第3話 人生と重力が逆転した世界で
夜は寒い。
どこか泊まるところを探したい。
服は川に落ちてびしょ濡れ。
数時間経ったとはいえ、どうしても水が染み透っていて、濡れている。
それが夜の冷たい風に当たったら、当然ながら体は冷える。
真夏のクーラーなんて比べ物にならないくらい寒い。
しかも、それが全身に来ているのだから、たまったものではない。
このままいけば、低体温症になるのではないか。
そうも考えた。
俺はふと思った。
そんなこと考えていても、意味がない。
ただ、立ちすくまっていてはもっと寒くなるだけだ。
その思いを自分に言い聞かせ、俺は鋼鉄の柱を目指すべく、体に鞭打って歩き続けた。
俺がいまいる高峰区は高峰中学校と駅を中心として、周りが区の末端に行くにつれ過疎化していっている。
高峰区は、もともと住宅地が広がっていて、駅ビルとかがあるような都会ではないから、その末端となれば、田舎に近い町風景となる。
その末端近くには病院があった。
「ちょうどいい。」
これを今日の寝床にしよう。
しかし、非道なことに、扉はロックされている。
これでは入れない。
「俺みたいに迷い人がここにきて、病院に泊まるかもしれない。そういうことを考えていないのカァ!この病院はぁよお!!!!」
(絶対考えてない.....)
内心自分で突っ込みを入れながらも、扉をこじ開ける方法を考える。
思いついた。
開けるんじゃない。
ガラスを割ればいいんだ。
これしかない。
ほかにない。
俺は、その貧弱な体で、力いっぱいそばにある排水溝の蓋を持った。
排水溝の蓋で、ガラスを割るという方法だった。
ただ、5秒間、蓋をちょっと上げるだけで限界だった。
これでは、到底、ガラスを割ることはできない。
(ヤベエ...マジでどうしよう)
頭を抱え、内心焦りながらも俺の火事場の馬鹿力ならぬ、馬鹿頭で一つのとっておきの案を思いつく。
さっそく実行に移した。
近くに置いてあった、病院の看板を分解し、木の棒を入手。
てこの原理で、木の棒でを排水溝を持ち上げ、ある程度の高さに持ち上がったら、自分で持ち上げる。
これで、普通に持ち上げるより、格段に楽になった。
あとは、めんいっぱい持ち上げて、蓋を上に掲げる。
あとは蓋を掲げた時の体の揺れと、己の力を信じて、勢いでガラスに投げつける!
「ゴオオオオーン」
鈍い音。
割れてない。
「まあそれが普通か...」
俺はあきらめることなく、投げつづけた。
そして、5回目くらいにひび割れがガラスいっぱいに広がった。
しめた...!
そして次の投げ。
排水溝の蓋がガラスに当たった瞬間...
「パアリイイイイイイイインン!」
ガラスが割れた。
目論見通り、ガラスが割れ、入れるようになった。
俺は、ほっとした。
なんせ、寝床が確保できたのだから。
病院に入った。
暗い。
やっぱり、人影はいない。
でもそれが、寝床にするにはちょうどよかった。
だれからも、怒られない。
なぜか、無敵のポジションを手に入れた気がしてたまらなかった。
普段だったら、絶対に怒られるであろう仕草。
人がいないだけで、いろんなことができてしまう。
この楽しさを噛みしめながら、適当に病室へ入り、寝床に着いた。
「おやすみ」
ゆっくりと眠りについた。
死ぬよりも快適で、安らかに、目を閉じれる。
死よりも安心して、意識が遠のいた。
◇
朝だ。
まぶしい太陽の光が差し込んだ。
いつもなら、朝飯を食べて、憂鬱気味で学校に向かう。
でも、今日は違う。
なんせ誰も人がいないんだから。
朝飯もないけど......。
腹ペコではあったが、ご飯にありつくために空の街へと、つながっている鋼鉄の柱を目指して今日も歩く。
一時間ほど歩いた。
高峰区の末端は過疎を極めており、ほぼ、田舎である。
俺は、ようやくそこに着いた。
さらに、鋼鉄の柱は、さらに、巨大に見えた。
「エレベーター!?」
そう考えた。
空の街とつながっている鋼鉄の巨大な柱。
考えていることは、間違ってはないと思う。
けどどうしてそんなものを?
こんな誰もない世界に?
さらに歩く。
もう区の最末端は平原だ。
草っぱらを横切る、一本の二車線道路。
そこに、ぽつぽつと置かれている、ほかの都市までの距離を示した看板。
それを囲む山。
俺は、高峰区の学校に通ってはいるが、最末端がこんなものだとは知らなかった。
そして、進むごと半時間。
本来、ありえないものが目に入ってきた。
「人影....!」
人影ならまだいい。
ありえなくもないこと。
問題は、その人の態勢だ。
「逆......?」
腰を抜かして転びそうになった。
反重力?
そして、さらに目を疑うのが、あの人の腰に着いているもの。
太いワイヤー?
命綱っぽいを身に着けながらこっちに近づいてくる。
いや、怖い怖い。
何があった?
どういうこと?
俺は今日いや、人生で一番、頭を回転させた。
まず「人影。」
ありえないほど人はいなかったので、あの人を見つけたときはびっくりしたが、特に変なものではない。
次に「反重力」
はい。
この時点でもうわけわかめ。
なに?
反重力って。
俺の頭が理解を拒む。
夢でも見てるのか?
さらに次、「命綱」
え???
なんで、命綱つけちゃってんの?
意味わからんて。
落ちるから?
命綱は、落ちないようにつける物だろ?
この人の態勢から見て、空に落ちるのを防ぐためと思われる。
空に落ちるってなんだよ!
情報量が多すぎて、頭に意識が集中していた。
立ちすくまってしまった。
そんな、体を覚ますごとく、一つの声が聞こえた。
「そこの逆の人ー!一回こっちにきなさーい!」
は?
あの人が言ったのか。
逆の人?
こっちから見れば、てめえが逆なんだが。
さらに、あの人が叫ぶ。
「悪い人じゃないからーーーー!」
もう怪しさ満点なんだってば。
そんなんで、俺の心が動くと思ったか?
まあ、返事は必要かと思ったので、俺も叫ぶ。
「あんた誰ーーーーー?」
「えーーーと...地面開拓屯田兵第2班 地面開拓前線隊員 鷺坂 直人 という!」
(.....誰やねん)
マジで知らん人だった。
うわー.....どうしよ。
未開の地で変な事件に巻き込まれたら、ただごとじゃない。
それに、地面開拓屯田兵?
なんやそれ。
(屯田兵って....明治時代かよ。)
学校でちょうど習った内容を思い出しながら、返答を考え続ける。
「鷺坂さーん?あんたを信用する要素ゼロなんですがー?そっちに来たくないんですけどーー?」
「大丈夫だって!!安心しろ!あんたを保護するだけだ!」
(信用ならん.....)
「保護って?」
「衣食住を提供してあげるって言ってんだよー!しかも世界公認でなー!」
(くいもん....)
朝から何にも食べてない。
くいもんという単語で心が揺さぶられる。
「で?そのあとどうするんですか?」
「やっと聞く気になったかー。そのあとは、ホームステイ先を探して、見つけたら、街に行くだけだー!どうだーー?」
(街...!?)
俺の頭に、電流走る....!
「街って、空にあるあの街?」
「そうだよー!『スカイ・ニュー・タウン』にいくんだ!」
一瞬、心が躍った。
いままで、目指していた、街に行ける。
今まで張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ気がした。
◇
そうして、鷺坂さんに迎え入れられ、
国際地中居留区(インターナショナル・アンダーグラウンド・コロニー:IUC)
というところに俺は保護された。
鷺坂さんもそうだが、ここにいるひとは、みんな、反重力人間だ。
そう思った矢先、鷺坂さんが
「これで、5人目だな、地面を彷徨う反重力性の人間は。」
飲みかけていたお茶を吹き出しそうになった。
俺は言った。
「反重力性人間?あなたたちが、じゃないんですか?」
「とんでもない。こっちのほうが通常の重力を持った人間なんだ。
つまり、君が特殊なんだよ。」
「ええ.....?」
訳が分からない。
シンプルになんで?
としか、思わなかった。
鷺坂さんが咳をした。
「オホン。」
鷺坂さんが俺のためにこの世界を説明してくれるらしい。
まず、ここ。
ここは国際地中居留区という名前。
ここの役割としては、空の街から地面や地中を開拓するために使われる点。
地面と地中両方を効率よく開拓するために、地面にむき出しかつ、地中にコロニーが埋まってる設計になっているっぽい。
そして、俺みたいな反重力性の人間についてのお話。
反重力性人間は、俺みたいに、地面にいる状態で見つかりやすいらしく、そういう人は一旦保護され、居留区で精密検査を受ける。
そして、空の街『スカイ・ニュー・タウン』で戸籍をもらい、居留区内で事前に見つけてもらったホームステイ先に行く。
ここから街へは、俺の考えた通り、この近くにある鋼鉄の柱『スカイ・グラウンド・エレベーター』で向かうらしい。
そして話が終わった後は、地中開拓班の皆さんが、地中で見つけたとっておきの獣を見せてくれるらしい。
それはモグラだった。
「プッ....たかがモグラ一匹で?」
「モグラ一匹とはなんだ!2mも掘り進めてようやく採取した代物なんだぞ!」
結構お怒りである。
「まあいい。ほかにもあるぞ!漆黒に染まった地中の軍勢を見せてあげよう!」
俺は何となく”あれ”を想像してしまった。
ただ、本当にすごいやつが来た時に備えて、期待はしておくことにする。
「これだーーーーーー!」
悲しいことに完璧に当たってしまっていた。
「.........ありんこかよ.....」
「ありんことはなんだーーーーーーー!!!!」
すんごい怒ってる。
ここでは天地が反転してるから、空飛ぶ鳥よりも、地中にいるアリの方が断然珍しいという。
ほかにも、サツマイモを見せてくれた。
10年前、この班員の人が野生のサツマイモを見つけたらしく、大手柄。
栽培しやすく、おいしいので、主食としてすぐに街に浸透していったそうな。
それも茶化したら、やっぱりキレられた。
ここの世界にとっては、地面が宇宙のように、未開の地なんだろう。
俺は、逆だがね。
話が終わった後はご飯。
献立は、
「ビーフのサツマイモソテーとポテトサラダ」
だった。
どんなけイモ好きやねん。
と思っていた。
しかし、実のところ、ここでは地面の方が近いので、イモが栽培しやすく、イモが主食らしい。
食べてみると、非常にうまかった。
ビーフのガツンとした味に、サツマイモの滑らかなくちどけと、ほのかな甘みが重なって、いくらでもいけてしまう、やみつきのある飯であった。
ポテトサラダもうまい。
腹がいっぱいになった後は、ちょっくら一人で居留区を散策。
そしてシャワーを浴びる。
人以外の重力は変わらずなので、水はいつも通り出る。
でも、通常重力の人向けに、改造されていて、水が、思っていたのと反対から出る。
「ウゲーーーーーーー!!」
口や目、耳、鼻に、不用意に水が入ってきて散々だった。
ぐったりしてしまった。
しかし、そんな疲れを癒す時間がやってきた。
就寝時間だ。
しかし、嫌な予感がした。
天井に、固定されて寝るのではないかと。
それは、いやだ。
寝心地悪すぎるし、満足に寝れない。
でも、鷺坂さんに案内された、寝室を見てほっとした。
ちゃんと天井にベッドがある!
やっぱり、そこは国際の居留区である。
保護した人向けの寝室があるなんて...!
感動した。
そして、病院の時より、圧倒的に寝心地の良いベッドで、この世界の2日目を終えた。




