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あなたのそばに6

 気がつくと祐希は、マンションの前にたたずんでいた。黒いジャケットにベージュのパンツを着ている。あの日と同じ服装だった。

 (私、生きている?)祐希はまず思った。

 目の前にあるマンションの外観も変化が見られない。ただし、少し日差しが強く、道路からの照り返しを強く感じた。

 (十ヶ月後って彼女が言っていたから…。今は九月でまだ日差しが強いのかしら)

 祐希はまず、マンションの部屋に戻ろうとしてエントランスに入ろうとした。しかし、自動ドアの前に立っても自動ドアが開かない。

 (何?)と思い、自動ドアを触ってみると、なんと手がドアをすり抜けて行くではないか?

 (えい!)と自動ドアに体ごとぶつかってみると、自動ドアを祐希の体がすり抜けて簡単に中に入ることが出来た。

 ちょうどマンションのエレベーターに乗る住民がいたので、それに合わせて祐希もエレベーターに乗り込んだ。住民は祐希のことを全く気づいていないようだった。

 (やっぱり、私、幽霊になっちゃったんだ…)

 そう思うと祐希は悲しくなった。悲しんでばかりでは仕方がないと思い返し、自分の部屋のドアの前にたどり着いた。

 部屋に入ると(部屋のドアも通り抜けることができた)、中は何もなかった。豊と夕食を食べたダイニングテーブル、豊と愛をはぐくんだソファーも、何もなかった。がらんどうの空き部屋。本当に何にもない。

 (もう、この場所には私が生きていた証は一つも無いのね)

 (じゃあ、事務所はどうなったのかしら)と祐希は事務所に向かった。

 事務所のビルには、「矢野プロダクション」という看板が掛けられていた。内心、ほっとしつつも、ここもただの空き部屋になっている可能性もあると思い、急いで祐希は事務所に向かった。

事務所の中の照明は消えていた。しかし、中の様子は祐希が働いていた頃と全く変わっていないように見えた。祐希、豊、北原のデスク、クライアントと打ち合わせをする会議室、撮影機材を保管する機材室。祐希が生前に見た風景と全く変わりがない。

 一点だけ違いがあった。三人のデスクのすぐ後ろの壁に祐希が最後に取った美緒の写真と豊がプライベート時に取った祐希の写真がパネルとなって、飾られていた。

 祐希が普段着でソファーに座り、グレーの虎模様の毛並みをした猫を抱いて笑っている写真だった。

 (あのときの写真ね)

 祐希が抱いているのは、祐希の友人が新婚旅行に行くというので預かった猫だった。誰にでも良くなつく猫で祐希にも、豊にも甘えてきた。あまりにも可愛いものだから「このままうちの子になる?」と祐希が猫ちゃんに尋ねたほどである。一週間後、猫ちゃんはハワイみやげと引き替えに元の主人の元に帰っていった。

 そのときに豊が祐希のマンションで取った写真だ。ソファーで祐希が猫とじゃれているところを豊がカメラを持って何回もシャッターを切っていたことを思い出した。

 (こんな写真、あるなんて知らなかった)

 きっと豊だけが持っていたものだろう。

 (でも良く撮れている)

 自然光の柔らかな光、猫を抱き上げている祐希の構図。プロのカメラマンの祐希が見ても素晴らしい写真だった。そして正面を向いている祐希の笑顔は、愛しい人に向けたとびっきりの笑顔であることが伝わってくる。

 (豊が飾ってくれたのね、じゃあ、矢野プロダクションは豊が引き継いでくれたということ?)と思っていると、パッと事務所の照明がついた。

 豊と北原が撮影機材を持って、事務所に入ってきた。

 (豊!)と祐希は声をあげた。


続く

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