抱き合え、幾百万よ!(上巻)
最新エピソード掲載日:2026/07/26
高校二年の須賀律は、一年の秋に肩を壊して野球部を辞めた元エース。野手として続ける道もあったのに、全部が嫌になって自分からグラブを放り出した罪悪感を抱えたまま、長すぎる放課後を持て余していた。五月のある日、閉館が決まった築四十年の市民ホール「大貝ホール」に迷い込み、誰もいない舞台で一人ピアノを弾く同級生・遠野詩織を見る。光の中で凛と背筋を伸ばしたその演奏は、いちばん歌うところで、ぷつんと途切れた。彼女は三年前、この舞台で本番中に手が止まり、音楽をやめていた。四十年ホールを守ってきた用務員の立花に「あんたも、途中で、やめるのかい」と言われた律は、後先も考えずに誓ってしまう——閉館の日、この二千席を満席にして、演奏で終わらせる、と。
楽譜も読めない律は、廃部になった管弦楽部を再興するため、変人たちを集め始める。「一人が一音だけ担当すれば素人でも交響曲は鳴らせる」という理論を持つ一年の海老名、正確無比なリズムを刻むメタル好きの不良・鬼頭、史上初の一年生生徒会長・桃井、ゴスロリのチェロ弾き・累、そして詩織。曲はブラームスの交響曲第一番——巨人ベートーヴェンの足音に二十一年怯えながら書き上げられた、「闇から光へ」の曲に決まる。半裸の水泳部・鯨井、体を折り畳んで生きてきた元トランペット少女・春名、学年一位の秀才で六年前にバイオリンを捨てた白瀬も加わり、九人の核ができあがる。関東屈指の吹奏楽部部長・鷲尾には嘲笑され、部員同士の衝突も絶えない。
やがて判明するのは、閉館記念式典で演奏するには市民二千人の署名が必要で、しかも当日、二千席を実際に埋めなければならないという二重の壁。彼らは炎天下の路上で第四楽章の主題十六小節だけを演奏し続け、一音ずつ仲間と署名を増やしていく。お別れ見学会での演奏で二〇一二筆を集め、資格を得た。
十一月十六日、閉館の夜。本番直前、累がこの奏法に名前をつける——一人一音を貼り合わせて一枚の絵にする「ステンドグラス奏法」。満席の二千人の前で、心臓(鬼頭のリズム)、背骨(詩織のピアノ)、床(鯨井の低音)、歌(春名)、弦の芯(白瀬)が組み上がり、素人三十人のブラームスが鳴り響く。詩織の手は、今度は最後まで止まらなかった。ホールは四十年の歴史で二度目の満席のまま、緞帳を下ろす。だが拍手の真ん中で律の胸には小さな棘が残り——それが第二部への入り口になります。
楽譜も読めない律は、廃部になった管弦楽部を再興するため、変人たちを集め始める。「一人が一音だけ担当すれば素人でも交響曲は鳴らせる」という理論を持つ一年の海老名、正確無比なリズムを刻むメタル好きの不良・鬼頭、史上初の一年生生徒会長・桃井、ゴスロリのチェロ弾き・累、そして詩織。曲はブラームスの交響曲第一番——巨人ベートーヴェンの足音に二十一年怯えながら書き上げられた、「闇から光へ」の曲に決まる。半裸の水泳部・鯨井、体を折り畳んで生きてきた元トランペット少女・春名、学年一位の秀才で六年前にバイオリンを捨てた白瀬も加わり、九人の核ができあがる。関東屈指の吹奏楽部部長・鷲尾には嘲笑され、部員同士の衝突も絶えない。
やがて判明するのは、閉館記念式典で演奏するには市民二千人の署名が必要で、しかも当日、二千席を実際に埋めなければならないという二重の壁。彼らは炎天下の路上で第四楽章の主題十六小節だけを演奏し続け、一音ずつ仲間と署名を増やしていく。お別れ見学会での演奏で二〇一二筆を集め、資格を得た。
十一月十六日、閉館の夜。本番直前、累がこの奏法に名前をつける——一人一音を貼り合わせて一枚の絵にする「ステンドグラス奏法」。満席の二千人の前で、心臓(鬼頭のリズム)、背骨(詩織のピアノ)、床(鯨井の低音)、歌(春名)、弦の芯(白瀬)が組み上がり、素人三十人のブラームスが鳴り響く。詩織の手は、今度は最後まで止まらなかった。ホールは四十年の歴史で二度目の満席のまま、緞帳を下ろす。だが拍手の真ん中で律の胸には小さな棘が残り——それが第二部への入り口になります。
抱き合え、幾百万よ!(上巻)
2026/07/26 21:42
(改)