凛 ①
灯りとり用の小さな窓から、月の光りが射し込んで…くる。
その一筋の光りのお陰で、ピンクを基調とした、いかにも女の子らしい可愛らしく飾りつけられた部屋の様子が、暗闇の中…薄っすらと浮かび上がってくるのが、分かる。
そして…その部屋の中央付近では、黒く艶やかな髪を肩まで伸ばした一人の女の子が、ゆったりとした淡い花柄のピンク色のパジャマ姿で…瞳を閉じては、静かに正座をしている姿が、ぼんやりと見えて、くる。
…そこに、先ほど射し込んできた、か弱いスポットライトのような…一筋の月の光りが、まるで正座をしているその女の子の心の中を覗き込むように、愛らしいその姿を照らし出すとき…。
静かに閉じた瞳、瞼のその裏側に、月の光りのそれを感じながら…正座をした女の子、雨宮 凛は、今日あった出来事を、そっと思い…巡らせる。
…。
今日の夕方は、本当に楽しかったな…。
黒川さんに、風谷くんに、土屋…くん。
三人ともみんな、いい人そう。
もし私が、神楽坂学園に通えていたら、三人とも同じクラスのクラスメイト。
友達に…なってくれていたかな?
凛はここで瞳を閉じたまま、疑問を投げ掛けるように首を小さく左に傾げると…それを再び元に戻してから
今日の夕方、ここでいつものように独り、静かに瞑想をしていたときに…リビングルームのほうから感じた、おじいちゃん以外の別の人達の気配…。
いつもはおじいちゃん一人だけのはずなのに…。
…ひょっとしたら、おばあちゃんが帰って来たのかもしれない、とも思ったけれど。
微妙におばあちゃんのそれとは違う、しかも複数人のその気配に…私は好奇心からこっそり、この座敷牢を抜け出して…リビングルームのすぐ近く、キッチンから…おじいちゃんとその人達が話している会話の内容を、悪いとは思いつつも立ち聞きしてしまった…。
おじいちゃんの話していた内容は、だいたい予想通りで。
…でも、幼い頃から読み聞かされていた絵本、 “雨宮の鬼物語” …そこに隠されていた一人の女性の…お通さんの本当の想いを知ったときには…心の中が不気味に波打つように、ざわついたりも、した…。
…けれど正直、私はそんなことよりも、おじいちゃんと話している人達のこと、その人達が、私と同級生…しかも神楽坂学園の同じクラスのクラスメイトだということが分かって、ただそれだけで…その人達に、どうしても会ってみたくなってしまって…。
…気がつけば、キッチンでお茶の準備を始めてしまっている自分が、いた。
リビングルームに入って行くのは、ほんの少しだけ勇気が必要だったけれど。
思い切って入ってしまえば結構、なんていうこともなくて…。
それこそ最初は、突然の私の登場にみんな驚いて、ポカ~ンとしていたけれど…。
でもその内…みんな、私の入れたお茶を、おいしい…って言って飲んでくれて、こんな状態の私にも優しく接してくれて…本当に、嬉しかったな。
それに…おじいちゃんが私の姿を見て驚いて、お茶を吹き出したり、寝ぼけていたみたいだったけれど…あばあちゃんへの愛の告白が聞けたり、さらには黒川さんとはガールズトークも出来たりして…本当に、本当に楽しかったな。
ここで瞳を閉じたままの凛の表情が、嬉しそうに小さく微笑む。
でもそれは、ほんの一瞬だけのことで…すぐに集中するように元の瞑想状態に戻ると
…大丈夫、分かっている、から。
一週間前から突然、結界の一部が弱まって、ここ座敷牢と外の世界を自由に行き来することが出来るようになった…こと。
それはおじいちゃんが…おじいちゃんが私の再封印を決心したから。
だからわざと、結界札の内の一枚を、おじいちゃん自身が自ら剥がした。
きっと…おじいちゃんはこんな状態の私に、危険を承知の上で最後に一週間だけ、自由な時間を与えてくれたんだと思う。
…最後にせめて、外の世界を見られるように…そして、限られた時間の中、好きなことが出来るように…。
やはり瞳を閉じたまま…凛はここで小さく頷くと
元はと言えば、あの日…。
十年前の、あの日…。
入っては行けない、とキツく言われていた蔵の中に、私が入ってしまったことが、すべての原因で、始まり…。
だから…今までこうやってこの世界に存在することが出来ただけでも、本当にとてもありがたいこと。
大好きだったお父さんとお母さんが、命を懸けてまでも私に託した、 “鬼さんをこの世に出さない、出してはならない” という雨宮家のその役目を全うするためにも…。
…そう、本来ならば私はもっと早く、再封印のときに生ずるその力によって、この世界からいなくなるべき存在だったのだから…。
…。
ふいに…次の瞬間、雲の影に隠れてしまったのだろうか?
か弱いスポットライトの様に…凛のことを懸命に照らし出していた一筋の月の光りが、それがフッ…と途切れるようにしては失われ消え…。
…その瞬間、凛の姿が、一面の闇に融けるようにしては見えなくなってしまった…とき。
まるでそれが合図かのように…いつものあの声が、あの囁きが、凛の全身を震わせるようにして…心の奥底から響き聞こえて、きた…。




