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こいつら、本当に蛇なのか?

「少しばかり欲張りすぎたか?」


 愛用の背負い袋とは別の荷物も背負って山登りをすることしばらく。座って休むのにちょうどいいような岩に腰を下ろして荷物も降ろす。間に厚手の布を挟んでおいたにもかかわらず、紐が食い込んだ肩はズキズキと痛みを伝えて来る。


 やれやれ……


 今俺が休んでいるのは、昨日の登山途中と下山途中で酒を味わっていた場所。あくまでも体感的なものだが、村と砦跡のほぼ中間にあり、椅子の代わりにうってつけの岩もあるということで、休憩に使うのも3度目となる場所だった。


 もう少し減らしておくべきだったか。これくらいは行けると思ったのだが……。寄る年波には、というやつだろうかな。


 俺の肩を痛めつけてくれていたのは、登山前に用意していたもの。ユグ村に1軒だけの雑貨屋で買い込んだビンに、これまた同じ店で買った油を入れた物がギッシリと詰まった背負い袋。


 このあと、山頂の砦でゴミの焼却処分に使う予定の物だった。


 そういえば、蛇共はどこでどうしているのやら。


 ふと、そんなことを思う。お嬢ちゃんの連れが約300匹。この山のどこかにいるはずなのだが、今日は――正確には登山を始めてからは――まだ1匹も見かけていない。


 ま、いいけどよ……


 それなり以上に知能があることはすでに知っている。あいつらであれば、他の――この山に土着の動物に襲われても、多分どうにかするだろう。


「さて……」


 しんどいのは事実だが、いつまでもこうしているわけにも行くまいな。それに、昼飯に間に合わせるためにはあまりのんびりともいかぬ。


 パキパキと音を鳴らしつつ身体をほぐし、小休止は切り上げる。




「やれやれ、ようやく到着か……うん?」


 そうして砦跡の入り口が見えてきたところで、感覚に引っかかるものがあった。


 何か居るな。


 砦跡の中から気配がひとつ。こっちに駆けて来る。


 この感じは……野犬あたりか?ゴミ漁りでもしていたのか。


 鉢合わせは避けられまい。なら、対処するべきだろう。


 油瓶入りの袋を降ろし、背中の鉄杖を抜く。そして待つこと数秒。


 予想通りに飛び出してきた野犬が1匹。俺を見て慌てたように足を止める。


 うん?妙だな。


 気に掛かったのは、(なに)(ゆえ)にこの野犬が走って来たのかということ。


 野生の動物が走る場合、その理由はほぼふたつ。


 追うか、追われるか。


 だが、砦跡の中には他の気配は感じ取れず。かといって、何かを追っていた風でもない。


 なら、中に俺が気付けない何かが……っと!


 にらみ合いに耐えかねたように飛び掛かって来た野犬の脳天目掛けて、遠心力を乗せて杖を振り下ろす。悲鳴のような鳴き声ひとつを残してそれきり動かなくなる。


 さて、中には何が……ああ。そういうことか。


 少し考えて、思い当たるところがあった。俺が気配を感じ取れず、野犬が思わず逃げ出しそうな連中。この山の中には300匹ほどが居たはずだ。


 とりあえず、行くだけ行ってみるか。


「……なるほど。これは野犬も泡を食って逃げ出すわけだ」


 さすがは砦だったというべきか、昨日の揺れでも被害が出た様子の見えない中に足を踏み入れてみれば、そこにあった光景が俺に運んでくるのは納得と、軽い驚きだった。


 予想はしていたし昨日も似たような場面に出くわしたとはいえ……それを差し引いても強烈な光景だことで。


 入ってすぐの広間。昨日駆除した野盗共の死骸を放置していた部屋では、蛇共が食事の真っ最中。そこにやって来た俺に対して、一斉に温度を感じさせぬ視線を向けて来る。


 ただ、俺のことを記憶し、認識もしていたらしい。警戒するような雰囲気や敵意の類は皆無。


 思うのが何度目なのかも知らぬが、つくづく大した蛇共だった。


 どうしたものかと考えるうち、蛇共は放置されていた獲物に再び群がりだす。


 ま、いいけどよ……


 どうせ焼き捨てる予定だったゴミだ。こいつらが処分してくれるのなら、それはそれでいい。


 あまり直視はしたくない光景ではあるが……そういえば、蛇は基本食い物は丸呑みではなかったか?


 そんな疑問を抱きつつ観察してみれば……


 なるほど。本当に頭が回るやつらだ。


 よくよく見れば、ただ群がるのではなく、噛みついては離す、を繰り返していた。


 例えを挙げてみるなら――


 材木を切るのに使う工具といえば、大抵はノコギリ。それでも、釘と金槌でも切断自体は可能。適当に釘を打ち込んで抜き、少しだけ位置をずらして再び打ち込んで抜く。これを繰り返せば、その内材木は切れるだろう。まあ、切り口が見苦しい上、無駄に手間もかかる。付け加えるなら、“切れる”ではなく“折れる”の方が適切なのではなかろうか、とも思うが。


 ともあれ、蛇共がやろうとしているのはそういうことだろう。ここにあるものを仕留めたのは俺だろうが、今となっては蛇共の飯だ。手出しはやめておく。食い物の恨みが恐ろしいというのは、あらゆる生き物に共通だと俺は思っている。


 一応はお嬢ちゃんの連れらしいからな。せっかくだ、少しおまけをつけてやるか。


 一度外に出て、すぐに戻って来る。さっき仕留めたばかりの野犬の死体だが、俺にしてみたら何の価値があるものでもない。だからソレも、少し離れたところに置いてやる。近づきすぎないのは、食い物を奪いに来たと誤認させないため。


 そうすれば、この場所に用は無い。ゴミの処分は蛇共に丸投げしてしまえばいいだろう。


 わざわざ持ってきた油は無駄になってしまったが……それはここの空き部屋にでも置いておくか。あれを担いでの下山は、勘弁願いたい。将来的にどこかの誰かが使うやもしれぬ。あるいは、そのまま放置され続けるのであれば、それはそれで構わない。誰が困るわけでもないのだから。


 油を置いて広間に戻ってみれば、野犬の死体にも蛇共の群がる姿。まあ、無駄に腐らせるよりは連中の腹に入った方がマシ……なのだろう。


「じゃあな。お前さんたちに何かあれば多分お嬢ちゃんは悲しむだろうし、あまり危なっかしいことはやめておけよ」


 どうせ伝わりはしないだろうが、そんな忠告を残してその場を後に。その矢先、足を引っ張られた。


「またか……」


 昨日も似たようなことはあったが、蛇の1匹が俺のズボンにかみついていた。その隣にも別の蛇。こちらはなにやらを咥えているようだが……


「何だ?」


 しゃがんで手を出すと、その上にくわえていた何かを落とす。


「……おいおい」


 ソレを見た時、俺の顔は引きつっていたことだろう。


 蛇にしてはやけに器用で、やたらと頭も回る連中だとは思っていたが……。こいつら、本当に蛇なのか?そこがすでに疑わしくなっているのだが……


 ソレは、指先ほどの大きさで、薄く平たい鉄製の円盤。表面には、十字に交差した2本の杖が凹凸で浮かぶ。簡単に言ってしまうのならば、2ジット硬貨だった。価値としては――一杯の安酒と等価、といったところだろうか。


「野犬の代金か?」


 そう問うてみるが、返事は無し。そのまま、2匹は食事に戻っていく。


 ま、いいけどよ……


 くれるというのなら、素直にもらっておくとしよう。それはそうと――


 出所は見当が付く。野盗の懐にでもあったのだろう。だが、それをわざわざ渡しに来るということは……こいつら、アレが人間にとって価値のあるものだと理解しているということか。


 やれやれ……。お嬢ちゃんも大概だが、蛇共も負けず劣らずに謎が多いことで。


 気になることは山とあるが、結局はお嬢ちゃんにアネイカ言語を覚えてもらうくらいしか知るすべはないのだろう。


 なら、昼飯を食ったら頑張るとするか。




 あとは、光の柱の調査か。


 帰り道、(くだん)の休憩場所で一息入れつつ、そちらにも思考を巡らせる。


 蛇共のおかげで手間が省け、浮いた時間。問題の――光の柱が現れたと(おぼ)しき場所はすぐそこだ。


 それに、お嬢ちゃんに関して、何かしらの手がかりが掴める()()()()()()のならば、行かない理由はあるわけもなし。どうせ大した手間でもないのだし。


 空振りに終わったとて、失うのはわずかな――蛇共のおかげで得られた――時間と、ほんの少しの労力くらいのものだ。


 そんなわけで、お嬢ちゃんと出会った場所。光の柱が現れたであろう場所に足を向け――


 何もなし、か。手がかりのひとつもあってほしかったところだが……


 結果は見事に空振り。


 ま、愚痴っても仕方あるまいな。さっさと帰るとしようか……うん?


 諦めて引き返そうとした瞬間、感覚が何かを拾い上げた。


 何だ?


 それは視線……なのではないかと思う。自信を持って言い切れない理由はふたつ。


 ひとつは、あまりにも希薄だったから。わずかにも意識を逸らしたら、その瞬間に知覚できなくなりそうなほどに薄い。


 もうひとつは、出所が奇妙だったから。頭上――空から感じたからだ。


 今日の天気は快晴。目に付く範囲には、1匹の鳥も飛んでいない。


 昨日現れた光の柱はここに立っていたらしいが、アレは空から突き立っていたのか、空に向けて伸びていたのか、どちらなのだろうかな。


 前者であれば、今感じている視線らしきものと光の柱が結びつく可能性は高そうだが。そして、ケイコお嬢ちゃんとも。


 揺れと同時に現れていたくらいだ。空から、の方がしっくりくる印象ではあるのだが……


 とりあえずは、光の柱に関して、村に戻ったらもう少し詳しく聞き込みをしてみるとするか。


 本当に、何がどうなっているのやら……。命の危険が無いような忙しさは御免こうむりたいところなのだが。


 そんなことを思いつつ、八つ当たり気味に空を睨みつけ――


 うん?


 その瞬間、視線のようなものは消えてしまった。


 ふむ……。全くもって訳が分からぬが……とりあえずは、頭の片隅にでも留めておくとして……


 少しばかり腹も空いてきた。今度こそ、帰るとしようか。


 そうして俺は、麓へと足を向けた。

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