Scene3
聞き慣れたアラームに目を覚まし、画面を操作してアラームを止めた。
午前九時。いくつかセットしていたアラームのうち、一番最後のアラームで起きてしまったらしい。
遅刻ではないのだが、少し急いで家を出る用意をしなければならない。
まだ横になっていたい気持ちを抑えて身体を起こす。昨日は家についた後、ほとんど何もせずに寝てしまったから身体がベタベタしているような気がして気持ちが悪い。
昨日のままのワイシャツと、かろうじて履き替えていた短パンを脱ぎ捨て、手短にシャワーを浴びた後、ガスコンロの魚焼きグリルに食パンを入れて点火し、その間に家を出る支度をする。
土曜日なので、学生服を着る必要はない。綺麗とは言い難い状態でハンガーにかけられた学生服のズボンのポケットを探り、入れていた小銭を取り出そうとした。
「…?」
予想していなかった感触が手に当たって一瞬動きを止めたものの、すぐに思い出してそれを掴んだ。
「…」
昨日、美馬のバーで出会った女の子との別れ際に渡された小さな紙。あの時も中身は見ていたのだが、折りたたまれた状態の紙をもう一度丁寧に開いた。
『小崎唯 xxx-xxx-xxxx』
おそらくあの子の名前と連絡先だ。携帯電話を持っていないと言っていた通り、番号が市外局番から始まっていた。
また会えるかと聞かれていたので、書かれている番号に連絡してほしいということなのだろう。
連絡するのかと言われれば、する気は全くない。心から良い子だったと思っているからこそ、これ以上迷惑をかけたくない。
それに、これ以上幻滅もされたくない。
耳に入ってきた音でハッと思い出し、足早に移動してグリルからパンを取り出す。ギリギリ許容できるレベルの焦げ方をしたパンを見て溜息をつきながら、半分に千切って半分を食べながら半分にバターを塗る。
連絡先の書かれた薄くて小さな紙は既に部屋のどこかに行ってしまっていて、視界に捉えられる範囲にはなかった。それ以上探すこともなく、家を出る用意をし続けることにした。
◆
鍵を使い、ドアを開ける。そのまま素早く中に入り、鍵を閉めた。
道路に近い建物の筈なのに何も聞こえないほどの静けさを持っているが、それとは正反対に散らかった部屋。
開けた後の菓子パンの袋や飲んだ後の缶ビール、ペットボトルがテーブルはおろか床にまで転がっている。見慣れた光景なので特に思うこともなく、軍手を装備して棚から60リットルサイズのゴミ袋を取り出す。
静かにカーテンを開け、軽く深呼吸をして気合を入れると、無心で目の前の山に取り掛かり始めた。
貯まったゴミをゴミステーションに捨てに行き、戻った時だった。
「ああ、やっぱりもういたんだ。悪いね」
今日唯一開けていないドアが開かれ、中から比較的小柄な女性が出てきた。
「…いると思ってるなら、服は着てくださいよ」
「着ているじゃないか、上は」
下を履いていないことには自覚があるらしいが、これ以上何を言っても無駄な気がしたので言及するのをやめた。
軽蔑の気持ちが混じった俺の視線も意に介さず、俺のすぐ隣まで来てキッチンを覗き込んだ。
「ふと手を止めたらリビングから良い匂いがしているのに気が付いてね。少し前まで日も登っていなかった筈なんだが」
既に時計の針は午前十一時を指していた。それだけ熱中していたという事だろう。この人はいつもそうなので、俺もいつも通り何も気にせず仕事に取り掛かっていた。
「その間に、リビング、風呂、トイレの掃除は済んでますよ」
「料理の支度も済んでいる、と」
匂いを嗅いで察したのかこちらを見てニヤリと笑ったが、俺は首を振った。
「まだです。先生がシャワーを浴びて髪を乾かした頃が食べごろかと」
「つくづく優秀だねぇ」
背中まで伸びた毛量の多いボサボサの髪を揺らしつつ、両手を広げて肩をすくめながら浴室の方へ歩いて行った。浴室へ入ったのを確認すると、ポータブル掃除機を持って唯一入っていない作業場…書斎に足を踏み入れた。
さっきまで掃除していた時のゴミ屋敷に近い光景とは正反対に、ゴミはおろかクッションすら置かれていないグレーのカーペット。机と椅子が一つずつ置かれていて、壁はほぼ全てカーテン付きの棚で囲まれている。窓も一つだけあるが外の光がほぼ入らないように重厚なカーテンに覆われていて、部屋全体が薄暗い。
一つだけ開いていた棚のカーテンを閉め、掃除機をかけ始める。できるだけ静かに、できるだけ手早く。
カーテンを閉めているので中に納められている本には影響はないと思うが、それでも気を付けたい。
小説家という職業だからといって、常日頃から本をたくさん読む訳ではない。現在シャワーを浴びている本人が言っていた言葉だが、それに反して本に囲まれた状態で生活し、執筆活動をしている。
「自分は珍しいタイプ」という言葉の真偽は分からないが、とにかく売れている部類の作家なのだから彼女には本に囲まれた生活が合っているのだろう。
掃除機をかけ終え、リビングに戻る。まだシャワーの音がしていることを確認して、洗面台に掃除機を片付ける。同時に洗面所の棚からドライヤーを引っ張り出し、洗面所を出た。
ドライヤーの位置が一切動いていなかったところを見ると、前回来た時から全くドライヤーを使っていないらしい。
いくらズボラな女性だったとしても、ドライヤーを三日以上使わない日があるのだろうか。髪が短いならまだしも、背中付近まで伸びきった状態、それに美容室にも数カ月行っていないだろうから毛量も多いのに。
「神谷君」
案の定、浴室のドアを開けてから大して時間が経たないうちに洗面所の引き戸が開けられた。
「君としては、これはアリかい?」
何のことかと思って目を向けると、大きめ且つ厚めのTシャツだけを身に着けた状態で俺の目の前にいた。SNSでたまに見かけるような恰好ではあるが、あれは下にショートパンツのようなものを身に着けているから成り立つのではないのだろうか。
「ナシだと言ったら?」
「下を身に着けたくない気分なんだ。大目に見て欲しいな」
つまり、選択肢はないということだ。そもそも、これまでも似たような状況に出くわした事はあるが改善された過去は一度もない。
「…下着は?」
「今日はなんとか」
「…」
もう何も言わないことにした。
不自然なほど大きいTシャツなので、とんでもなく強い風が吹いたり大げさに動き回らない限りは問題ないだろう。最寄りのコンビニに買い物に行っただけで翌日に筋肉痛になって泣き言を漏らす人間にとっては特に心配する必要はない。
当然のように俺の前に胡坐をかいて座りはじめたので、俺も何も言わずドライヤーのスイッチを入れて髪を乾かし始めた。
「やっぱり君の作る料理が一番だね」
髪を乾かし始めて十分後、二人でテーブルについて昼食をとっていた。いつにも増してニコニコしながら食べるのを見て、料理の味に対する安心感を覚えながら自分も食べ始める。
「君がいる時間が一番人間らしい生活をしていると実感するよ」
「家事はまだいいですけど、食事はちゃんと摂ってくださいね」
掃除をしていた時にある程度確認したが、菓子パンやおにぎりの袋の数は明らかに取るべき食事の回数に合っていなかった。一日二食だったと仮定しても、カロリー的にも個数的にも圧倒的に足りていない。
「舌が肥えている状態だと、市販の食事では満足できなくなると思わないかい?」
常日頃コンビニやスーパーの商品を食べている人間だが、舌が肥えたとしても変わらずお世話になり続けることを確信している。コンビニの新商品が出るたびに毎回ワクワクするし、最寄りのスーパーの限界価格にはいつも助けられている。
というか、そもそも。
「これも市販のスーパーで買った食材で作った料理ですよ」
「料理っていうのは、足し算じゃなくて掛け算なのさ。正しい調理の仕方で美味しさは何倍にも跳ね上がるよ」
ドヤ顔で俺を見る年上女性に向かって、俺は冷たい視線を送る。
「口の周りについてますよ」
「うみゅ…ティッシュ取ってくれるかい」
俺の右側にあったティッシュを取り、左隣に渡す。この人と食事をする時は、テーブルを広く使えるであろう向かい合わせではなく、必ず隣に座るようになっている。
この人は耳が悪い。生まれつきではなく、ストレスによる後天性難聴によって日常生活に支障が出るほど聴覚機能が低下している。後方から迫ってくる車の音が聞こえず突然出てきたように見えて驚いたり、インターホンの音が聞こえなくて反応できないという場面はこれまでに何度も見てきた。普通の会話を不自然に近付いて行うのも、食事の時に隣に座るのも、扉一枚隔てただけのリビングで俺がゴミ袋を持って動き回っても気付かないのも、これが理由だ。
「ご馳走様でした。久々の卵グラタン、絶品だったよ」
手を合わせて目を閉じた後、俺の方を見て微笑んだ。俺は目を逸らし、食器に手を伸ばす。
「次、何かリクエストありますか?」
食器をまとめながら、食事のリクエストを聞く。これもいつものことだった。
今日の夜の献立は既に決まっているが、先の予定の献立は早めに決めておくのがルールだ。理由は、「その方が食べたい気持ちが強くなるから」だそうだ。
今まで食べていた卵グラタンも、この人のリクエストによって作ったものだ。
「んん…」
珍しく歯切れの悪い返事に、思わず彼女の方を見た。仮に「なんでもいい」という投げやりな返事をした場合、俺が彼女の苦手な料理を食卓に提出することは身を以て知っている筈だった。
少し申し訳なさそうな様子で、かけている丸眼鏡を上げながら口を開いた。
「昨日、物語の資料としてフレンチトーストを調べたんだが、美味しそうでね…作れるかい?」
俺は普段、お菓子類は作らない。俺もこの人も普段からあまり間食をしないことが多く、たまにしたとしてもそれこそ市販のものを食べるくらいだ。
どうやら食べたいもので悩んでいたのではなく、作れるかどうかで言い淀んでいたらしい。
「保証はないですが、写真とか動画があればやってみますよ」
そもそも、俺の料理はネット上の情報を基に作られている。リクエストされた料理を検索し、レシピや動画を見て、最後の味付けをこの人の好みに寄せるだけだ。
それに、どういうフレンチトーストを望んでいるのかは分からないが、お菓子というよりも朝食に近いような気がする。お菓子の定番であるクッキーのように膨大な手間がかかるようなイメージはない。
「今持ってくるよ」
ぺたぺたと上機嫌に進む足音を聞きながら食器を洗面台に入れ、後で洗う時のために水を入れておく。
フレンチトーストの作り方を見て、買い物リストを作った辺りで洗い物を始めればいい。
リビングに戻ると、ノートパソコンを持ってきて広げていた。普段の執筆にはデスクトップパソコンを使用しているのだが、出掛けの時用に使っているものだ。つまり、普段はそこまで使われていない。
「資料として調べただけだから、ブックマークをしていなくてね。探すのにちょっと時間がかかるかな」
明確に『これ』というフレンチトーストがあるのだろうか。リクエストの時に言い淀むくらい、見た目の時点で作るのが難しいと思えるようなものなのかもしれない。もしかしたら結構な手間がかかることも考えなければならない。
これでもないとページをクリックし続ける姿を見ながら、手持ち無沙汰になってしまったので何気なく辺りを見渡した。ノートパソコンと一緒に持ってきた文庫本を見て、思わず口を開いた。
「そういえば、先生の本が好きって言ってた子がいましたよ」
「…」
気を抜いていたからか、自分が発言したことすらほとんど意識の外だった。目の前にいる女性が、一桁年齢の子供が見せるような純粋な驚きの表情でこちらを見た時にようやく、しまった、と思った。
「…っていう夢を見ました」
「一瞬だけ表情が変わったね。見逃さないよ、私は」
何故いつもはボーっとしているのにこういう時だけ観察眼が鋭くなるのか。
「それに君の性格上、男性を『子』と呼ぶ事はない。小さな男の子ならあり得るかもしれないが、小さな男の子は私の本なんか読まないだろう」
作家本人なのだから、自分の読者層は当然把握しているだろう。出不精な性格も相まってサイン会やインタビュー等も断り続けており、デビューから十年近く経った今でも世間としては素顔を知られていない存在だが、直接的なファンとの交流がなかったとしても自身の生計のために読者層くらいはさすがに把握している。
だからこそ、今の発言に対して何一つ反論もできないし誤魔化せもしない。
「君の学校生活のことも久しぶりに聞かなきゃならないと思っていたんだ。聞かせてくれるね?」
鼻息を荒げながら身を乗り出してくる人に対し、俺は身体を後ろに反らして逃げる。但し、後数センチでソファの背もたれというデッドラインに到達する。
「…面白がってませんか?」
「いやいや私は嬉しいんだよ。小学校時代は月に数回は顔に傷や痣を作ってきて心配して、中学校に入ったら傷を作らなくなった代わりに相手に傷を負わせて心配して、高校になったら相手に傷を負わせても正当防衛を盾に自分は無実を勝ち取るような、純粋な悪徳人間に進化してた君から女の子の話が出たんだよ?仕事中に何度も学校に呼び出された保護者としては嬉しい限りだと思わないかい?」
近年稀に見るほどの早口で捲し立てながら、俺との距離を確実に詰めてくる。言っていることは間違っていないのだが、明らかに面白がっているのは長年の付き合いで分かる。
この人は俺の後見人にあたる。血の繋がりもなければ遠い親戚ということもないが、名目上は保護者になる。だから住んでいる部屋も隣だし、有事の時のためにお互いに合鍵も所持している。
なので、身体が不自由だから家事代行として俺がバイトをしている、という訳ではない。もちろん理由の一つではあるのだが、ただの家事代行でいいのなら素行の悪い学生に任せる訳がない。
そして、当時から関わりたくない存在として世間に認識されていた俺を、無関係だったにも関わらず自らの意思で後見人になることを選んだ人だ。
この地球上に、成人している人間の中で、俺が唯一信頼できるのはこの人だけだ。
「…そんなことよりも、フレンチトーストの材料を買ってくるので調べましょうよ」
出会った時は俺自身、家事も何も出来なかったのだが、生活能力が皆無に近い後見人のために努力した。料理をするのも、汚部屋の掃除をするのも、この人に少しでも恩を返したいという気持ちはある。…あった。
「この際どうでもいい。君の学校生活の方が大事じゃないか」
「そう思うなら、紙とペンを持つ必要はないと思いますが」
明らかに、後程自分で眺めて楽しむ用にメモを取ろうとしている。昔、俺の周りの人間関係を文章で起こして妄想し、物語を創作していた前科がある。
世間から冷たい目で見られることも厭わず、傍にいてくれるこの人が後見人で良かったと常々思っているのだが、こういう一面を見るとたまに後悔の念が湧く。
後ろに逃げ場がなくなった俺はなんとか横に逃げようとするのだが、満面の笑みを浮かべたまま両肩を掴まれた結果、諦めて話すことにした。
◆
「ふんふん、一時間ちょっとの時間を女の子と仲良く話して、私の本を読んでいたのが分かったと」
結局根掘り葉掘り細かい部分まで聞かれ、警察に事情聴取される気分を味わった。しかもその時の心情や情景も含めて聞かれたため、昨日の事を話し終えるのに三十分以上かかった。
本当にフレンチトーストのことなどどうでもいいようで、開かれていたノートパソコンは閉じたまま全く触ることがなかった。
「その女の子の外見について、もう少し詳しく聞こうか」
「さっきも話した通りですよ。真面目で、話をしてても頭が良いのがすぐ分かるような子だったって」
もちろん、その子が美馬のバーに来るような子には思えなかったということまでちゃんと話したので説明した筈だった。
一時間の会話でどんな本が好きだったかという話までしっかり聞かれたので、もう話すことはないような気がした。
「身長と、体型と、胸の大きさは?」
「…」
必要な情報かと聞きたくなるような内容だった。言葉には発さなかったが、表情だけで伝わったのか目の前にいる女性はさも当然かのように言葉を続ける。
「これは重要な情報だよ。男女問わず初対面の人間には敵意を持つ君が、この子には敵意を持っていない。君が自覚していなくても、無意識のうちに風貌で好感度を上げているかもしれないじゃないか」
確実に楽しんでいる上に既に妄想を進めている気がする。だが、こういう真剣な表情をしている時は納得するまで動かないというのはもう分かっている。
「身長は先生よりも小さくて、体型は同じくらいですかね」
「胸の大きさは?」
執拗だな。
「…先生よりも大きい人間の方が稀だと思いますが」
「そうかい?」
今日は大きくて厚めのシャツを着ているが、それでも大きさが分かるくらいには常人離れした大きさを持っている。洗濯も俺が行うので下着のサイズも把握しているが、テレビや雑誌で見るグラビアアイドルのアルファベットよりも二段階くらいサイズが大きい。
本人曰く「ダイエットしたら胸だけが残った」そうだが、俺はその頃のこの人を知らないので事実は定かではない。
そんな規格外の存在よりも大きい高校生がいる方が珍しい。
というより、この人よりも胸の大きい女性を実物で見たことはない。
「そうなると、君は胸の大きい女性よりも胸の小さい女性の方が好きかもしれないね」
「…」
そうはならない、と言いたいが言っても無駄な気がした。実際、この人が胸の大きさによって苦労しているのを見ているとマイナスイメージしか湧かないが、あくまで大きさが規格外すぎるだけであって…。
やめた。これ以上考えても生産性がない。
「それにしても、相変わらず『事実は小説よりも奇なり』だね。美馬君のホテルのバーは一度見てみたいよ」
俺にとっては今や普通になりつつあるが、普通の高校生はホテルのバーを貸し切りにして誕生パーティを開いたりはしない。美馬のような存在自体が珍しいような気もするが。
ちなみに、正当防衛で美馬を病院送りにした際にこの人も保護者として高校に呼び出されたので、美馬との面識はある。ボサボサの髪を整えて目の下のクマを化粧で消せば、『だらしない成人女性』から『異様に胸の大きい普通の成人女性』になれるので、美馬のような下心の塊の男の印象には強く残っている。
そんな訳で、前回の時点で二人を会わせると面倒だということが分かっているのでこの人を美馬のホテルに連れて行くことはない。
「でも、爛れた貞操観念は物語において人間関係を進めるのに役に立つ。恋愛に関する話なら特に」
「なら、この物語はここで終わりですね。爛れた貞操観念もなければ、人間関係もこれ以上進まない」
実際にホテルの利用はしていないし、唯一話した女の子の連絡先もどこかにいった。美馬との関係も、今のお互いに利用する・されるの関係から進む気はしないし、進める気もない。
「続けるのも終わらせるのも君次第さ。突飛な妄想だとしても、どうすればハッピーエンドになるか考えてみると見方も変わるよ」
俺の事情を知っている関係上、俺の発言に対して肯定もしなければ否定もしない。保護者である関係上否定したいが、簡単にはできないというのが本音だろう。遮る事情がなければ、妄想物語を創作するために進めてくる姿が目に浮かぶ。
「うん、いい気分転換になった。かなり行き詰ってたけど、やっと続きが書けそうだ」
今書いている物語とは明らかに別方向の話題だったような気はするが、助けになったのであれば身を削ったのも悪くはないだろうか。
立ち上がって執筆に戻ろうとする背中を見て、俺も洗い物を始めようと立ち上がる。
が、思い返して聞こえるような音量で声をかける。
「フレンチトーストはどうします?」
振り返った先生の表情を見て、彼女の次の言葉に予想がついた。




