●呪いと夢
その後。
教官達が駆け付けた時には、既にアドレスはコロナの前から消えていた。
ドラゴンは、コロナが倒したと言う事にして欲しい――と、立ち去る直前にアドレスが言い残した事もあり、コロナは今回の件にはアドレスが関わっていないように事実を改竄する事にした。
流石に無理があるかもしれないと思っていたが――特に問題も無くその事実は受け入れられ、学園内でのコロナの評価は上昇する事になってしまった。
おそらく、だが――ルルム理事長も、その事実の隠蔽を手助けしたのだろう……というのは、コロナの想像だ。
その後の処理は、学園側に任せられた。
バルトの殉死に関する葬儀、学園の防衛機能の強化。
表立った事実の処理も、裏での大人達の活動も、それらは、コロナの知らないところで進む事となる。
「俺の《魔弾》の正体が広く伝わっていない上に、まともな情報が開示されていないのは、それを真似ようとすると事故が起きるからだ」
「事故?」
昼下がり、人のいない食堂。
その厨房の中で、適当な椅子に腰掛け、アドレスはジャガイモの皮をむいている。夕方用の仕込みの準備である。
その向かい側に、アドレスの姿を見守るようにコロナが立っている。
「〝《魔弾》を音速クラスで高速で発射する〟……これは、俺に備わった特殊な技能みたいなもんでな。俺の《魔弾》の質や肉体、技術があってできる……いわば、持って生まれた才能みたいなもんだ」
苦笑するアドレス。その表情は、どこか暗い。
「それを他の《魔弾使い》が再現しようとすると、失敗する」
「……失敗?」
「暴発するんだと。それで、犠牲になった人間もいると聞く」
嘆息するアドレス。そこまで聞いて、コロナはやっと、彼の言いたい事がわかった。
「軍部での実験とかなら、まだいい……まぁ、それもよくねぇが……たとえば、子供が噂だけ聞いてマネしようとして、何かまかり間違って事故に発展したら問題だろ」
「……じゃあ、先日、私に事実を話したのは」
「ああ。お前に教えたのも、変に俺に付き纏って、独自に情報収集した結果、間違った方向に行って手遅れになる前に、知っちまった方が早いし確実だと思ったからだよ」
周りには黙っとけよ? と、アドレスは続ける。
「じゃあ、あの〝呪い〟っていうのは……」
「ああ、俺の現役最後の相手……邪竜」
伝説に聞く、邪竜殺し。イビル・ドラゴン。
「邪竜が死の間際に残した〝呪い〟でな……あいつら〝呪い〟とか使うんだよ、意味わかんねぇだろ? ……俺の《死眼》はまともに使えなくなっちまった」
使用すれば、先日の様に、激痛に襲われる。
「こんな爆弾抱えたまま、一線では戦えない。だから、その療養がてら、ここに来たってわけだ」
事情を知るルルム・グレイスが、彼女の顔を使って、現在アドレスの〝呪い〟を治す方法を探ってくれているらしい。
「わかっただろ? 俺の能力は、人に教えられるもんじゃない。俺の技能は、人が再現できるものじゃない。だから、教師になんか向いてないんだよ」
「………そういう、事だったのね」
何故、彼が、自身の正体を隠していたのか。アドレスの事情を、コロナはやっと知る事が出来た。
「でも、どうして食堂なんかで働いてるの?」
「ん? いや、これは単純に俺の趣味だ。戦いが終わったら、のんびり酒場か飯屋でも営むのが夢だったからな」
そう言って、爽やかに笑うアドレスは。
「そういやぁ、お前こそなんで自分の事黙ってたんだよ。言ってくれれば早かったのに。思い出すのに苦労したんだぞ?」
「え? そ、それは……」
そこで、コロナに問い掛ける。その問いに、コロナは一瞬黙し、すぐにそっぽを向いた。
そして、ごにょごにょと、何かを小声で口走った。
「ん、どうした?」
「……せたかったの」
「え? なんだって? 歳かな、耳が遠く――」
「気付かせたかったのよ!」
瞬間、コロナは振り返る。
頬を真っ赤に染めて、眦に涙まで溜めて、大声でそう言った。
「あ、え、ど、どうした?」
「だから! こっちから言う前に、気付かせたかったの! あ、あの時のあの子か、立派に成長したなって、驚かせたかったの!」
きっと彼女の中に、夢見ていた再会の物語があったのだろう。そんな日を思い描いていたのだろう。
羞恥からなのか、子供じみた本心を知られたくなかったからなのか、コロナは紅潮した顔でふるふると震えている。
そんな彼女の姿に、アドレスは一瞬、ぽかんとし。
「……ああ」
椅子から立ち上がると、コロナの頭に手を乗せ。
「立派に成長したよ、お前は」
ポンポンと、撫でる。
「!!」
その行為に、コロナは……大人しく顔を伏せると。
「そ、そう思うなら、子ども扱いしないで……」
喜びに染まった笑みを隠しながら、そう言った。
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「でも……療養をするためなら、別に他の場所でもよかったはずよね」
コロナの言葉に、アドレスは再開した芋の皮むきを止める。
「それでも、学園を選んだのは……」
「んー……まぁ、ルルムの口車に乗せられたってのもあるが……」
もっと、ちゃんとした療養施設だって、そりゃあるだろう。
もっと安全に治療に専念できる施設だって、当然。
ただ――。
「…………」
「ちょっと、答えは?」
黙って皮むきを再開したアドレスの顔を、コロナが覗き込んでくる。
そんな彼女を見て。
――こういう未来のある若者の成長を、間近で見守りたいってのも、あったのかもしれないな。
そんな年寄りじみた事を考えながら、アドレスは静かに笑った。
というわけで、『最強の《魔銃使い》は邪竜討伐後、母校に帰って〝学食のおじさん〟になりました』でした。
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