●アドレス・リオネス
「あつつ……あー、久しぶりに全力で動いたら腰痛ぇ」
茫然とするコロナ。警戒するように低く唸るドラゴン。
そんな両者に挟まれた立ち位置で、アドレスは自身の腰を叩きながらぼやいている。
「やっぱ、歳かぁ? え、でも俺まだそこそこ若いよなぁ……」
「ちょ、ちょっと!」
そこで、ハッと、現状を把握したコロナが声を上げた。
「アドレスさん! なに、どうして!?」
「あー、大丈夫だ大丈夫だ。戦闘に支障はない」
慌てるコロナの様子を、ドラゴンを前に余裕をぶっこいている自分に怒っていると解釈したのか、アドレスはすぐに返答する。
「しかし……ドラゴンか」
そして、瞬時に、その顔を真剣な面持ちに変えた。
「……モンスターは基本的には危険生物だが、こいつらは、殺戮を楽しんでる。知能があるからなのか、知性があるからなのか、捕食や防衛以外の目的……好きで人を虐殺する生き物だ」
いわゆる快楽殺人鬼だな――と。
アドレスの呟きを聞いてか聞かずか、ドラゴンの口元が持ち上がる。
また笑っている――と、コロナはその不気味な表情に怖気立った。
「殺人欲求に染まったモンスター。特に、このドラゴンみてぇな知能の高い種族に多い。ゴブリンや巨人種なんかには、もっと残酷な――」
――ドラゴンの尾が、アドレスへと襲い掛かった。
直撃を受けた地盤が弾け、粉塵が舞い上がる。
その時には既に、コロナの襟首を掴んだアドレスは数十メートル遠方で制動を行っていた。
「っと、危ない危ない」
(……は、速い……)
アドレスの身体能力の高さに、コロナは素直に驚く。
《魔銃使い》は、戦闘が本分。当然だが《魔弾》の能力の訓練以外にも、身体能力も鍛えている。
アドレスの身のこなしは、紛れも無く一流のそれだ。
「確かにお前は弱くない……が、流石にこいつは荷が重い」
コロナの襟を離し、アドレスは首を鳴らす。
「……仕方ない」
呟き、そして。
覚悟を決めたかのように、彼の左目を覆う眼帯。
その眼帯を――外した。
――その下から現れたのは、血の様に真っ赤に染まった左目だった。
「ッ!」
本来白目のあるべき部分が濃い赤色に染まり、その中央に黒目と思しき部分がある。視力が存在するのか不明だが、その痛々しい眼球に、コロナは思わず口を覆う。
「思い出したよ。お前……あの街にいた女の子だよな?」
不意にアドレスの発した言葉に、コロナは息を飲んだ。
「すまなかったな。家族、助けてやれなくて」
「……! そんなっ」
違う。そんな事を言わないで。
申し訳なさげな表情をするアドレスに、コロナは胸が張り裂けそうになる。
アドレスは、コロナの声を待たずして、すぐにドラゴンへと視線を戻した。
ドラゴンは、こちらへと方向転換し、その巨体を進めてきている。
「特別だぞ。教えてやる。なんで俺の《魔弾》が――《一撃必殺》と呼ばれるのかを」
咆哮を上げ、涎を撒き散らし、その真紅の双眸を限界まで開き。
迫る、巨大な殺戮の暴威を、アドレスは、その真っ赤な左目で見据えた。
「俺の左目は、特殊な力を持っている。特殊変異なのか、何かの遺伝なのかわからないが、俺の左目……《死眼》は、あらゆる生き物の〝急所〟がどこにあるか見える」
人間なら心臓。
モンスターならば……。
「核。そして、モンスターは、核を破壊すればその時点で死滅する」
左手が持ち上げられる。
その指先が構えを作り、銀色の《魔弾》が《装填》される。
「……胴体の中央より左寄り……思ったより小さいな」
呟き、しかし、その顔に笑みを湛えるアドレス。余裕の笑みだった。
「だが、まぁ、問題無い」
――次の瞬間、何が起こったのか、コロナにはわからなかった。
――そしてドラゴンも、自身の体に何が起こったのかわからなかっただろう。
「………え?」
アドレスの指先から、《魔弾》が消えていた。
射撃音も、軌道も、何も残さず、彼の手の中にあったはずの《魔弾》は消えていた。
「………GU?」
そして、ドラゴンが異変に気付く。
その巨体の、強固な鱗に覆われた胴体の、中央から少し左寄りの胸。
そこに、小さな穴が空いている。
穴は胴体を貫通し、反対側まで抜けている。
「俺の《魔弾》は《高質弾》。一度に一発しか《装填》できない。ただ硬いだけで、破壊力も少ない……」
アドレスは、もう終わったと言うように、腕を下ろした。
「そして――この世の誰よりも、〝速く撃つ事のできる〟《魔弾》だ」
――ドラゴンが雄叫びを上げた。
「GIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
コロナはそこで理解した。
核だ。
アドレスの《魔弾》は、一発で、一瞬で、その恐るべき速度を纏い飛び、外装を貫き、ドラゴンの核を撃ち抜いたのだ。
自分達が、本来なら部位を破壊し、表皮を剥ぎ、露わにして破壊しなければならないはずの核を、体内にある状態で、一撃で――。
「……一撃」
「必殺」
にやり、と、アドレスはシニカルに笑う。
「悪かったな、地味なからくりで」
直後、コロナの眼前で、苦悶の慟哭を上げていたドラゴンの体が、まるで内部から膨れ上がるようにして吹き飛んだ。
巨大な血肉の風船を破裂させたように、ドラゴンの残骸は勢いよく周囲に散りばめられる。
「で、これもモンスターの生態なんだが、内側で核を破壊された場合、色々と器官が暴走して爆発を起こす。だから、俺の《魔弾》は、噂で《炸裂弾》みたいなものとして伝わってたのかもな」
コロナは茫然とするしかなかった。
一撃必殺の名の下に、一瞬で勝負を決めたアドレス。
遠くから、学園の教官達がようやく駆けつけてくる。
そして、やはり――自分は間違っていなかった。
アドレスこそ、自分を救った、自分が憧れた、《最強の――。
「……つッ!」
瞬間、アドレスが弾かれたように身を屈める。
顔を押さえ、喉を振るわせて苦しみ出した。
「アドレスさん!?」
思わず、コロナが彼の身を支えるように触れる。
すぐ間近、アドレスの顔……その左目から、血の涙が滂沱と流れだしていた。
言葉を失うコロナに、アドレスはやはり、自嘲気味に笑いながら言った。
「そして……これが、俺に掛けられた〝呪い〟だ」




