表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/85

時代の流れというのは、こういうものなのか

「死ねっ!頭潰し!」


 そんなことを叫びつつ、ヤーゲが斬りかかって来る。初手は、さっきやり合った時と同じく横薙ぎ。


 さっきは半歩引いて素通しした斬撃を、今度は得物で受け止め――


「ぐ、おあっ!?」


 その勢いで後退りし――


「バカな!これほどの腕があったのか!?」


 そのままたたらを踏み、さらに数歩下がったところで体勢を立て直す。


「ハハッ!私の実力を思い知ったようだな!だが、お前は絶対に許さん!下賤な者に相応しく惨めにここで死ぬんだ!」

「若造が……舐めるなよ!」


 勢い付いてさらに斬りかかって来るヤーゲに対して俺が取ったのは、そう吐き捨てながらの受け。


「そらそらっ!どうしたどうした!さっきまでの威勢の良さはどうした?せめてもの償いにもっと私を楽しませろ!」

「くそ……いい気になるな!」


 ジリジリと下がりつつ、合間を狙って得物を横に振り――


「ハッ!お前の腕はすでに見切っているぞ頭潰し!」


 剣を立てて防がれる。そして、お返しとばかりにやって来る振り下ろしは横跳びでかわす。


「ぐっ……」


 呻くように吐き捨てつつ、防ぎ、かわし、流す。得物を振り、そのたびに防がれ、倍以上の手数が返って来る。


「……はぁ、はぁ。……こんなことが……クソっ!」


 5度目の横振りを防がれ、肩で息をしながら地面に突き立てた得物に寄り掛かるようにして、ヤーゲから離れるように下がり――


「まるで這いつくばるムシケラだな……。フン!しょせんこの程度か……。こんなゴミに我が一族が……。こんなことならあの時に殺しておくべきだったなぁ?」


 俺が開こうとした距離は、無造作な一歩で詰められる。


 力尽き、それでも逃げようとしているとでも思われたのか。向けられる視線は侮蔑一色に染まる。


「ハルクさん!コレ、ヤバくないですか!?」

「……ダンナがやると言った以上、俺らが手を出すのは筋違いだ」

「そりゃそうですけど……」


 そんなやり取りも聞こえて来る。ハルクに問いかけているのはアルバか。声色からも気配からも、動揺を感じ取れる。


「まあいい。お前を殺したとなれば、私の名声も鳴り響く。そうなれば、組織の中で私の力も増すはずだ。ハオカー家の復興も夢ではないだろう。ハハハ!まずはラーギの奴らを皆殺しにしてやる。裏切ったクズ共は……1匹1匹じわじわと、我が一族に逆らったことを後悔させながら殺してやる」


 ギリッと鳴ったのは俺の奥歯。ヤーゲの聞くに堪えない戯言を、歯をくいしばって耐える音。


 それはそれと、妙な単語も出て来たようだが……


「悔しいか?だが、それがお前の罪だ。今から神罰を下してやる。神の意志に歯向かったこと、地獄で悔やみ続けるがいい」


 これから振り下ろすと言わんばかりに剣を掲げる。


 さしずめ――神に成り代わっての断罪のつもりなのだろう。その顔に浮かぶのは、威厳や荘厳さからはかけ離れた、下卑(げび)(あざけ)りだったが。


「死んで償え、頭潰し」


 そして剣が振り下ろされ、俺の脳裏に浮かんだのは――


 ねぇティーク。ふと思ったんですけど。


 なんだ?肉ならしばらくは食えないぞ。誰かさんの装備一式のおかげで先立つものが無いからな。ったく、着の身着のまま同然で押しかけやがって……。それとも、熊狩りにでも行こうってか?


 いえ、それも考えてはいましたけど……


 考えてたのかよ!


 はい。熊肉って、力が付きそうじゃないですか。鏡追いは身体が商売道具なんですし。ティークの大好きなニンジンもたっぷり入れた熊鍋ですよ?想像しただけでよだれが出てきませんか?


 いや、さすがにそこまでは……。で?


 で?と言いますと?


 お前から振って来た話だろうが!何を思い付いたんだって?


 ああ、そうですそうです。ほら!こうやって地面に思い切り杖を突き立てると穴が開きますよね?


 開くな。浅すぎて穴と呼べるかは疑問だが。


 そこなんですよ。思い切りやってもこの程度なんですけど……こうやって、軽く突き立てた杖をぐりぐり、ってやると……


 力任せに突き立てるよりも深い穴が開くな。


 でしょう?それで思ったんですよ――


 それは、懐かしい記憶。50年近く前。アイツが隣に居て、ふたりで馬鹿やって――そうと気付いたのは失ってからだが――俺が心から満たされていた頃に話したこと。


 結局、アイツと完成を見て祝杯を挙げることは叶わずじまい。それなのに、俺の代名詞になってしまい、今日まで俺を生き残らせやがった一因でもある芸当。


 それが――


 カツン、と。軽い音が鳴る。


「……へ?」


 間抜け面を(さら)しているヤーゲの手にあった剣は、その中ほどで折れ飛んでいた。


 やれやれ……


 ヤーゲの反応に内心で肩をすくめる。


 想定を超えることに出くわすというのはたまにある話だが、そこで動きも思考も止めてしまうのは、文字通りに致命的だ。


 対峙している相手が敵意(てきい)悪意(あくい)殺意(さつい)害意(がいい)を持っていたなら、その場が地獄への舟渡しになるところ。


 ちなみに、今の俺はお前さんに対して敵意(てきい)殺意(さつい)害意(がいい)を持ち合わせているのだが。


 まあ、そのあたりの些事(さじ)はさて置くとしようか。ちょっとした事情もあるので我に返るまでは待ってやることにする。


「な……これは……」


 待つこと数秒。ようやくヤーゲが現実に意識を戻してきた。


 遅すぎる、という悪態は腹の内だけに留め、用意しておいた言葉を叩きつけてやる。


「お前さん、散々俺のことを悪名で呼んでくれたよな?」

「あ……頭潰し」

「ああ。頭潰しだ。その頭も潰すつもりだったが、仕損じたらしい。やれやれ、俺も老いたらしいな」


 ヤーゲの頭を指差してやる。


「わ、私も……だと……」

「ああ。お前さんの頭も、だ。ま、いいけどよ……」


 あえて考える間を与えるために、ゆっくりと穏やかに声を向けてやる。


「……仕損じたのなら、あらためて潰すだけのこと。なに、大した手間でもない」

「あ……ああ……」


 聞こえた。


 音が鳴ったわけでなければ、その様が目に見えたわけでもない。


 それでも、確信めいたものがあった。多分だが、長年の経験から来る勘を根拠としたものが。


 折れた。


 剣だけではなく、心が。


 そこまでの可愛げがあるとは全く思えないが――溺れかけた犬猫のように揺れる目が俺に確信させる。今この瞬間に、剣を振るう者としてのコイツは死んだ、と。


「動くなよ?おとなしくしていれば、苦しむ間も無しに逝かせてやれる。……それとも、なぶり殺しにされる方がお好みか?それならそれで善処するが」

「ひ……ひいいいいいいいぃっ!」



 殺気を向けてやる必要すら無く、適当な脅し文句を並べてやれば処理(・・)は完了だった。


 目の前の阿呆は俺に背を向け、一目散(いちもくさん)に駆け出した。俺と真逆――ユグ山の方向へと。


「……悪かったな。見苦しいもの見せた」


 見物に回ってもらっていたハルク達6人に向き直り、声をかける。


「……………………うん?どうかしたのか?」


 が、返事は無し。ポカンと固まったまま。


 いや……


 よくよく見てみれば、ハルクだけは表情が違う。


「ハルクよ、なんで皆は固まっているんだ」


 何かしらに気付いていると考えるには十分。だから、苦笑気味のハルクに聞いてみる。


「ダンナの頭潰しを始めて見た奴は大概そうなるだろ。俺もそうだったぜ」

「ああ、そういうこともあるのか……」


 言われてみれば、過去に何度もこんなことはあったか。しばらくぶりすぎてすっかり忘れていたが。


「ダンナ!?今何やったんすか!?まるで見えなかったんだけど……」

「そうですよ!それに剣が、あんなにあっさり折れ飛ぶなんて……」

「もしかして……アレが噂に聞く頭潰しなんじゃ……」

「そうか!きっとそうだよ!」

「すげぇ……俺、初めて見たよ!」


 やがて、硬直が解けたミッシュたちは興奮冷めやらぬ内に質問を向け、勝手に納得し、勝手に感嘆(かんたん)しだした。


 やれやれ……


 こうやって騒がれるのも、妙に持ち上げられるのも、あまり好きではないのだが。


「ほれ、お前ら、そのくらいにしておけ。ダンナも困ってるだろ」

「あ……つい……すみませんでした」

「「「「すみませんでした!」」」」

「いや、別に謝るようなことでもないが」


 ともあれ、落ち着いてくれたのはありがたい。ハルクの制止にも感謝だ。


 礼というわけでもないが、前に同じ芸当を見せた時のハルクが似たような反応だったことは黙っておくことにしようか。


「それはそうと、いったい何をやったんです?気が付いたらヤーゲの剣が飛んでたんですけど」


 あらためて聞いてくるのはコ-ナス。他の4人も同意するように頷く。


「……お前さんたちが言っていたとおり、さっきやったのが悪名の由来だよ。正確には、そのうちのひとつだがな。で、何をどうやったのか、ってことも気になっているのだろうが……」


 5対の目が向けられる。聞き逃すものかと、そんな気迫めいたものも。


「済まぬが、そいつは教えられないな」


 そして、俺の返答でそれらが霧散し、がっくりと肩を落とす。ちなみに、ハルクは苦笑していた。自分の時を思い出しているのだろう。


「悪いな。商売柄、手の内をホイホイ明かすわけにもいかないのさ。そのあたりは、汲み取ってもらえるとありがたい」

「いや、たしかにそうですよね」


 並べたのはもっともらしい理屈。それでも、それらしくは聞こえたのだろう。すんなりと引き下がってくれた。


 実際には違うのだが、とは内心でだけつぶやいておく。


「それはそれとして、だ」


 今度はハルクが声をかけて来る。


「頭潰しの件はともかく、なんだってあんな芝居を打ったんだ?」


 なるほど、さっきの劣勢が芝居だとは気付いていたわけか。やり合っている最中になにやら言っていたが、アレは援護(えんご)だったのか。


「ダンナなら、即座に終わらせることも出来たんじゃないのか?それに、何だってあっさりと逃がしたんだ?ああいうの、ダンナらしくないような気がしたんだが」


 指摘自体は何も間違ってはいない。やろうと思えば三合とかけずに終わらせることもできた。逃げるヤーゲに追い打ちをかけることも可能ではあったし、それ以前に逃がさないのも難しいことではなかった。


 当然ながら、それをやらなかった理由もあるわけだが。


「何をもってらしい(・・・)のかは知らぬが……」


 まあ、こちらは話してしまってもひとつとして問題は無い。片付いた今となっては、全くもってどうでもいいことなのだから。大した手間になるわけでもなし、疑問くらいは解いてやってもいいだろう。


「多分お前さんたちも気付いていただろうが、あの阿呆とは過去にちょっとした接点があってな。随分と恨みを買っていたらしいのさ」

「あ、やっぱりそうだったんですね」


 そう頷くのはネブラ。まあ、あれだけわかりやすい態度を取っていたなら筒抜けだったことだろう。


「でも、ダンナがあそこまで恨まれるってのが想像出来ないけど……」

「ミッシュ。お前さんは俺を買い被り過ぎだ。むしろ、方々で恨みを買い続けて来た身の上だぞ、俺は」

「そうなんですか!?」


 目を見開いて驚く。


 まったくもって、お前さんたちの中で俺はどうなっているのやら。


「そうなんだよ。ヤーゲに関して言うなら、アレはとある領主の息子でな。領地争いの小競り合いに首を突っ込んで、目の前でアレの父親の頭を潰したのが俺だ。ほれ、恨まれるに足る理由だろう?」

「そうで……ん?今サラッととんでもないこと言わなかったかですか!?」

「何がだ?」


 むしろ俺としては、微妙に口調がおかしくなっているミッシュの方が気になるのだが。


「りょ、領主の頭を潰したって……」

「言ったぞ。鏡追いをやっていれば、領地争いで傭兵の真似事をする機会だってあるだろう」

「いや、そういう問題じゃ……」

「俺は独り身でやってた頃からそういうのは避けてたんだよ。死にたくはなかったからな。今も同業者とやり合うことになりそうな仕事は受けないようにしてる」

「ああ、そうなのか」


 ひとことで鏡追いと言ってもいろいろだ。同じ鏡追いとの殺し合いになることが明白な仕事を避ける連中もおり、ハルクはそんな手合いだったらしい。俺が勝手に持っている印象よりも慎重な性分だったということか。


 ちなみに、俺は殺される可能性が高そうな仕事を()(この)んで受けて来たにもかかわらず、今もこうしていられてしまっているわけで。


 そのあたりは良しも悪しもないだろう。好みと考え方の問題といったところか。


「それはそうと……ヤーゲの奴、復興だとか一族がどうしただの言ってたのはそういうことか」

「だろうな。さて、話を戻すぞ」


 ヤーゲの阿呆は殺したいほどに俺を恨んでいた。とりあえずの認識としては、そんなところで十分だろう。


「まず、剣を抜いた時点であの阿呆を処理(・・)……いや、殺すことはすでに決めていた。あの様子では、今回の件から降りろと言ったところで聞くとも思えなかったからな。何をやらかすかわからない上に、無関係な人間に危害を加えかねない様子だった」

「それはわかる。宿のお嬢ちゃんをどうこうするとも言ってやがったしな」

「ああ」


 お嬢ちゃんに手を出そうとするなら問答無用に処理(・・)するつもりでいたことに関しては、わざわざ話すほどでもないだろうから黙っておく。


「それで、下手糞な芝居を打ってまで劣勢になっていた理由だが、至って単純な話だ。なるべく穏便に殺したかったのでな」

「穏便……ですか?」

「ああ、穏便だ」


 穏便な殺しってなんだろう?とでも言いたげに新人の3人はなにやら首を傾げているが、省ける面倒は省くに越したことも無い、というのが俺の考えだ。


「ハルクも言っていたが、即座に殺ることも出来たさ。だが、村のすぐそばで死体を転がすのは、あまり上手くないだろう?」

「なるほど……」


 やむにやまれぬ理由があったとはいえ、それはこちらの事情。ユグ村の連中にしてみたら、気分のいいものであるはずもなし。


「だからこう考えたのさ。山に追い込んでしまえばいい、と」

「あ、そういうことか……」


 ポン、と手を打ったのはダイト。どうやら気付いたらしい。


「押されているフリをして誘導してたんですね。ティークさんが村の入り口を背負う位置に来るように」

「正解だ。まかり間違って、あのまま村の中に入られた日には、厄介なことになっていた公算があったのでな」


 俺が原因だとは認めざるを得ないところだが、さっきのヤーゲは正気が飛んでいる風だった。あんなのを村の中に逃げ込ませる、などというのは悪手にも程があるというもの。


「唯一誤算だったのは、俺の下手糞な芝居をあの阿呆が信じ込んでいたところだ。あれくらいは見抜いてくれると思っていたのだが……」


 その上で抱くであろう警戒心を利用して誘導するという算段を立てていたのだが。まあ、それはいいだろう。


「ともあれ、あとは得物を砕いて脅してやれば作業は完了。めでたくあの阿呆は丸腰で山道に逃げ込んでいきましたとさ、だ」

「けど、その内に山から下りてきませんか?」

「それまで生きていられれば、の話だがな。山の中には何がいる?今の時刻は?あの阿呆の心身と用意は万端か?」

「……なるほど」


 理解してくれたらしい。凶暴化した動物が多数いるであろう山の中に、日暮れが遠くない時間帯に、丸腰で、冷静さも欠いたままに全力疾走で逃げ込んで、無事でいられるとは到底思えない。


 遠からず殺されるだろう。飢えになのか、転落やらになのか、凶暴化した動物になのか、そこまでは知らぬし興味も無いが。


「あ、でも……野犬モドキとかに追いかけられてすぐに下りてきたらどうします?」

「その時は疲労(ひろう)困憊(こんぱい)の上に満身(まんしん)創痍(そうい)になっているだろう。それなら、押さえるのも造作ない。あとは縛り上げて転がしておけばいい。あとは落ち着いてからでも問題なかろうて」

「……何もかも(てのひら)の上ってか。相変わらずおっかねえダンナだな。ヤーゲの野郎は気に食わねぇけど、ダンナを敵に回しちまったことにだけは同情するぜ」

「「「「「同感」」」」」

「どういう意味だ……」


 ま、いいけどよ……


 ヤーゲの扱いについての納得が得られたのはいい。いいのだが……微妙に失礼な気がしなくもないというのは……俺の気のせいということにしておくか。


 それに、付け加えるのなら……


「本当におっかないのは、あの阿呆がこの村にやって来た経緯の方かもしれぬぞ」


 あの阿呆は、気になることを口にしていた。


「……スマン、わけがわからないんだが。説明頼めるか?」

「構わぬぞ。俺が想定している最悪が当たりだったなら、お前さんたちにも無関係ではないからな。簡単に言ってしまうなら、ターロの繋ぎ屋が買収されていたのかもしれないと、そんな話だ」

「穏やかな話じゃないな。ダンナが言う以上、根拠はあるんだろう?」

「一応はな。殺り合う前にあの阿呆が言っていたこと、覚えているか?お前さんたちが金をもらっているから俺に同意しているとかとかなんとかほざいていただろう?」

「……そんなこと言ってましたね」


 考えること数秒。思い出したらしいコ-ナスがつぶやき、他の連中も「そういえば……」と相槌を打つ。


「デタラメだろ。というか、金を積まれるまでもなくダンナの言い分に賛成だったぜ」


 他の5人もハルクの言葉に頷く。


「だろうな。自分の言い分を否定されたのはソイツが買収されていたからだ、なんて発想はすんなりと出て来るものではないんだ。それこそ……自分が他人を買収でもしていない限りは」

「どういう意味だ?」

「自分がやっているのなら相手もやっているに違いない、なんて発想だ。ああいう手合いにはよくあることなのさ」

「なるほどな。それで繋ぎ屋が買収されてたのかもしれない、って話になるわけか。けどよ、実際に繋ぎ屋がそれをやっちまうってのはマズくないか?」

「マズいだろうな。いろいろな意味で」


 とある事情により繋ぎ屋と鏡追いは互いに誠実であることを強要されている、というのが世間の常識というやつだ。それに反するような(やから)が繋ぎ屋を任されるとも考えにくくはあるのだが。


「ま、今の段階では断言も出来ぬがな。ところで、俺からも少しばかり聞きたいことがあるのだが……あの阿呆はどんな経緯で俺の依頼を受けたんだ?お前さんたちはと別口らしいが」


 ハルク、ミッシュ、コ-ナス、ダイト、ネブラ、アルバ。この6人が行動を共にしていたことは聞かされている。繋ぎ屋経由で俺の依頼を受け、揃ってやって来たというのもごく自然な話。だが、ヤーゲだけはそのあたりが一切不明と来ている。


 俺らも詳しく聞いたわけじゃないんだが。そう前置いてハルクが言うには――


 自分たちが繋ぎ屋から俺の依頼を聞いたのが昨日の昼過ぎ。準備を整えてターロを発ったのが今朝。


 その時に繋ぎ屋の助手が追加の人員としてヤーゲを連れて来た。


 とのことだった。


「助手……か。繋ぎ屋本人、ではなかったということだな?」

「ああ。ただ、繋ぎ屋のところで見た顔だったのは間違いない」

「……聞いた限りでは、よくある話だな」


 繋ぎ屋が助手を使うのは別におかしな話でもない。


 ヤーゲの阿呆が俺を恨んでいたのは間違いない。偶然に俺からの依頼を知って殺す好機と思い、やって来た。そんな流れなら、何ひとつとして問題もないわけで、そうであってくれたなら、なによりなのだが。


 組織がどうこう言っていたのも気にならないでもないが……


「……結論は保留、だな」


 それが、現時点での結論。


「それにしても……」


 つくづく思う。


「“元凶”が作り上げた仕組みは大したモノではあるのだろうが、一切の欠陥が無いというわけでもなかったということなのだろうな」


 それでも、常日頃から世話になっている身。文句を言えた義理でもないわけだが。


「あの、ティークさん。元凶っていうのは?」

「……は?」


 そんなことを思い、ため息をついていたら、ダイトが妙なことを言い出す。


「いや、“元凶”と言えば“元凶”だろう」

「いえ、ですから元凶というのは?何か、とんでもない悪事を働いた人、なんだとは思いますけど……」


 おいおい、いくら駆け出しだからと、“元凶”を知らないのはどうかと思うぞ……


「善人か悪人かは知らぬが、俺ら鏡追いにしてみたら、足を向けて寝れないだけのことを成した御仁(ごじん)だぞ。ネブラ、アルバ、お前さんたちは当然知っているな?」

「いえ、初耳です」

「俺も……最初はヤーゲのことかと思いましたけど、違うんですよね?」


 いやいやいやいや……。あの御仁をあんなのと一緒にするってのはさすがに腹に据えかねるところだぞ。


 やれやれ……。知る機会が無かったということか。


「……まあ、常識ではあるからな。当然知っていると思えば、わざわざ教えようとも思わないわけか。ミッシュ、お前さんなら知っているだろう。折を見て教えてやるといい」


 はは、すみません。知っているものだとばかり……


 なんてのが、俺の予想した返答だ。けれど――


「いや、俺にも何のことやらサッパリなんですけど……」

「なんだと!?」


 さすがに今度は声を荒げてしまう。いくらなんでもそれはおかしいだろう。少なくともミッシュは、数年は鏡追いをやっているはずなのだが。


「……なぁ、コ-ナス。お前さんは知っているよな?“元凶”のこと」


 自分の思う常識に少し自信を失くしつつ、もうひとりの経歴数年の鏡追いにも聞いてみるのだが――


「……すいません。俺も知らないです」

「嘘だろ……」


 さすがにここまで来るとおかしいのは俺なのではないかとも思えて来る。


 いや、いくらなんでもハルクなら知っているはずだ。


「……悪い。俺も聞いたことないわ」

「んなっ……」


 口に出す前に返って来た答えは変わらずで、間の抜けた音を吐き出させられた。


「念のため聞くが……冗談、ではないのだな?」


 6人の表情にも注意してみるものの、嘘を吐いている様子は見て取れなかった。


「ああ。聞いたこともない」

「はは……それはまた……」


 お嬢ちゃん関連を除けば、ここ数年で一番驚かされた気がする。


 “元凶”といったら、俺が駆け出しの頃には常識だったのだが……ああ、そういうことか。


 少し考えて、多分だが、理解出来た。


 たしかに、鏡追いの間では常識だった。50年前は。


 けれど、50年という年月は決して短いものではない。つまりは、そういうことなのだろう。


 事実、“元凶”のことを知らなかったハルクにしても、そのことで不利益を被ったことは無さそうだ。


 むしろ、そんな機会でもあれば、その時に知っていたはず。


 さらに考えてみれば、“元凶”のことを知らなかったら困っただろうと思える記憶など、俺の中にも皆無と来ている。


 やれやれ……


 時代の流れというのは、こういうものなのか。


 なんとも寂しいものだな……


「なぁ、ダンナ。大丈夫か?」


 そんな感傷は外にも流れていたらしい。ハルクがかけてくる声は、なんとも心配げなもの。


「……大丈夫だ。世代の差というやつに驚かされていただけだ」


 “元凶”は……あの御仁は……


 駆け出しの頃――50年前にわずかばかりに縁があり、一度だけ飯を食わせてくれた老人と話したことを思い出す。


 あの御仁、栄誉やら名声やらには一切興味が無いと断言していたのだったか。


 むしろ……


 “元凶”の二つ名は、自分から名乗ったとも聞かされた。


 俺の基準だと、俺は間違いなく悪党だからな。


 酒を片手に口にした名乗りの由来だけは、未だに意味を理解出来ていないが。


 とはいえ、わざわざそう名乗るくらいだ。名前が風化していくことも本望だったのかもしれない、か。


 それでも――


「お前さんたち、“元凶”のことに興味はあるか?」

「そりゃ……ダンナが言うには、俺ら鏡追いの恩人なんだろう?」

「ああ。それは間違いない」


 俺個人としての感傷もある。


「だったら、今回の仕事を終えた祝杯の席ででも聞いてはもらえないか?“元凶”の……“鏡追い”を“鏡追い”たらしめた男のことを」


 だから、知る人間を少しだけ増やしておくとしようか。あの御仁――


「ミキオのことを、な」




 やれやれ。ずいぶんとくたびれた気がする……ぞ?


「リブ テンティ。クゥレ、イクス エスン バイア ケット トリンプ、リブ ヨド ティル ケット タム」

「ラペット。イクス プレシュフェク。……ワイス キーシュ ズーン フェペット、イーン」

「リンク。アンヘイル、テイラ アンブル エック アンブル レト ストウ」


 自業自得ではあるとはいえ――主にヤーゲのせいで――それなりに疲弊させられ、個人的な因縁をこじらせた鏡追いの一人が独断で山に入ったことを村長に伝えて、ようやく休めるかと戻ってきた宿で俺が目と耳にしたのはそんな――楽し気に言葉を交わし合う(・・・・・・・・)光景だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ