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婚約者のことが、どうでもよくなりました。

 そのときだ。

 今まで呆然としていたお母さまが、ロジーナの金切り声を耳にし、はっとなって我に返るとあわてた口調で娘に問い詰める。


「――ロジーナちゃん! いつもはあれだけ『お姉さまのおさがりはイヤ』だの『お姉さまのお古は着たくない』って言ってたのに、アリーナちゃんの婚約者とおつき合いしたいの!? お姉さまのお古の婚約者よ!? それでもいいの!!?」


 お母さまのかん高い声が応接室中に響く。

 そして空気が一気に冷え込んだ。


 エーラース伯爵(わが家)は貧乏でもなければ、特別裕福でもない。

 だから身に着ける物などを新調できる頻度は、豪奢な生活をしている貴族とくらべるとかなりすくない。

 それでも体裁を整えるくらい着飾ることはできている。

 しかし私たちは姉妹ということで、ロジーナが新しいドレスをねだっても両親に渋られ、嫌々ながらも私のおさがりのドレスを着ることもあった。

 そういうこともあり、お父さまもお母さまもロジーナのわがままには金銭的なこと以外では、できるだけ願いを叶えてあげていた。


 とくにお母さまは、自分に似たロジーナのことを可愛がっている。

 私よりも、ずっと………。


 混乱してぐちゃぐちゃだった私の思考が、お母さまのとんでも発言から少しずつクリアになる。

 涙もすっと引っ込んでしまった。

 そのとき流した涙とともに、レオポルトさまへの愛情どころか執着するこころも、きれいさっぱり消えてしまった気がする。


 私はメイドが持ってきてくれた蒸しタオルで涙まみれの顔を拭くと、大きく息を吸い込み、ロジーナとレオポルトさまへ向けてにこりとほほ笑む。


「レオポルトさま、あなたとの婚約解消を受け入れます。自分の意にそぐわないとすぐに癇癪を起して泣きわめく妹と、どうぞおしあわせに。そしてロジーナ。あなたはいつものようなわがままを言わずに、私からの()()()()の婚約者を大切にしてあげてね」


 もうふたりのことなんかどうでもよかったけど、最後にちょっとだけ皮肉めいた言葉を送る。

 ああ、胸がすこしすっきりした。

 こうして私がにこにこと余裕の表情と言葉を述べてみせると、お父さまもお気持ちを固めたのか、対面するふたりを見据えて断言する。


「アリーナとの婚約解消、およびロジーナとの婚約を認めよう。クレッケル子爵には、こちらから改めてその旨を伝える。ふたりとも、いいな?」


「はい、エーラース伯爵。ロジーナを、彼女をこのボクが絶対にしあわせにしてみせます! ……アリーナ。やはり、きみはロジーナに意地悪をしていたんだね。さっきの口汚い言いぐさ……それこそが、きみの本心だったんだね………。今までそれに気づけなかったボクも愚かだった! きみには心底失望したよ!!」


「そうですの! わたし、こうやっていつもお姉さまに意地の悪いこと言われてましたの……。それに~レオポルトさまのことをおさがりだなんて、ヒドイですぅ!! ぷんぷん」


「ああ、きみだってつらいおもいをしてきたのに、ボクのために怒ってくれるんだね。でも大丈夫! これからはボクがロジーナを守ってあげるよ!!」


「レオポルトさまったら、やっさしいぃんんん♡」


 どうやらロジーナは、私を貶めるうそをレオポルトさまに吹き込んでいた模様。

 ですが、今となってはどうでもいいです。

 イチャつくふたりをよそに、私はしずかにティーカップの取っ手を持ち上げて口をつける。

 ほがらかにほほ笑むお母さまは、うれしそうなロジーナに感化されて、しあわせいっぱ~いとばかりにとなりのお父さまに言う。


「よかったわ~♡ これからつぎのアリーナちゃんの旦那さまを探すのにお金がかかるもの。だからロジーナちゃんの新しいお洋服が買えないとおもっていたのォ……。でも、これからはおさがりだけでもいいのよね!? もう床にひっくり返って駄々こねたりしないのよね!!? 結婚相手だっておさがりでいいんだものっ!! やっぱりロジーナちゃんはイイ子! たすかるわ~♪」


「はぁ、そうだな。あらたにアリーナの婿のことを……考えなければなぁ」


「あなた、ヴェッセルス侯爵家の次男のヴァルター・ヴェッセルスさまなんてどう? この間のお茶会で、侯爵夫人が婿入り先を探してらっしゃったの!」


「それはいいな! ご子息のお歳はまだ25だし、今は官僚として王城に出仕されている。いやはや、こちらにとっては申し分ない婿候補だよ」


「うふふふふ。わたくし、さっそくヴェッセルス侯爵夫人へお手紙を書きますわ! それではみなさま、ごめんあそばせ♪」


 そういうと、お母さまは足取りかろやかに一礼して応接室をあとにする。

 お母さまはロジーナのことを贔屓しているが、だからといって私のことをないがしろにしたりはしない。


 きっとお母さまの頭のなかでは、

『アリーナちゃんの婚約者が、ロジーナちゃんを選んだのはしかたないことね。

 ロジーナちゃんはかわいいもんね。

 でもそれじゃあアリーナちゃんがかわいそう。

 そうだ! 新しい良い婚約者を宛がえばいいじゃない!!

 これでみんなしあわせ♡』

 だと、本気でおもってるのだろう……。

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