第58話 屋上(残り0日)
「君が……メシア……?」
驚きと疑いの念が混ざったその様子で、彼は僕に言った。
七海、心音、爽真。
七海の父親を除いた、ここに居る全員が僕の正体を知っているこの状況。
正体を隠す必要はもうない。
爽真にバレないようにと今まで起動させていた、僕の姿を『天沢輝星』へと錯覚させる機械。
僕はそれを躊躇なく解除した。
黒かった髪は白く染まり、顔も本来のメシアへと変化していく。
そして七海の父親の言葉に、僕はもう一度繰り返した。
「僕がメシアです」
彼の目には正真正銘、究極生命体メシアの姿が映っていた。
目の前にいる人物が本当にメシアだということがわかり、少しの戸惑いを見せる七海の父親。
「なんで君がここに……?」
目を丸くしつつ彼はそう聞く。
「──僕はここの屋上を使わせてほしくて来ました。お願いです、貸してください」
彼の質問に対し、僕は余計な会話をすっ飛ばし、単刀直入にそう頼んだ。
僕のただひとつの望みを、正直に言葉にした。
ただそれだけだと思ったのだが──
「無理だ」
あっさりと断られてしまう。
考える素振りすら見せず、瞬時に返事をした彼。
心音がその態度に猛反発でもしてくると思ったが、僕の予想は大きく外れる。
七海と心音の二人は、「仕方ない」と言わんばかりに、うつむきながら黙りこんでいたのだ。
七海の父親の方に目をやると、彼もどこか様子がおかしい。
屋上に何かあるのか──?
僕がそんなことを考えていた矢先、七海の父親が喋りだした。
「もう七年前だよ……妻が亡くなったのは」
「……」
「その当時は何も手に負えなかったんだ。娘は二人、それにまだまだ幼かった。しばらくは何も考えずがむしゃらに体を動かしてた。でも僕にはどうしてもやらなきゃ……いけない事があったんだ」
彼は僕の目を真っ直ぐに見つめていた。
熱烈とした真剣な思い──ひしひしと感じた。
彼は少し懐かしみの笑いを浮かべつつ口を開く。
その目は穏やかなものに変わった。
「心音が産まれた時だな……花を育てようって話になったんだ、桔梗だよ。花言葉は永遠の愛、ずっと家族一緒に居ようって。でもその時は僕も妻も何となく格好をつけたかっただけで……結局うやむやになって、種だけ残ったんだ」
刻一刻を争う状況だ。
でもこの人の話は聞かなきゃいけない──そんな気がした。
優先順位がどうこうの話じゃないんだ。
想いだ──これを聞かなければ、救うべきこの人の想いを踏みにじるような気がしてならなかった。
「妻が亡くなってから僕は住人の皆さんに直談判をしたんだ──マンションの屋上を七海家のものとして使わせて下さいって。天国に一番近い場所で、家族に一番近い場所で……」
彼は上を向いて瞳からこぼれ落ちそうな涙をこらえた。
目を瞑ると静かに雫が頬を伝って流れる。
『花火も見たっけなぁ……』と彼は呟く。
きっと頭にはその頃の情景が浮かんでいるのだろう。
「思い出の詰まったこの場所で僕は桔梗を育てたかったんだ。何もかもに無頓着にしかなれなかった僕が……唯一持てた夢だったんだよ……」
彼は僕の両肩に手をポンっと置くと力強く掴んだ。
僕自身に比べれば非力な人間、痛くはなかった。
でも──痛かった。
「僕にとっては妻を含めての家族が世界だ。君が世界を救う為にここを壊す──それは僕の世界を壊すことと同義だって、分かって欲しい……」
母親がいない──その境遇に僕は強く共感した。
僕も同じだったからだ。
父も母も兄弟も誰一人として家族は生きていない。
そもそも存在したのかすら分からない。
僕が産まれた時の大爆発によって皆死んだからだ。
七海の父親の心からの言葉は僕の胸に深く突き刺さって、心を大きく動かした。
僕は黙り込んでしまう。
「メ、メシアさんっ……、屋上を使う他に何か方法はないんですか……?」
心音が僕にそっと駆け寄り、そう言う。
僕より歳下、まだ経験も浅い──そんな心音も父親と同じ強い思いを持っているんだ。
そしていつもの彼女には似合わない、悲しそうな目でこちらを睨む七海。
涙の中に垣間見えるその願いが僕にはしっかりと届いていた。
「早く……屋上をっ……!」
──でも僕はそう口にした。
僕は心を鬼にしてそう言った。
七海や心音、そしてその父親の気持ちが手に取るようにわかる。
だからこそ僕の胸は傷んだ。
「だ、だめですメシアさん……。屋上はお母さんとの……最期の……」
「そうだ、屋上を開けることは絶対にできない……!」
僕の言葉に七海の父親と心音はそう返す。
それに続けて──
「私たちの大切な場所を……壊さないでっ……!」
と七海。
目から溢れ出しそうな涙が光を反射し、そして僕をじっと見つめる。
でも──でも……
段々と自分の意思が弱まってきているのを感じた。
母親という概念だけ妄想する。
僕には分からないんだ、会ったことも見たことも感じたことも何もない。
母の温もりだなんて──究極生命体には知る由もないんだ。
でも妄想すればそこに母はいた。
それにより弱まる意思──僕は人頼みを決めた。
「……っ! なら仕方ないっ……!」
「こちらメシア。ザ・ハウス 大賢タワー100に応援を要求するっ……!」
耳元の無線に手を当てて僕はそう言い放つ。
七海、心音、その二人の父親の三人だけでなく、話を聞いていた爽真も僕の言葉に驚く。
今まで天沢輝星としてもメシアとしても、皆に優しく接してきた僕が初めて見せた鬼の姿。
大勢の人々の前ではいつも『すべてを救う』などと言っているが、それが戯言なのは僕が一番わかっている。
すべてを救うのは無理だと。
救えるものと救えないものがこの世には存在していると。
だから僕はどちらを捨てるか決断しなければならない。
それもヒーローの役目。
そして代償として選ばれた七海たちは僕のことを悲しそうな目──いや憎みに近かった。
嗚咽に近いその苦し紛れの声で、何とか抗おうと口を開いてみせる。
「どうして……どうしてそんなことをするの……」
「メシアさん……やめてください……!」
「僕の話を聞いて尚……! その判断なのかメシアっ……」
僕は歯を食いしばり、目の前の捨てられた七海たちから必死に目を背けた。
現実逃避を繰り返し、できるだけ捉えないようにした。
そして、やがて先程の僕の無線を聞いたAPEXの機動部隊-αが到着する。
階段を一気に駆け上がり、僕以外の四人全員を捕えた。
拘束されてもなお、七海たちは暴れる。
「やめて! 壊さないで……!」
心音がそう叫ぶ。
しかし、機動部隊の一人がそんなことに耳を貸す様子もなくドアの前へと近づいていく。
彼の持つ重火器から、力づくで開けようとしていることを悟る。
七海は僕に叫んだ。
「世界中で注目されて! 私と心音なんかよりもずっと人気があって! 力を持ってるだけでそんなに幸せになれる、そんなあなたには絶対にわからない!」
「ヒーローはそんな甘くないよ。でも七海の思いが分からないわけじゃないんだよ……」
僕の言葉に彼女の目はカッと開いた。
それは悦びじゃない──失望だった。
「分かるのに……分かるのに……、こんなことするの…….。酷いよ天沢君……」
「やらなきゃいけないんだ……」
「ごめんね……私今ね……。天沢君──メシアなんて要らないって……消えてなくなればいいって思ってる……」
声にならなかった。
そうだ、そうなるのも無理はないんだ。
今から家族の場所を文字通り踏み台にされて、壊されるんだ。
大切なものが大きなものじゃなく、ただの糧としてしか働かないんだ。
「そんな思いさせるまで……僕は……。本当にごめん七海……」
「謝らないで……天沢君は分かっててやってるんだから。私はただただそう思っちゃっただけ……」
ぐっとその言葉を噛み締める。
彼女をこんな思いにさせたのは僕だ。
それ以前に全ての元は僕だ。
そう、これも僕の責任だ──
そして巨大な破壊音とともに屋上への扉が壊された。
──これも僕の責任だ──
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