●コロナvsドラゴン
教官――バルト・ギオの死に様を目の当たりにしたが、動揺は少ない。
凄惨な光景には耐性がある。記憶の中に、最も強く鎮座する映像が〝それ〟だからだ。
だからむしろ、気後れよりも、ふつふつと闘争心が湧いてくる
「ふっ!」
コロナの放った二発目の《魔弾》が、続いてドラゴンの前足に命中する。
脚と足場を一気に破壊するのが目的だ。
「今よ! 逃げて!」
コロナの声に、他の生徒達が正気を取り戻したかのように動き出す。彼等とて、まだここに来て間もない新入生だ。いくら《魔銃使い》の卵と言えども、仕方がない。
おそらく今、学園の教官達――そしてもしかしたら、好戦的な生徒が我先にとこちらに向かってきているかもしれない。
だが、その到着を待つまでもなく決着をつけてやろうと、コロナは全力で《魔弾》を放つ。
「GIAAAAAAAAAAAAAA!」
ドラゴンが咆哮を発し、次いで放たれた《魔弾》を尾で払う。
ドラゴンの数メートル先の空間で爆発が発生。尾の先端にダメージを負わせることは叶ったが、当初の目的である頭部の破壊にまでは到達できなかった。
「……くっ」
モンスターの倒し方には順序がある。
それは、全てのモンスターがある共通した生態を持っているゆえの順序だ。
モンスター達は、その体の中心に、生命活動の中心である核を持つ。
これは人間における心臓のようなもので、核の場所はモンスターの体によってそれぞれだが、大体は体の中心……内部深くにあるパターンが多い。
《魔銃使い》は、まず《魔弾》でモンスターの攻撃手段である器官や四肢を破壊し、強固な外装を削り、そして体の奥深くの核を破壊する。
核を破壊されれば、どんなモンスターであろうと生命活動は停止を余儀なくされる。
これが、モンスター討伐の一般的な手順だ。
「あと、3発……ッ!」
コロナの《魔弾》の特徴は、その圧倒的な破壊力もさることながら――一度に最大〝六発〟まで、《装填》ができるという、連射性も強みに持っている。
六発撃ち終わった後、数秒のインターバルを必要とするが、その後もまた六発まで溜めて維持する事が出来る。
そして、当然ながら――。
「ハッ!」
コロナの手の先から、《魔弾》が二発、同時に放たれた。
腹部と頭へと、全く別の軌道を描き、そしてタイミングも微妙にずらされ放たれたその《魔弾》に、ドラゴンは瞬時に身を翻す。
頭部への《魔弾》は外れた――ように見えたが、瞬間、空間で急カーブを描き、スライダー気味にドラゴンの側頭部に撃ち込まれる。
「GIA、、、、!」
コロナの《魔弾》が持つもう一つの特殊性が、この《操作弾》だ。本来なら真っ直ぐ飛ぶだけの《魔弾》の軌道を、撃ち出した後コントロールできる。
頭部への着弾を受け、更に遅れて腹部へも一発。
「これでッ――」
そして、ダメ押しに、最後の一発を。
「どう!?」
黒煙の中で雄叫びを上げるドラゴンの頭部へと、追撃させた。
度重なる爆炎に飲み込まれ、咆哮が掻き消される。
呼吸を荒げ、警戒を継続するコロナ。
やがて煙が晴れ、その先から見えたのは、首の途中から先――頭部を完全に損失した、ドラゴンの姿だった。
「よしっ!」
部位破壊成功――しかも、指令中枢である頭部を破壊した。
恐るべき事に、この状態でもまだ生態上、モンスターは生きている事になる。
核を破壊しなければ終わりではない。だが、頭を失ってまともな行動力は失われた。前足と片翼、そして腹部へのダメージも色濃い。鱗が飛び散り、露わとなった肉もえぐれ、血が滴っている。
とりあえず数秒の休憩の後、もう一度《魔弾》を《装填》。そして、そのまま胴体を削って核の破壊を進める――。
――コロナの描いた計画は、直後に起こった現象により、軽々と、無慈悲に粉砕された。
ぎゅるぎゅると音を立て、ドラゴンの頭部――その傷口から、まるで植物が生えるように、血肉が、鱗が、再生を始めたのだ。
「! 嘘、そんな――」
《高速再生タイプ》。
核が生きていれば、欠損した部位を瞬時に再生できる能力を持つモンスター。
前脚が、翼が、腹部が……再構築された頭部が、その赤い目が、コロナを見て、細まる。
「GYA、A、A、A、A、A!」
開いた口から、断続的な吠え声が発せられた。まるで、笑っているかのようだった。ここまでのコロナの決死の戦いを嘲笑うかのように、彼女が与えたダメージが、一瞬にして無いものとされた。
「……く、う」
早く、早く早く早く早く。
《魔薬》を回復し、《魔弾》を《装填》しないと――。
しかし、それよりも早く、ドラゴンの放った尾……これも、当然再生している……が、彼女の眼前の地面を穿った。
「あ、ぐぅ!」
すぐにバックステップを踏もうとしていたのが功を奏した。加えて、ドラゴンもいきなり直撃を加えようとしていなかったのかもしれない。
衝撃に、コロナの体が吹っ飛ばされ、地面の上を転がる。
びりびりと、体の芯から痺れと激痛が走り、呼吸がままならない。
「う、あ……」
ドラゴンは近付いていく。甚振る気だろうか? それとも、すぐに殺す気だろうか?
わからない。わからないからこそ、恐怖が脳を支配する。
〝記憶〟が蘇る。
「たす……けて……」
か細い悲鳴が、喉から発せられた。
振るわれたドラゴンの尾が、視界を染めた。
「いやぁ……」
コロナは、その現実から逃れようとするかの如く、双眸を強く瞑った。
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今でも思い出すのは、炎に包まれる街の風景。
殺された両親。破壊されゆく見慣れた街並み。
まだ幼かったコロナにとって、それは正に地獄の光景だった。
彼女の住む街が、複数の、群れを作るタイプのモンスターに襲われたのだ。
傷を負い、地べたに座り込み、無力なコロナは何もできなかった。
目前で、モンスターが人間を蹂躙しながら笑っている。
そう、モンスターは笑うのだ。
奴等は、人間を捕食する以外の目的でも、楽しむために殺すのだと――その時知った。
目の前までモンスターが迫り、その巨大な腕が伸ばされる。体が震える。下腹部に広がる生暖かい液体の感触。その全てを眺めながら、モンスターは無慈悲な笑みを浮かべていた。意識が遠退く。それでいい。辛い思いをするくらいなら、このまま気を――。
――体が、宙に浮いた。
今でも覚えている。漏らした汚物が服に付着する事も意に介さず、自分の小さな体を抱きかかえ、彼はコロナをモンスターの魔の手から救った。
……もう大丈夫だ。
その声と、そして、自分に向けられた微笑みを。
あの顔を、今でも覚えている。
残念ながらその後、コロナは意識を失ってしまった。
目が覚めた時には、モンスター襲撃の被害を受けなかった病院で、安静な状態にされていた
人づてに、後から聞いた話だが、あの直後、アドレスが一瞬でモンスター達を屠ったのだという。
次々に粉砕され、粉々になっていくモンスター達の姿を見て、《一撃必殺》の《最強の魔銃使い》が来てくれたのだと、街の人々は興奮気味に叫んでいた。
それから彼は、自分のヒーローだった。
忘れない。忘れるはずがない。あの顔を。あの声を。
そして奇跡的にも、そのヒーローと再会できたかもしれない。
はず、だったのに……。
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「―――………」
そんな記憶を思い出したのは、その時と同じ感覚を、今味わっているからなのかもしれない。
誰かが、自分を抱きかかえている。
ドラゴンの攻撃から、救ってくれている。
「………あ」
「よう、ギリギリセーフだったな」
コロナの視界の中に、彼の顔が飛び込んできた。
自分をお姫様抱っこで抱きかかえ、跳躍の状態から着地を果たした彼。
「あ、アドレス、さん……」
「流石のお前でも、《高速再生タイプ》は荷が重いだろう」
コロナを下ろし、アドレス・リオネスは、ドラゴンを見据えた。
「後は任せな」