美沙 ⑤
…美玖のその言葉に、酔いが回って血色の良かったおじさんの顔色は…みるみる内に変色し、青ざめて…いく。
“顔面蒼白” …って、こういうことを言うんだ…。
一瞬…この場から逃れることも忘れて、ふとあたしが、そんなことを思っている…中。
美玖は、そんなおじさんのことを軽蔑の眼差しで一瞥した後…そのまま冷たく背を向けて、この場から離れようと足を踏み出す。
あたしは…そんな美玖に遅れないように慌てて、その後を…背中を追い掛けるようにして、同じように足を踏み出そうとした、その…とき。
「…使えないなら、俺が」
青ざめた表情のままのおじさんが、とても小さな…震える声で、そう呟いたかと思うと。
…自分に背を向け、足を踏み出していた美玖のその姿を、見開き血走った瞳で睨みつけながら
「教えてやるよ…!!」
そう…叫んだかと思うと。
…次の瞬間、手にしていたシャンパンのボトルを横に投げ捨て、それと同時にゴニョゴニョと何かを唱えるように口を動かし始めた。
…!この呪文は…。
叫び声に続いて、小さく呟くようにして発せられたその呪文の詠唱に…。
…背後の異変に気がつき素早く振り返った、そんな美玖に向かってあたしは
「美玖!危ない!!」
そう叫びながら…両手に抱え込むようにして持っていたプレゼントの箱を放り投げると、急いで美玖に覆い被さるようにして、次の瞬間…頭上から降り注いできた一筋の小さな雷撃を、全身に…その背中に、浴び、受けた。
………。
……。
…。
「キャ~!」
「イヤ~!!」
「お前!何をやってるんだ!」
「その男を取り押さえろ!!」
「急げ!」
「待て!逃げるな!!」
「捕まえろ!」
「よし、そいつをさっさと連れて行け!!」
…華やかだったパーティールームに、悲鳴と怒号が、飛び交い…あう。
不思議と、どこか遠くで聞こえているその声達に…全身の痺れと背中の小さな痛みと共に…恐る恐るあたしが瞳を開いて見れば…。
…。
そこには…覆い被さり守るようにして抱きしめていた胸の中、まるで赤ちゃんのようにうずくまり丸まった、美玖の姿…が。
…小さく震え、涙を流し咽び泣くその姿に
「…大」
“…丈夫だった?”
そう口を開こうとした、あたしの労りのその言葉は、すぐ様途切れるようにして…。
そこから無理やり退かされるように加えられた、小さな衝撃と共に、最後まで発することすら出来なくて…。
…。
その小さな衝撃の元であり、この世の終わり…とでもいうかのような表情で急いで駆け寄って来た、お父様とお母様の二人にあたしは突き飛ばされて…突き飛ばされたその先、そこであたしはゆっくりと身体を起こすと、慌てふためくそんな二人の様子を、その場で静かに見つめて、いた。
二人は…黒焦げでボロボロの姿になったあたしには目もくれず、必死の形相で
「美玖!大丈夫か!?美玖!!」
「ケガはない?ケガはないのね?美玖!」
叫ぶようにしてそう言いながら…無傷の美玖を腕の中にそっと抱き起こす。
美玖は震えつつも…しがみつくようにお父様とお母様のその腕の中、小さく頷く…と、二人は、頷いた美玖のその様子に少しだけホッとしたのか…大きく胸を撫で下ろし、そのまま包み込むようにして…美玖を優しく抱きしめた。
…二人に抱きしめられながら美玖は、傍らに突き飛ばされ、座り込んでその様子を静かに見守っていた、黒焦げでボロボロの姿になったあたしのことを、その腕の中から、どこか冷たい眼差しで…真っ直ぐに、見つめ…る。
美玖のその眼差しに対してあたしは、 “こっちは大丈夫だから” …という意味を込めて、ニコッと微笑み返すと。
…すると、その瞬間、美玖は…そんなあたしのことをキッ…!と睨みつけて
「…あんたの…せい…よ」
お父様とお母様の胸の中、震える声で…こちらを真っ直ぐに見つめたまま、そう呟いたかと思うと…続けて怒鳴り散らすような大きな声で
「あんたのせいで…あんたのせいであたしは、雷撃の…雷撃の魔術が使えないのよ!!」
叫ぶように、そう言う。
美玖のこの突然の叫び声に…あたし達家族のことを心配そうに見守っていた周囲のお客さん達は、硬直するかのようにその動きを止めて、それまで聞こえていたヒソヒソ声が…パーティールーム全体の物音が…まるでその瞬間だけ時が止まったように、静寂に包み込まれて…。
…。
…そんな中、美玖はその瞳から涙を零しながら
「あのおじさんが言った通りよ!みんなが噂してたことも知ってたわ!!…あんたが、あんたがあたしの能力を奪ったのよ!!お母様のお腹の中で…あんたが!!…それなのに、何で…何で跡取りのあたしがこんな目に…バカにされなきゃなんないのよ!!!」
取り乱し、感情的になってそう叫んだかと思うと。
…次の瞬間、その両目を見開きながら、吐き捨てるように
「この…出来損ないが!!」
…そう、あたしに向かって言い放った。
あたしは…美玖のその言葉の意味が一瞬分からなくて…呆然としながらも、必死に首を左右に小さく振りながら
美玖の能力を奪うだなんて、あたしは決してそんなこと…。
…。
でも…あたしがいくらそう思っても、明確にそれを証明することが、出来ない…。
…。
…。
…?
本当に…そう、なの?
…。
…。
…?
分か…らない。
あたしが…このあたしが、美玖の能力の一部を…お母様のお腹の中で、奪ってしまった…の?
…。
本当に?
本当に…そう、なの?
…!
あたしは…そんな!…違う!
違う、違う、違う、違…う?…あたしは、あたしが…そんな…出来損、ない?…あたしは…出来損ない…あたしが…あたしは…一体、何…なの??
…混乱し、訳が分からなくなったあたしが助けを求めるようにして…美玖をその腕の中にしっかりと抱きしめているお父様の顔を見つめると。
「…」
お父様は無言で、そんなあたしからサッ…と目を背ける。
お父様のその様子に、あたしは焦るようにして…次に、やはり美玖を大切そうにその腕の中に抱きしめているお母様のほうに顔を向けてみると。
「…、…」
一瞬何かを言いかけたお母様も…その言葉を呑み込み無言で、次の瞬間にはやはり…お父様と同じようにあたしから目を背けると、心配そうな…どこか悲しそうな眼差しで、美玖のほうにゆっくりとその視線を向けた。
…。
…。
そん…な。
美玖…も。
お父様…も。
そして、お母様…まで、も。
今までそんな風に…あたしのことを…見て、思って…。
…。
…。
あたしは力なくふらふら…と、その場で立ち上がると。
誕生会のパーティーに来ていたお客さん達が、そんなあたしを避けるようにして出来上がった、一本道をトボトボと、まるで心を失った抜け殻のように…進み、そこを後にして。
何も考えられずにそのまま自分の部屋へと真っ直ぐに、向かった…。




