得手不得手
さて、デイタイリ学園の門の前まで来たわけだが、門からしてスケールが違う。
まず、街の周りを赤い城壁が囲っているのだが、その壁は見上げると首が痛くなるほど高い。そして、その高さと同じ豪勢な門がついているのだ。金属性の飾りがキラキラと輝いている。黒い。血を乾かしたかのような黒さの巨大な門だ。
この街、何と戦うつもりなんだ…?
半分開かれた門を通り、城壁の中を通って街に入る。道は石畳が広がっており、非常に整備されている。端には溝が通っている。側溝かな?その両脇にはレンガを積み、漆喰を塗られた白い家が幾つも連なる。
そして、うえっ、とにかく、人があふれてる…
「街にでたのは初めてでしたね、お嬢」
「えぇ、初めてです、こんな風になっているのですね」
人込みは苦手だ。元からね。だから、東京のほうに遊びに行くこともあんまりなくて、田舎娘と言われていた。
家の下には露店が並んでおり、こちらが恐らく金を持ってそうな人間だと思っているのだろうがしきりに両手をこちらに向けて何かを買うように催促してくる。
うぅ…、押しが強い。押しが強い奴も苦手…。でも、こういう人間はどこにでもいた。だから、あんまりそういう人間には近づかない様にしていた。うぅぅ…。
「お嬢ちゃん、ほらごらんなさい、前に見えますでしょう!ほら、あれ」
でかい。非常に大きい。建物の向こうに、恐らくデイタイリ学園と思われる建物が見えてきた。まず、一番最初に見えるのが太くて立派な塔。雲の上まで届くんじゃないかと思うほどの塔。そして、その後ろに古城の城壁のようなものが見える。
あれが、デイタイリ学園…。昔見た、魔法使いの学校に行く映画を思い出す。あれは、ホグ〇―ツか?ただ、記憶の中に残る映画の一シーンにでてきた学校よりも大きく感じる。
がたがたとしつつ道を進んでいきどんどんとその学校に近づいていった。
~
「じゃあ、お嬢、もう老体故また会えるかは分かりませぬが、どうかお元気で、そして次会えたならどうぞこの老いた目に大きくなったお姿を見せて下され」
「ここまで、ありがとう!大丈夫よ、きっとまた会えるわ、じゃあね」
白髪交じりの領主はめそめそと泣きながら馬を連れてきた道を戻っていった。
ここは、デイタイリ学園前、入学の門だ。
「別れは住みましたね、お嬢ちゃん、ようこそデイタイリ学園へ、ではどうぞ私に続いてこの門をおくぐり下さい」
腰の下まで伸びた赤い上衣を着た26程の男に続いて、開けられた門をくぐる。
ここが、デイタイリ学園。私は魔法学校に足を踏み入れた。どうしても、現実感がないが、しかし、確かに魔法がこの世界には存在し、当たり前のように使われている。だから、この様な施設はあっても何も不思議ではないのだ。
門をくぐると、そこには視界一杯に広がるように、木々と花々がこちらから半円になるように植えられていた。そして、その半円の外側には大きな2階建ての回廊が建てられる。
「ここは、第一の広場です、多くの人が入れるように広めに作っておられるそうです」
そういいながら、金髪が混じる黒髪のオールバックはすたすたとまっすぐ進んでいく。こちらが何かを聞く暇もないような歩くスピードだ。ついてこいとは言っていないが、ついていけばいいのだろう。子供相手という事を少しは考えてくれてもいいんじゃないか。
まぁ、精神年齢的には、17で死んで5年いきてるから21歳だけど。って、もう成人じゃない。
「お嬢ちゃん、お名前はなんていうんだい?」
ずかずかと進みながらこちらに聞いてくる。
「リーフィアです、トゥーエル・リーフィアと言います」
「あら、君は随分と落ち着いた5歳児だ偉いね~」
一切、振り返ることがないのが不気味だ。
回廊の中をまっすぐ突っ切り、屋内に入って暫く行くと、開けた空間にでた。そこには、今の私と同じ位の少年少女達がわらわらしていた。
げぇ…。
人込みは嫌いで、更には子供も嫌いだ。17歳が何を言うかと思うかもしれないけど、うるさいのが嫌いだったし、昔から他の子があまりすきじゃなかった。子供は見境なくどうでもいいことで騒ぐから嫌いだった。もしかしたら、人付き合い自体好きじゃなかったのかもしれない。自分では、社交的な性格で人付き合いもそつなくこなしていたと思ってたんだけど。好きとできるはまた違う。確かに、あの頃は毎日疲れていたっけ。
「ほら、お友達がいっぱいですね!嬉しいね!…次の行動をもう少ししたらお知らせいたしますのでこちらでお待ちください」
すたすたと歩く男は、わざとらしい笑顔をこちらにむけるとまた、回廊のほうにすたすたと歩いて戻っていった。
一日中移動していたので、疲れがたまっているようで、足から尻にかけて少しのしびれを感じた。子供たちがわいわいと落ち着きなく、走ったり騒いだりしているのを傍目に近くの柱の基礎の部分に腰かけて、目をつむる。
目を瞑っても子供特有の遠慮をしらない大きく高い声が耳に入ってくる。何をいっているのかを考える注意も向かずただただ鬱陶しい。そういえば、私は昔からこんな感じだったかな?人付き合いが嫌いだったんだっけ?
あれ。なんで、こんなところに今いるんだっけ…?
昔の、元の世界の事を思い出すと時々、今の世界の自分の立ち位置ややってきたこと、つまり自分の事が良く分からなくなる。だから、そういう時は、落ち着いてこの世界に生まれてきてから何をしてきたのかを思い出す。
だから、今もそうする。
私は、死んだと思ったら、誰かの赤子になっていた。こちらに生まれて初めて抱きかかえられた女、恐らくあれは母だったのだろう。生まれたばかりの目は良く見えない。だから、顔を判別する事はできなかったが、雰囲気で女であるということだけがなんとなく分かった。
…それ以来「母」に二度と会う事は無かったんだ。
「綺麗な髪のいろしているね~」
耳元からキンキンとした少女の声が頭に侵入してくる。あまりの驚きに、ひっ!と声を出して飛び上がる。声からして、私と正反対の性格なのは間違いない…。幼いからという事もあるけど、こんなに遠慮なしに人の世界に侵入するか!?
でも、流石にこんな事で怒らない。精神年齢で言えば21なのだ。いや23?この子たちの恐らく、18から14は上だ。なにしろ、ここの1年は長いのだから。だから、笑顔で迎えよう!!
「な~にっ!?」
大人になりきる気が無い私は、声に怒りを表しながらその少女のほうに首を動かした。
灰のような色の髪を肩まで伸ばした少女。そして、白い寝巻の様な質素な肌着を着て、にこにこしながら赤い瞳でこちらを見つめている。その灰のような髪は、ホールは薄暗く松明がたかれていたがその光を一切反射する事は無く、どこか不吉なものを感じさせた。何か、世の中の理から離れた所に引き込まれるような感覚に襲われて、顔から眼を離して、地面に向ける。
「きれいな髪の色してるよね」
高くて、キンキンとした声だ。だが、それでいて直ぐに消えてしまいそうな儚さも兼ね備えている。美しいが生命力を感じない声だ。体の底から恐怖と拒絶の感情が沸きあがってくる。
「え?」
こちらの鏡で、自分の顔を初めて見た時、確かに驚いた。私の髪は限りなく黒色に近い紅色をしていたからだ。日本という国で生活をしていた以上、まず見なかった。また、生まれながらにしてその様な色の人間はTVでも見たことが無かった。
「いぃな、その髪の毛、欲しいな」
目は合っているが、何を考えているのか分からない。
「あ…だれ?」
必死に喉から絞り出した声がやっと出た。
「デェイオノ!なんていうの?」
なんていうの??名前を聞いているのだろう。
「リーフィア…です」
「おはようリーフィア、仲良くしてね!」
目の前に手が出され、ひざの上に置いていた右手が引き出される。そのまま、手首を握り一方的にゆさゆさと揺らされた。一瞬、あっけにとられたが瞬時に理解する。握手だろう。こちらではこうするのか…。
ゆさゆさと揺らされてた手がピタリと止まる。彼女の足が見える。薄汚れたサンダルだ。革のストラップが指の間に挟まれて足に固定されている。なんだ?思考がまとまらない。どうして、サンダルの事なんて冷静に考えているんだ?なんだ?そういえば、今日何食べたっけ?あれ?なんだ?怖いな、どうして手を止めたんだ…?
こちらを覗き込むように上目遣いの顔が現れる。
「ねぇ、こわいの?」
動けない。動くなどとは考えられない。怖い。異様に怖い。なんだ、この怖さは?こんな年端のいかない少女の何が怖い?住む世界が違う。なにか、人間が理解できない者に見えない目で睨まれるような、ただの恐怖。
じーっとこちらを見つめる赤い瞳。こちらも、それから目が離せない。声も出ない。体の自由が利かなくなる。蛇に睨まれた蛙…。
「それでは、準備が整いましたので皆さんこちらへいらしてください」
救われた。ばっ!と立ち上がり、声がしたほうを向く。大きな柱4本で支えられたホールは良く声が響いて、どこから何を言われたのか分からなそうな気もするが、はっきりと分かった。ホールの横だ!横の扉が開かれておりそこに先程のすたすた歩く男と同じ服を着た、茶色の髪色をした大柄な男がいた。
思わず、そちらに走っていく。他の子どもたちの波にのまれるように走りこむ。普段なら絶対にしなかったであろう行為だ。正直、いやだ。しかし、恐怖には勝てない。
子供の波にまじり、となりの部屋に入っていく。そちらの部屋は、先程のホールとは違って天井が普通の生活空間として違和感の無い高さであった。
「トーフヌン!」
次々に子供たちが呼ばれ、赤い服の男たちに連れていかれる。あの子とはもう話さなくてすみそうだ。そわそわとして、後ろをちらちらと振り返り、あの不気味な女の子を確認する。遠くのほうで、部屋の中を見回している。
「リーフィア!」
私の名前が呼ばれ、その方向を見ると、また私を向かい入れた時の男がこちらに手招していた。小走りでそちらに走り寄る。
「おぉ、どうしたのですか?その様に急いで…あぁ」
ではこちらに、という声に従ってすたすたと歩いていく。
…だいぶ、歩く。30分程歩いた。随分と遠くにきているのではないか?
他の子どもたちとは一切すれ違ったりしないところから、それぞれ一人一人違う所に連れていかれているのだろう。結構な大人数だったが、全員を一気に別々の所に連れていけるほどここは広いのか?
学校の中は切り出したレンガ上の石が白く塗られた廊下が長々と続いている。ファンタジーなどで良く出ていた城とは違って、隙間風などが良く入ってくる少し肌寒い城だ。正確には城ではないけど。
「こちらへ、どうぞお入りください」
男はそう言って、かまぼこのような形をした古びた木の扉を開けた。
質素だ。随分と簡素な部屋だった。白く塗られた部屋に小さな窓、そしてその真ん中に小さな机。その上には中に水の入れられたガラスの玉がある。
これは、一体なんだろうか。
「この玉に手を触れてください」
言われるがまま、玉に手を触れる。ヒヤリとした感触が走る。ガラスの玉は決して綺麗とは言えないが、中に入っている水はなんとなく見ることは出来た。
「手を触れたまま、今から言う言葉を復唱してください」
え?唐突な要求に困惑していると、こちらの意を一切解さずに男は何か唱え始めた。
あり、すべくち、すぅら、とぃりぃ、とおぅンら。
なんだか、良く分からない言語を口から発してくる。これは、なにかの攻撃だろうか。こちらを混乱させようとしているのか。
「…あとにつづいて!おなじことを言って!」
思いのほか大きい声を出されたのでびくりとする。なんで、そんなに怒るん?子供が嫌いなの?私よりも、子供の扱いはへたくそだ。見るからにいらいらとした様子である。少し、怖い気もする。
言えと言われた、意味の分からない言葉を発してみる。
……
何もおこらない。ガラス球には変わらずに、時折手の震えに合わせて水面に波がたっている。
「…もう一回、言ってみて下さい」
手をガラス球につけたまま、再三意味不明な言葉を繰り返す。そう、確か、あまり聞いた事が無いが、領主が暖を取る為に火を起こすときなどもこの様な事を言っていた。気がする。正確には、違うけど。ただ意味は分からない言葉だった。
自分では、火を起こす事は無かった。
「え?」
男の顔を見ると、苦笑いが浮かんでいる。
「リーフィアちゃん、うん、まぁ、ありがとう、じゃあついてきてくれるかな?」
再び、長い廊下を歩く。幾つもの階段をくたくたになりながら上がっていく。時折、どう見てもこちらの私より年上の少年や少女とすれ違う。そのたびに、じろじろと見られた。物珍しいのだろうか。普段はこちらまで幼少の者が訪れる事もあまりないのだろう。…では、なんで?
男が不意に口を開く。
「リーフィアちゃん、今まで術を使って火を起こしたことはある?」
「いえ…ないです」
「そっか…」
うーんと、少し考えると思い切ったように勢いよくこちらに向かって口を開いた。
「結論から言うと、君はここで教える術は使えないんだ」