家族ごっこにも似て
「ナオ君、ゴンズイって毒があるんだよ。」
俺は恋人の従弟の小さな頭を撫でた。
大人しい子供は好きだ。
五歳の幼稚園児の男の子の見守りと聞いて、俺は内心うんざりしたが、挨拶をしてきた当麻は大人しくて大人の邪魔にならない所が気に入った。
幼稚園は今日は昼が無かったと聞いたのでファミレスに連れて行くと、彼がお子様ランチではなく、ざるそばはありませんか、と頼んだところも気に入った。
メニューにねえよ!
せめてメニューにある「天ぷらそば御膳」にしとけ。
店員は当たり前だが対応に困った顔を見せ、俺は助け舟として天ぷらそば御膳と頼んでやったが、そこで彼はまた俺のツボを突いて来たのだ。
「すいません。僕は天ぷらは嫌いです。天ぷら御膳だったらこっちのステーキセットにしていいですか?同じ値段です。」
五歳児は俺の財布の中身の心配をしていたようだったよ。
「ちびお、俺の財布事情なんか気にするな。デザートだって好きに頼んでいいからな。お前の従姉の姉さんなんか、俺の懐事情考えずに二人前のデザートを頼んでいるじゃねえか。」
当り前のようになつきに脛を蹴られたが、肉体的コミュニケーションもできない俺達にはこれはこれで楽しい接触だ。
さて、食事が終われば彼は、幼稚園児なのに公園に興味を持たず、本屋に行きたいと俺に強請った。
「いいよ。欲しい本を買ってやるよ。」
本屋に行けば当麻はテテテと目的の場所に走り込み、なんと、サメ図鑑という一万近くする本を持ち上げかけた。
大人の適当な言葉の効力時間はその場だけだ!
俺は彼に大人というものを教育してやるべきだろう。
「ちびおくん。大人が子供に求める子供らしさは、千円から二千円の枠だ。」
賢い彼は首を上下に振ると、持ち上げかけたサメ図鑑を元通りにして、今度は俺の為に、さかなずかん1498円(税抜き)、を携えて戻って来たのである。
俺は大人として彼に本を買ってやり、全てを見ていた恋人は眉根がくっつくくらいに眉間に皺を寄せた顔を俺に向けていた。
「お前もなんか欲しいのか?」
「千円から二千円の間で?」
「まだ子供だしな。十八になったら枠を拡げてやるよ。」
なつきは唇をとんがらせ、俺はその所作が可愛いと笑った。
「ねえ、なっちゃん。なっちゃんもナオ君に思い出の品を買ってもらおうよ。」
「ぷっ。」
「どうしたの?ナオ君?」
「いや、思い出し笑い。お前は面白い奴だからな。」
当麻は子供らしく首を傾げて見せてから、図鑑のページを捲り、真っ赤で小さな蟹の絵を俺にわかるように指さした。
「すべすべまんじゅうがに。毒があるんだよ。」
「お前には闇があるね。」
小さな頭をまた撫でた。
なつきの嫉妬めいた視線が俺に刺さり、俺はこのシチェーションプレイがとてつもなく楽しく嬉しいと感じていた。
俺に家庭なんか持てるどころか作れもしないだろうから、こんな疑似家族体験はお気楽この上ないのである。