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敗北確定のフランク軍にタイムスリップしたので、未来知識で滅亡フラグをおねぇ提と回避します!  作者: もふお
第一章:未来から来た航海士

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第11話:検分の残響 ― 踏みにじられた尊厳と、沈黙の誓い

薄暗い司令室のテーブルには、シャルルが預かっていた渚の遺物が並べられていた。ライフジャケット、デジタルの腕時計、スマートフォン、そして精密な航海士用品。18世紀の様式を色濃く残すこの部屋で、それらは不気味なほど無機質で、抗いがたい拒絶を放っている。


検分責任者であるジャンが、感情を排した声で書類を読み上げた。


「……渚の身体検分を完了。彼女は処女だ。組織の損傷もなく、純潔は完全に保たれている」


ジャンは一度眼鏡を押し上げ、事務的に続ける。


「それだけではない。彼女の肉体は驚異的だ。肌に傷一つなく、歯列は完璧に整い、骨格に重労働の痕跡もない。左腕には何らかの針を刺したような微細な痕があるが、病の兆候は見られない。これほど健康で欠損のない個体は、欧州の王族でもお目にかかれん」


ジャンは手元の報告書を指先で叩き、冷徹な分析を口にした。


「正直に言えば、私は彼女を娼婦の類であると危惧していた。夜の海のど真ん中、我々の艦隊しかいない海域に女が一人で浮いているなど、それ以外にはスパイか、兵の慰みものとなって連れ込まれ棄てられたかだ。だが、結果はそれを否定した。この徹底して管理された肉体と、厳格に守られた純潔……。到底、野蛮な密航者やスパイの類とは思えん。私の推測では、彼女は東洋のどこか未知の王族の娘か、あるいは我々の想像を絶する高度な文明を持つ隠れ里の出身だろうか。彼女が持つ遺物の精巧さを見れば、その背後に『巨大な国家』が存在することは疑いようがない。」


ジャンの言葉は、軍人としての冷たい現実感に満ちていた。


「……待て。今、なんと言った」


アドリアンの顔から血の気が引いた。ジャンを睨みつける瞳が、驚愕と怒りに染まっていく。


「彼女に……そんなことまでしたのか! 貴様、一人の女性に対して、そこまで卑劣な検分を……!」


武器や密書を隠していないか全裸で調べる程度は想像していた。だが、まさか提督であるシャルルが、女性の秘部や純潔、身体の隅々までを徹底的に道具として調べさせるとは思ってもみなかった。その事実は、彼の誇りと騎士道精神を根底から踏みにじるものだった。


「ジャン! 一人の人間がどれほどの絶望で海を彷徨ったと思っている! 娼婦か、王族のスペアかと値踏みし、挙げ句の果てに検体のように扱うか! 彼女の痛みを、その安っぽい紙切れ一枚で測るな!」


アドリアンは猛然とテーブルを叩き、ジャンの報告書を跳ね除け、その胸ぐらを掴み上げた。


怒りに視界を赤く染めながら、アドリアンの脳裏には、先ほど検分を終えたばかりの渚と交わした言葉が鮮烈に蘇っていた。


検分室から出てきた渚の頬は、まだ辱めの残滓で朱に染まっていた。震える肩を隠すように背筋を伸ばし、周囲に悟られぬよう毅然と振る舞う彼女。だが、アドリアンと目が合った瞬間、彼女は逃げることなく、その瞳に確かな光を宿して彼を真っ直ぐに見つめたのだ。


辱めを受けた直後だというのに、彼女は涙を見せることもなく、自分を救った「真実」だけを届けようとしていたのだ。その瞳の強さが、どれほど血の滲むような思いで保たれていたか。


それを平然と言い放つ男たちの無神経さが、アドリアンには我慢ならなかった。


「そこまでになさい、アドリアン。……ジャン、あなたも。今は個人の尊厳よりも優先すべき『力』が目の前にあるわ」


シャルルが静かに二人の間に割って入った。彼は鋭い軍人の瞳で、渚の遺物――スマートフォンの滑らかな画面を見つめる。


「アドリアン、怒りは取っておきなさい。この渚という娘が持つ『未知の知識』……これは、我々が知る海戦の常識を根底から覆すものになる。この異質な道具の使い道と、彼女の頭の中にある海図が、私たちの運命を左右するわ。彼女を辱めるような真似は二度と許さない。彼女はこの艦隊の命運を握る、唯一無二の観測士として扱うわ」


アドリアンはジャンの手を放したが、握りしめた拳の震えは止まらなかった。


「……知識、か。彼女がただの戦術の駒として消えることだけは、私がさせない」


アドリアンは、今も控室で一人耐えているであろう彼女を想い、心に深く刻みつけた。


かつて両親が自分を逃がすために「不忠者」の烙印を背負わせ、自らは断頭台へ向かった。今の自分には、守るべきものができた。


「シャルル提督。私は彼女の身辺警護を志願します。彼女を単なる『航海士』としてではなく、一人の人間として、私の名誉にかけて守り抜く。それが、彼女に命を拾われた私の、新たな誓いです」


シャルルは、アドリアンの燃えるような瞳を静かに見つめ返し、わずかに口角を上げた。その微笑には、かつて救えなかった姉を想う悔恨と、目の前の騎士への微かな期待が混じっている。


「いいでしょう。あなたのその『剣』が、彼女の守りとなるか、あるいは運命を狂わせる毒となるか……見せてもらうわ」


暗い司令室の中で、渚のスマートフォンの無機質な輝きと、アドリアンの熱い決意が交差する。

ここが、歴史の分岐点だった。


渚という異分子と、彼女を守ると決めたアドリアンの存在が、これから起こるはずの「トラファルガー」の結末を、誰も予想だにしない未知の海域へと押し流していくことになる。

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