより団子を供えてほしい。ケーキならもっといい。
そうか、なら……。
リトのポケットをごそごそ探って、ドライフルーツを取り出した。
「食うなよ?」
「りゅーなない。おちゅき様」
「まあ、団子より甘いからいいんじゃねえか?」
多分、月は甘党ではないと思うけれど。まあいい。
躓いてはリトにすくい上げられながら、徐々に波音が近くなって来たことを感じる。
ふいに、ひょい、とリトが私を抱えて堤防を越え、砂浜に下りた。
「よく見えるだろ。好きなだけ見ろ」
「ほほう、これはオツですなあ。我、なかなか風雅でよいと思う!」
ファエルの全然風雅ではない声音を聞きながら、私はじっと黒い空を見上げていた。
真っ黒な海。真っ黒な空。白い月。
夕日が沈む海と、ここは反対の場所なのだろうか。
黄金の道ができていた海に、今は銀と藍色の道。
ざあ、ざぷん、と響く音が、白く見える。
ひとり、ぽつんと浮かぶ月。
はっとリトを見上げた。
「なんだ? もういいのか?」
「おちゅきさま……」
「おう、改めて見ると、綺麗なもんだな」
リトは、銀色の目を細めて笑った。空気に溶け込むような髪を掴んで、ぎゅっとしがみつく。
「りとは、ここでいい。海も、空もきっとちめたい」
「うん? まあ夜は結構冷えるからな。下ろさねえぞ、絶対入るなよ」
私は、頓珍漢な返事を寄越すリトに少し笑った。
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