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初めての友達作り

 デイタイリ学園の生活は非常に規則的だ。まず、元々いた世界の6時程であろう時間に起床し、食堂まで歌いながら行進する。そして質素な朝食を食べ、その後、朝の日課である運動をする。太陽がすっかり上がり切ったであろう頃には、古めかしい部屋の中で幾つかの座学を休憩を挟みつつ受けて、それが全部終わったら夕食まで自由時間だ。授業自体は昼少し過ぎには終わるので、午後は殆ど自由時間と言っても差し支えは無いだろう。


 授業の内容はいまの所「術」の概要の説明。そして、世界の歴史や民族についての教義。時々、音楽についても学ぶ。


 「リーフィア!その蛙、食べないなら頂戴よ!」


 夕食を隣からねだってくるのはライゾン。活発な男の子だ。


 「自分のがあるでしょ、それ食べなよ」

 

 「まだ、食べ足りない!」


 いくら、正しい年齢は成人に達しているとはいっても子供に飯を譲る趣味は無い。意地汚いと言われようが構わない。


 「ほら、ライゾン、いいよ、お腹いっぱいだから、これ食べて」


 斜め前に座っている、ラーナが蛙のフライを私の隣に手渡す。


 「ありがと、やっぱりラーナは優しいな!」


 「うん、ありがと、でも、あんまり食べ物ねだるのは良くないよ」


ラーナと呼ばれた少女は微笑みを浮かべたまま応答する。面倒見が良いのだろうか。それとも、ただ人が喜ぶことをしたいんだろうか。ブロンドの髪の少女も、褐色の髪の少年もまだ会って3日しかたってないから性格を探りかねている。もっとも、この子たちも同じ条件の筈なのにすっかり仲良くなっているように見えるが…年齢のなせる業だろうか。


 「リーフィア、今日の授業どうだった?わからなかったなぁ…」


 「え?私は…まぁ、分かったかな…」


 「えー!すごい!よくあんなの分かったね!話聞いてるだけだったけど全然わかんなかったよ!あとで教えて!」


 「うん…」


 正直、距離の詰め方が良く分からない。子供たちはぐいぐいと距離を詰めてくるが、私は流石に人となりが良く分かっていない相手を信頼して、遠慮なく話すなどできない。だから、どうしてもぎこちない会話になってしまいがちだ。今の様に、例え話し相手が同じ部屋の者でも例外ではない。


 校長の言っていた暫くと言うのが具体的にどれくらいの日にちなのか正直分からないが、いまの所はここに残りたいとは特別思っていない。


 色々やって分かった、流石に子供たちと一緒に同じ生活をすることはつらい。精神年齢が違う相手とは馬が合わないし、そもそも子供が好きではない。この環境は正直に言うならば苦なのだろう。


 そして、もうそれ以外に少し苦々しいのが、兄弟生徒…


 「ラーナ…ちゃん、兄弟生徒はどう?優しい?」


 こちらの顔を怪訝そうな目で見る。まるで、何故こんな質問をするのかという様だ。


 「ん!優しい、かっこいい!頑張れば、ああなれるのかなぁ」


 兄弟生徒は、この学校の制度の一つで、先輩の生徒とペアを組まされる。そして、1日に1っ回はその兄弟生徒と話しをしなければならない。新しい土地に来て、何もわからない子供たちを比較的近い距離間でこの環境に慣れされるためなのだろう。また事あるごとに二人一組にされて行動させられる。


 今日の会話は特にひどかった。そもそも、会話にあちらから呼びに来るのがマナーらしいが、平然とこちらから呼びに来させる。当人の元に行ったら行ったで「なんのようだ?」「ガキの為に時間なんて使いたくない」「帰れ」だの…思春期真っ盛りのクソガキが…制度で決まってなきゃ来てないんだよ…。


 殆ど、会話らしい会話もできずに終わった…。クソガキめ…。


カエルの骨から、食べれる肉の部分だけうまく口に残し、骨を床に吐き捨てていく。最初は面食らったが、こちらの世界の常識のようだ。相当、良いところの食事以外は、こんな風にたべれない部分は地べたに吐き捨てるだろう。ぺっ、ぺっと骨を吐き捨てていると横目に薄汚れた白い髪色が見えた。あの少女だろうか。


 …入校式、つまりガラス玉に手を添えて、一切の魔法が使えない事が確定したあの日。私が会ったあの少女は不思議と近くにいるだけで悪寒が走った。それは、私以外も感じる物だったのだろう。ちょうど今一人で、食堂から出ていく。


 可哀そうだが、どうしようもないだろう。助けようとすれば、またあの悪寒に襲われる。体の芯から震えるような不思議な寒さを感じるのは明確だ。正体は分からないが、それはきっと何か恐ろしい物であることは確かだろう。本当に可哀そうだけど…。


 「じゃあ、俺はもう食べ終わったから、部屋に帰る」


 そう言って、ライゾンは立ち上がり食堂を出ていった。


 「リーフィアちゃん、たまに寂しくならない?」


 「え?」


 「私ね、まだここにきたばっかりなのに、もう家が寂しくなってるの」


 この学校に居続けるのは、具体的に何年制なのかは特に言われていないがたまに見る最上級生らしき生徒達の風貌からして、10年ぐらいはここにとどまることになるだろう。


 初めて、家から出て他に行くというのは少女、少年どちらにとっても大きな一歩であるが、それは同時に変革という苦痛を求められる一歩でもある。特に、幼いうちは変化に慣れないので、その変革を受け入れるまで時間がかかる。


 良く考えたら、私も、こんなんだったなぁ。

 

 「うん、そうだね…」


 私は17で死んだ。親から独立して自立する前に死んだ。だから、親のありがたみだとか、実家に対する懐かしみとそれを求める思いとは無縁だった。だが、こちらに生まれて初めてそれを感じた。


 そして、同時に、今の世界の生まれ育った地に対しても、ちょっとの寂しさが無いとは言い切れない。


 たとえこの学園生活が気に入らずに、短期間で終わったとしても私はこの久しぶりなさみしさを噛みしめたい。


 「じゃあ、そろそろ部屋にもどろおよ!」


 「うん、そうだね」


 席を立ちあがり、ラーナと並んで歩く。


 「明日のくもつみの会、楽しみだね!」


 ラーナがこちらに嬉しそうな笑顔を向けていった。



 ~



 遠くからカンカンという甲高い音が鳴り響くと、上の寝台が勢いよく軋む。ライゼンが着地する音がした。朝だ。朝がやって来た。


 「おい、おきろー!今日はくもつみ会だぞー!」


 少年のやたらと高い叫び声でぼんやりしてた意識が不愉快さからかはっきりとする。そう、今日はいつもとは違う日。らしい。


 朝食を食べに食堂に来ると、皆そわそわしていた。勿論、ライゼンも例外ではない。いつもは一番最後におきていた彼が一番早く起きたのだ。どれ程、楽しみにしているのかは予想できる、


 「今日は、くもつみ会だぞー」


 ライゼンは、食べている横でやたらと繰り返す。どれだけ楽しみなんだ。


 彼の様子とは反対に私は憂鬱だ。くもつみ会など行きたくない。もしかしたら、この会で私は学園生活をやめたくなるかもしれない。


 朝食を食べ終えると、わくわくとした様子の皆と外に向かっていった。



 「いいですか?くもつみは非常に大切な行事です!手順はこの間説明した通り、まずこの森を歩きそこにいる蜘蛛を捕まえてそのかごに入れる!この蜘蛛がいないと私達学生は勿論、この学校も困ってしまいます!兄弟生徒と協力して頑張っていっぱい集めましょう!」


 歴史を担当している初老の女教師がそう私たちに説明する。今私たちは後者の裏手にある広い森の前のある少し開けた土地で兄弟生徒と隣あう形で輪になって座っている。この防御壁で囲まれた街は4分の1程をこの学校の敷地が占めており、後者の裏手には広大な森を備えている。なんでも、蜘蛛は魔法の触媒となるらしい。


 それをこの隣にいる、クソガキと協力してやるのだ。


 「皆さん、良いですね!それでは、くもあつめ開始します!森の中に入って下さい!」


 説明が終わって開始の合図が掛けられる。皆が一斉にワクワクとした様子で森の中に手を引かれて入っていった。ライゼンなんかは特に飛び跳ねながら歩いているので、兄弟生徒である優しそうなお兄さんが少し困ったような様子で笑っていた。その様に他の生徒たちを眺めていると兄弟生徒であるベイジに無理やり手を引っ張られる。あまりに唐突だったもので体がよろけたが、なんとか踏ん張る。なんだ?行動が遅い私にいらだったのだろうか?そんなにもたついてはいないのに…。そう思って、ベイジの顔のほうを向くがその目線は私では無く、まっすぐどこかの方向に向いていた。進行方向ではない。だが、歩いていく方向からして、どうやら、私を森の中まで引っ張ていこうとしていることが分かった。


 取り敢えず、これに抵抗していてもらちが明かないので、引っ張られているほうに足を進めていった。傍目から見ればただ手をつないで歩いているように見えるだろう。


 森の中程まで来ると、ベイジは周りを見渡した。周りには他の生徒たちはまだ来ていなく、また教師もいない。


 「じゃあ、後は勝手にしろ、俺はダチんとこいくから」


 そう言って、私の手を乱暴に放り投げた。


 「え?でも、協力してって…」


 「うっせぇなぁ、クソガキ、なんか文句あんの?黙って俺の言うとおりにしろよ」


 「でも、道もわかんないし…」


 「知るかよ」


 そう言って、ベイジは踵を返し、猫背の姿勢で歩いていく。信じられない。このクソガキ、こんな来たことも無い森の中に幼い女の子を一人で置き去りにする気なのか?


 自然と怒りが湧いてきた。


 「いい加減にしろよ!このクソガキ!」


自分では、一瞬口からその言葉が出ていたように思ったが、実際に空気が一切の振動を伴うことはなかった。そのまま、ベイジの背中をにらみながら、両の手を握り締める。怒りがわいたからって、それを相手に直接ぶつけることができる程の度胸は無い。特に、相手が自分に対して、よくない影響を与えそうな者であったら特に。そんな奴に向かっていけば私が傷ついてしまう。


 …


 ベイジはすっかり遠くに行ってしまい、姿がほとんど見えなくなった。


 仕方ないから、自分一人で蜘蛛を捕まえよう。幸いにして、私は虫が苦手ではなかった。しかし、土地勘も無いので絶対に迷うだろうが…まぁ、誰かしら兄弟生徒が一人でいるのを見て、私を心配し探しに来るだろう。…そう願いたい。


 …


 もくもくとクモをかごの中に入れていく。ここのクモは親指ほどの大きさのものばかりで、とくに噛みついたり、暴れまわったりする様子も無く、拾われていく。


 かごの中は大量の蜘蛛がうごめいていて少し気持ち悪い。


 …


 向こうから、足音が聞こえた。草か何かを揺らす音。おそらく、ほかの生徒だろう。ずいぶん、奥にいると思っていたが、ついにここまで他の者が探索に来るくらい時間が経ったのか。


 足音は一つではない。4つほどの足音と2人分のしゃべり声。この声は、ライゼンだ。そして、その声に何かしらの応答をする柔和そうな男の声。

 

 もう二つの足音は…。一切の会話がなかった。ただ黙々と…進んでいる…。いや、なんだろうか…足音?まるで、地面に何かを擦っているような音がする。近くを通っているのか…。


 ガサリ!


 という、音のすぐあと、ライゼンの無理やりひねり出したような表現の難しい悲鳴。


 藪を一つ挟んだ向こうの出来事だ。


 …


 頭に一瞬、ライゼンの無邪気な笑顔が浮かび、それが、もともとの世界の弟のそれと重なった。幼い頃に事故で死んでしまったが、生まれたところに立ち会った時には、確かに姉としてその子を大事に思った。


 私の心が少しだけ奮い立たされる。そして、藪の先に向かった。


 「んん…君は…」


 驚愕した様子でへたり込むライゼンと、腹がえぐられた様に半分裂け、腸の様な物がはみ出ている血の水たまりの中に仰向けに倒れこんでいる14程の少年。そして、やたらと爪の長い熊の様な獣を隣に従えた、黒髪長髪の高身長な男。


 獣の爪の油を塗ったかのような汚らしいてらてらとした光沢と少しの赤い斑点ですべてを察した。


 「君はリーフィアちゃんだよね?」


 真っ黒なマントを身にまとった男がこちらをまじまじと見つめる。


 ライゼンは、依然変わらず、口をぱくぱくとしながら腰を抜かしている。


 これは、いったいどういうことだ。何故、私の名前を知っている?なぜ、その生徒を攻撃した?その熊の様な獣はなんだ?この男はなにが目的だ?ライゼンは無事そうか?


 「リヴィ、その子も殺せ」


 「待って!」


 「リヴィ、待て」


 男はリヴィと熊の様な獣を呼んだ。男の指示を聞き、走り寄ってライゼンに爪を振り下ろそうとし、指示に従い止まった。


 「私は、確かにリーフィアです」


 頭が真っ白だ。何も考えられないが、ライゼンの顔は弟の最期の笑顔を脳内でちらつかせる。


 「…そのようだね…端的に言えば、君には私に協力してほしいんだ」


 男の隣にいる獣はライゼンをじっと見つめている。


 「おっと、その子に何か言うなよ、そうしたらこの子を殺すし、君が叫んでも殺す、そして少年、君も動いたら殺すし、叫んだら殺す」


 やっぱり、人質のようにライゼンを使っている。


 「分かった?」


 「はい…」


 ライゼンは、恐怖にゆがみ、涙と血と鼻水にまみれたひどい顔で激しく頭を振った。


 「君の事情は知っている、私の事情は教えられないけど、ただこの子の命が惜しいなら、今、君は私に従ってついてくるしかない」


 「分かった…分かったわ…ついていきます」

 

 これ以外の選択肢が思い浮かばない。殺す気なら今殺されているだろう。しかし、まだ生きているという事から私を殺す気は無いのだろう。


 後悔した…。藪を抜けなければ…いや、藪を抜ける前に誰かを呼んでいれば…だけど、それだったらライゼンも殺されていたのではないか。


 「うん、聞き分けの良い子だ、ほらこっちにおいで」


 一歩、一歩男に近づいていく。両手を広げて、私のほうを向く男。口角が上がっているが、しかしその目は笑っていないように見えた。


 ついに、男の目の前まで来た。


 と同時に、私の口に黒い布を押し込み、


 「リヴィ殺せ」


 悲鳴の一つも出せないで、ライゼンは頭を砕かれた。その顔は真っ赤に染まり、よく見えなかったが、大きく陥没し何か飛び出ていた。


 自然と、目から涙があふれ出る。


 最初からこの男にはライゼンを生かす気なんて無かったんだ…。どうして、信じてしまった。私は馬鹿だ。でも、ほかの方法はあったか?あったかもしれない。私は最悪の選択をした。


 あぁ…あぁ…


 ぐいぐいと引っ張る男に反抗して、体を大きく揺すって、何とか声を出そうとする。

 ひょいと軽く抱きかかえられ、耳元に顔を近づけてきた。


 「助けなんて呼んでみなよ、ほかの生徒たちも駆けつけちゃうよ、君の身体と同い年の生徒たちが」


 ……


 抵抗することは、更に他の子どもたちが死ぬことを意味する。


 おとなしく抱きかかえられることにした。

 


 

 


 

 

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