イングリッシュ・ブレックファースト
そのティーカップの値段を聞いたら、びっくりするほど高価だった。
とてもそれは買えないとご主人に伝えると、ならば代金は要らないと言う。
「代わりに、お前さんの持っている中で一番価値があると思える本を俺にくれてやってほしい」
その本には心当たりがあった。昔、父がインドを旅行したときに買い求めたという古い辞書を僕は持っていた。その辞書を後日持参するという話をつけて、僕はビワのティーカップを手に入れた。
古道具屋からの帰りしなにはパン屋は開店していた。ティーカップは古新聞に包まれて、僕の腕の中にあった。
焼き立てのジャムパンと、卵サンドイッチを買う。
そういえば、ジンジャーはパンを食べるのだろうか。
四〇五号室に戻ると、ジンジャーは僕の手からひったくるようにティーカップの包みを奪った。
「良いじゃないですか。流石、あそこの御主人はいい見立てをなさる」
「僕が選んだんだよ」
ジンジャーは手早くティーカップを洗うと、きれいに拭いてキッチンに置いた。
「それでは、お茶をご用意させていただきます」
そこで僕はハッとする。
「おいおい。ティーカップこそあるけど、この家にはティーポットは愚か、ヤカンすらないんだぜ? ましてや、紅茶の茶葉なんて!」
「その点は心配ありません」
ジンジャーは少年らしく快活に笑うと、短く手拍子を打った。
すると、ポンっという軽快な音と共に、注ぎ口の細くなっているヤカンやら、オバサンのような体系のティーポットやら、茶漉しやらが次々とキッチン台の上に現れた。
「これくらい、朝飯前ですよ」
そうやって、何でも出せるのだったら、僕がわざわざティーカップを買いに行く必要はなかったんじゃないだろうか。
「いえいえ、違います。ティーカップだけは貴方のものじゃなきゃダメなんですよ」
「ジンジャーは僕の心が読めるの?」
「さあ、どうでしょうか?」
コンロにかけたヤカンの水が沸くまでの間に、ジンジャーは部屋をすっかり整えた。
まず、窓際に一人分のカフェテーブルと椅子、赤いテーブルクロス、そして白い花瓶に花まで生けた。
ビワのティーカップには湯気の薫る金色のお茶が注がれた。
買ってきたパンまできれいに並べて、部屋付きのお茶汲み係は満足そうに頷く。
「さあ、どうぞ」
うちにもお茶をいれる係のひとがいたらいいのに、と思いついた妄想です。一応これにて完結としますが、続きもあったら書きたいです。読んでいただき、ありがとうございました。