婚約解消を告げられました。
よろしくお願いします。
「アリーナと婚約を解消して、妹のロジーナとの婚約を認めてもらいたい!!」
エーラース伯爵家の応接室で、婚約者のレオポルト・クレッケルさまが妹のロジーナの肩を抱き、向かい側のソファにすわる私と両親にそう訴えてきたのだ。
お父さまもお母さまは、婚約者のとつぜんの訴えに困惑し、おどろいた表情で言葉を発することもできないでいる。
かく言う私、エーラース伯爵令嬢アリーナ・エーラースも……婚約者が妹に心変わりをしていたという事実に、動揺を隠せずにいた――。
なにせ、エーラース伯爵家には私たち姉妹しか子がおらず、これ幸いとクレッケル子爵家から、私と同じ歳の三男レオポルトさまを婿にと婚姻を持ち掛けてきたのだから……。
私とレオポルトさまは13のときに正式に婚約し、そろそろ5年ほど経つが、とくに何の問題もなくともに婚約者としての道を歩んでいたとおもう。
彼はとても明朗快活な性格で、やや人見知りな私にも、いつもやさしく紳士的な態度で接してくれた。
親が決めた婚約のため、燃えるような恋とまではいかないが、お互いの間にはおだやかで、あたたかい愛情があったと信じていた――。
「……レオポルトさま。どうして………?」
彼との想い出が走馬灯のようによみがえり、それと同時にこころを絞めつけられ、くるしい感情のうずが頭のなか支配する。
そしてとめどなく滝のように涙があふれだしながらも、私はのどの奥から言葉を絞りだして問う。
だが、レオポルトさまは私には目もくれず、妹のロジーナほうを愛おしそうにほほ笑みかけつつ淡々と答える。
「きみには悪いとおもっている。貴族として、親同士が決めた婚約は、とても責任が重いことも重々承知している。だから、アリーナ。きみを大切にしたいとおもっていたし、ボクも上手くやっていけるよう努力してきたつもりだ。だけど……」
「レオポルトさまぁ、ファイトですぅ♡」
レオポルトはおもうことがあったのか、ぐっと言葉を詰まらせてうつむく。
彼に寄り添っていたロジーナは、今にも泣きそうな顔をしつつ、甘ったるい口調ではげますように声をかける。
すると愛しいロジーナの声援を受けてレオポルトさまは、一瞬ふにゃけた顔つきをしたが、すぐに真剣な表情をしてお父さまへと顔をあげた。
「ボクはロジーナと出会い、運命的な絆、真実の愛を知ってしまった。このおもいを知ったままアリーナと結婚なんてできない……。エーラース伯爵、不誠実なことはわかってます! しかし、どうか、どうかロジーナとボクとの愛を認めてください!!」
そう言うとレオポルトさまは、お父さまへ向けて深々と頭を下げる。
とても勇気がいることだったのだろう。
彼は身体を小さくしてふるえていた。
そんなレオポルトさまの姿を目の当たりにし、彼のこころは、もう私にはないんだとおもい知らされる。
お父さまもレオポルトさまが私を捨てて、妹のロジーナを選んだということで、やり場のない怒りをどこへぶつけていいのかわからず、ただただ複雑そうな顔つきで彼をみていた。
私たち姉妹を分け隔てなく育ててくださったお父さま。
どうして、このようなことになってしまったのでしょう………。
重い空気が漂うなか、ロジーナが大きな瞳を潤ませて、くすんくすんと鼻をすすらせながら言う。
「お父さまぁ、わたしとレオポルトさまの仲を認めてください~。わたしたち、本当に愛し合ってるんですぅ」
「……しかしなぁ。レオポルトはアリーナと正式に婚約してるんだ。父親として、アリーナの気持ちを無下にはできない」
「そんなぁ……」
いつもはロジーナに甘いお父さまも、すぐには大手を振って彼女らのことを認めようとはしなかった。
妹のロジーナは、幼いころから両親からの愛情を独り占めにしたい、いつでも自分が一番という思考の持ち主で、わがままを言ったり癇癪を起しては、まわりをこまらせ、とくに姉の私を目の敵にしていた。
そんなロジーナに私は苦手意識をもっており、できるだけ関わらないように今まで生活してきたのだ。
だけど、私の婚約者を奪うだなんて……ここまでひどい子だとはおもわなかった。
ロジーナはおもい通りならないイラつきから、ほほをふくらませ、今度は私のほうに向いて押し付けるような口調で訴えかけてくる。
「お姉さま! やさしいお姉さまなら、わたしとレオポルトさまのことを認めてくれますよね!! 素直に自分から身を引いて、わたしたちを祝福してくれますよね!!?」
「……ろ、ロジーナ。わたしは――」
ロジーナの気迫に気おされた私は、身体をこわばらせ、涙を流しながら声を詰まらせる。
シリアスはここまでです。
つぎからガラリと変わります。