囁聞 ①
…。
……くん。
………谷くん。
…………風谷くん。
「…風谷くんってば!」
ふいに呼ばれた自分のその名前に、俺が声のしたほうへ振り返ってみれば…。
…そこには、数人の男の子達がそのあどけない瞳で、俺のことをジィ~と見つめている。
「…」
あまりにものあどげないその瞳に、俺が狼狽するように言葉を失っていると。
その中の一人が、さっき俺の名前を呼び掛けたのと同じ声で
「何、ボォ~としてんの?次、風谷くんの番だよ!」
明るく無邪気な声で、そう言う。
「…俺の…番?」
状況が呑み込めず…狼狽したままボソボソッと、呟くようにして俺がそう口を開くと。
今度は、別の男の子が小さく頷きながら
「ほらっ!早く!倒せた数が一番多い奴の勝ちだよ!」
そう言って…五メートルほど先にある、八本の空き缶が並んでいるその場所を…指さす。
…。
倒せた数が…一番多い奴の、勝ち?
…ゲームか何か、か?
というか…それ以前に、この小学校低学年くらいの…数人の男の子達は一体、誰…なんだ?
そして、この状況は…。
う~ん…俺は今、どうなってしまっているんだ?
少しパニクりながらも俺は、何とか心を落ち着かせようと、普段使わないその頭を必死にフル稼働させて…みる。
俺は確か…寮の自分の部屋のベッドの上で、雨宮 凛のことを考えて…。
…いや、持って帰って来てしまった雨宮のハンカチを雨宮に返すこと考えて…。
…いやいや、それもそうだが、確か最後には…ベッドの上で横になっていた…はず。
なのに…今は…。
…。
お、落ち着けよ、俺!
よ、よく考えるんだ…。
きっと、きっとこの状況から抜け出せる方法が、打開策が、ある…はず…だ。
…。
……。
………?
…………だ、ダメだ。
全然さっぱり、訳が分からねぇ…。
こんなことならゲーム以外にも、もっと、普段から頭を使うことをしときゃあ良かった…。
例えば、この前テレビでやっていた “脳の活性化 アハ体験” というやつだとか…。
今こそ、こんなときこそ、 “アハ!”…と、脳に活性と快感を著しく与えたいのに…。
俺は自分の脳味噌のその限界に落胆しながらも。
…。
でも…。
何だかとても…変な感じ、だ。
どうしてか、不思議とどこか…懐かしいような苦しいような見覚えのある…心の奥底に見ないように瞳を閉じて隠し込んでいた、そんな…原風景。
どうして今更…こんなときのことを…。
…そんな、変で不思議な、覆い隠すように避けていた苦しい気持ちと共に。
俺は何とか、この訳の分からない状況を自分なりに理解しようと、その場所に関する情報を少しでも手に入れるため、キョロキョロと周囲を見回し観察してみれば…。
…そこは確かに、実家近くのいつも遊んでいた空き地、その場所…で。
慌てるようにして自分の姿を見てみれば…高一で十六歳のはずの俺の身体はどう見ても、その男の子達と同じ、小学校低学年くらいのときの小さな姿に変わってしまっており…。
挙動不審のそんな俺の行動に…いや、いつまで経っても何も行動しようとしないそんな俺に対して、業を煮やしたのだろうか?
同級生なのかもしれない…あるいは友達なのかもしれない、その男の子達の中の一人が、少しイラッとした様子で
「風谷~、何キョロキョロしてんだよ!お前がやんねぇなら、俺が先にやるからな!」
そう言うが早いか。
…みんなで集めて来たのだろうか?
足下の地面に積み上げられていた小石の一つを拾い上げると。
…一瞬、狙いを定めるようにしてから、野球選手のように大きく振りかぶって…そのままその小石を、並んでいる空き缶に向かって勢い良く投げつけ…た。
「…チェッ!また外れかよ~!」
並んでいる空き缶の間を転がって、勢い良く向こう側に飛んで行ったそんな小石を見つめながら…その男の子が悔しそうに、言う。
「じゃあ…今度は僕の番ね!」
別の男の子がそう言って、同じように足下の小石を一つ拾い上げると、並んでいる空き缶に向かって…投げつける。
“…カンッ!”
歯切れのいいそんな音と共に、一番右端にあった空き缶が倒れると。
「やったね~!」
その男の子は嬉しそうにガッツポーズをしながら、俺と周囲の男の子たちに向かって自慢気な表情を…見せた。
…。
残り…後、七本…。
空き缶を一本倒されてしまったことで、なぜだか俺は無性に焦り出し…。
自分も早く、あの並んだ空き缶を倒さなくてはいけない、このゲームに勝たなくてはいけない、そんな気持ちになってきてしまい…思わず
「…あんなの、倒すの簡単だよ!」
今の…この状況を、この姿形を、無意識の内に受け容れ…声変わりする前のその少年の声に戻って、半ばムキに、叫ぶようにしてそう言うと。
右の手のひらを軽く握り、そこに念を込めるようにして風の能力を集めてから、それをそっと開くと…。
まるで、テニスのラケットを振るようにして…小さな風の渦を巻き起こし、並んでいた残り七本の空き缶を右端から順番に、その目には見えない風の渦の力によって、なぎ倒していった…。




