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ナポレオン戦争に迷い込んだ女子大生、おねぇ提督とフランス軍を救います  作者: もふおのしっぽ
第六章:パリ凱旋とピレネーの檻

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第121話:ウサギの亡霊と、逆走する補給線

 翌朝。



 マドリードの宿営地に差し込む朝日は、どこか重苦しい静寂に包まれていた。




 朝食のテーブルに現れたシャルルの姿を見た瞬間、渚、エミールの二人は「ヒッ」と短い悲鳴を上げて身を硬くした。


 

 ジャンは下を向き紅茶を啜る。



「……おはよう。皆さん、よく眠れたかしら?」




 シャルルは優雅に椅子に座り、ティーカップを口に運ぶ。その動作はいつも通り完璧だ。




 しかし、その瞳の奥には、ドロリとした「怨み」が渦巻いている。




 彼、貴族にとって、ウサギのテリーヌは大好物だった。



 それが今や、渚の知識とエミールの暴走のせいで、『狂った脳みそ粉末の原材料』に上書きされてしまったのだ。



「シャルルさん……あの、お美しい……今日も薔薇のようですわ……」



 渚はガリバー旅行記の小人さながら、機嫌を損ねれば踏み潰されそうな巨人の機嫌を必死に伺い、愛想笑いで媚びを売る。




 しかし、シャルルの冷たい視線が、渚の皿にあるパンを射抜いた。




「暫くはパンと果物だけがいいわ。……肉は、いいの。……だって、『狂った脳みそが取り出された後の残骸』なんて考えてしまのよ。何故かしら……フフ、フフフ……」




 扇子の陰で笑うシャルル。

 だが、目が、目が全然笑っていない。




 そこへバディストが、巨大な体を縮こまらせて駆け込んできた。




「シャルル殿! 大変だ! エミール殿が昨日、血走った目で『国家の最優先事項だ!』と役人と軍に迫ったもんだから……今朝、裏門に五十羽のウサギが届いちまった!」



「……はあ?」



 シャルルの眉間がピクリと跳ねた。

 その圧に、渚は食卓の下に隠れたくなった。  



「バディスト殿、正気? 私たちはカディスからここまで北上してきて、これからようやくピレネーを越えてパリへ戻るのよ? なんでわざわざ、病院を建てるピレネーに着く前のこの場所マドリードで、五十羽もの『脳みそ』を仕入れているのよ! 第一、春になればピレネーのそこら中にいるじゃない!!」




「そ、それが……エミール殿が『一刻も早く製造ラインを確保せねば、ニコラ殿に誉められない』と泣きついてきたもんで、俺もつい……」




 地理的に考えれば、マドリードで調達したこれら大量の動物は、これから険しいピレネー山脈を越えて連れて行かなければならない。




 完全な二度手間。

 行軍の速度はガタ落ちだ。




「エミール。……あなた、責任を取りなさい」



 シャルルが、震えるエミールの首根っこを、冷徹に掴み上げた。




「……ひ、ひいぃっ! シャルル様! 僕はただ、あそこに『檻』を作るための材料を、最短で確保しようと……! でも、でもそれは全て祖国のためにです!祖国の為の狂気の粉を量産する覚悟なのですぅ!」




「はぁ……そんな妙な覚悟いらないわよ。私たちは医者や研究者じゃないのよ!もういいわ、その五十羽の『覚悟』が、裏門であなたを待っているわ。……ナギ、あなたもよ。言い出しっぺなんですもの。ピレネーに着くまで、馬車の中でウサギと添い寝でもしていなさいな。……一羽でも逃がしたら、あなたの脳を狂わせて、取り出して粉にして、ジャンの口に流し込んでやるわ!!」





「ひ、ひぃぃぃぃぃっ! シャルルさん、お美しいお顔が怖いです!!」




 こうして、マドリードの朝は、美食を奪われ、さらに「行軍の邪魔になる大量のウサギ」を押し付けられたおねぇ提督による、凄惨な強制執行だった。




 その光景を、ジャンは遠くから紅茶を煽りながら、虚無の目で見つめていた。








 裏門にて



「……ダメだ。ピレネーに着く前に、この軍隊はウサギの糞尿の処理で全滅だ。……ウサギは繁殖能力が高い。倍々で増えるぞ」



 ジャンの不吉な予言通り、荷車からは時折「キュウ」と未来の粉末たちが鳴く声が響く。




 脱走したウサギを必死に追いかける渚と、キュイラスを鳴らしながらウサギを挟み撃ちにするアドリアン。



 その様子を横目にエミールは青ざめながらも、管理簿に淡々と筆を走らせる。




「いやあぁ!! このウサギ噛んだ!」


 渚の悲鳴が轟く。



 「ナギサ! 下がっていろ、私が仕留める!」



 凄まじい風圧と共に、アドリアンが抜剣する。



『No.17 脱走常習犯』

『No.23 咬傷注意』



 エミールの手によって、不穏な特記事項が次々と追記されていった。

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