冒険者の街、サウスアスチュート
第四話です。予定より早かったかも知れません。
けたたましい汽笛とともに二人が待つ汽車は到着した。旅客車を五輌程引っ張っている。
「これが機関車だって!」
「間近で見ると…これはこれは」
眼前の鉄の塊に感心しつつも、車輌の中に乗る。席が並べられ、席も綿の柔性な素材であった。
「これが…鉄道…」
「なんか凄いなこりゃ。対面式の座席とは…他人と向かいあった時は気まずそうだ」
「んまぁ、ほら、馬車も同じじゃない」
「個人で乗る択もある馬車とは違うだろ。それに横ならまだしも、対面ぞ?」
「そんな違うかなぁ?」
カムラの考えにラリアは首を傾げる。対面式への違和感もさる事乍ら、対面式以外という座席が何かあったであろうか。もしかすると、そういった非対面座がこの世にあるのやも知れんが、彼女にとってはそれは待合室か、教会の端の椅子か。ただ、確かに彼は教会では何一つと文句は無かった。それ故に彼女は鉄道という新感覚の乗り物がその感覚を齎すのだと自身を納得させ、何より直ぐに彼の直感に納得させられる事となる。
「まぁ、横に荷物は置くか」
「そうしよっか」
荷物を横に置こうとしたところで、声をかけられた。
「すいません」
「どうしました?」
「隣、よろしいですか?」
二人は顔を見合わせた。予見する事が起こったではないか。
「…噂をすれば、何とやら、か」
「はい?」
「あ、あぁ。お気になさらず。ここへどうぞ」
隣は良いかと尋ねたのは恐らく、いや、十中八九女性であった。ローブに包まれ、詳細な顔を見る事は叶わないまでも、その肉付きがどうして女性で無いと言えるだろうか。それも、頭に突起の様な。
「失礼します」
言葉と共にフードを取る。その頭部に角を持つ種族。
「だ、ダーダルス…」
「あ、いえ。私はサキュバス系です」
「サキュバス!?すると出身の方はサッカバスですか。また随分と遠方から…」
しかしサキュバスだろう女性はこれを否定する。
「あ、いえ。私の父母はサッカバス、大陸側の出身ですが、私の生まれはここなのです」
「そ、そうでしたか。先入観が。申し訳ない」
「まさか。謝る事ではないですよ?」
「気を悪くされたらと思えばの事です」
カムラはそう言って荷物を退けるが、内心は面倒だと思っていた。ラリアとて同じである。社交辞令の挨拶は挨拶であり、易々と二人の話に花は咲かせ難いではないか、と思うのだ。移動の間、カムラは彼女は何処に行くのか聞けば降りる場はサウスアスチュートだと言う。つまり、冒険者であった。
「へー。冒険者なんだ。じゃ、同業者ね。よろしく!」
ラリアは手を伸ばそうとして、その手を止めた。
「そう言えば、名前聞いてない」
「待て待て、今後会うかわからないんだぜ?」
「いえ、サウスアスチュートは思ったより狭いとも聞きますし…、えぇ、そうですね。自己紹介させてください。私の名はオーダ=フォン=マイヤーと申します。冒険者としては…そうですね。弓とか…打撃…とか?」
「ぜ、全然違うと思いますけどそれ」
「私はどっちも得意なつもりなんですよ?」
「あ!知ってる!サキュバスって魅了が得…」
カムラは慌て口を塞ぐ。
「大変申し訳ない!失礼な事を!」
「あ、いえいえ。そういう固定観念は多いでしょうし。私も幼少期は周りからそう見られたものです。ただ、慣れましたから」
慣れたのだと苦笑しつつもオーダはそのラリアの言葉を快く受け止められなかったのは紛れもない事実であり、更にはそれ故にこそカムラの言葉も自身の社会的認知を改めて受け止めさせられた。寧ろラリアの言葉よりカムラの言の方が彼女にとってはよりその心を締め付ける何よりの事実であった事は言うまでもなく。優しさとは時により鋭利を感じさせるものであり、それが彼女はこの瞬間に感じていたのである。
「お二人はやっぱり冒険者としてサウスアスチュートに来られるのですよね?パーティーになるのですか?」
「…ぱーてぃー?」
カムラとラリアは頭を傾げて復唱した。聞いたことも無かったからである。
「ご存じないのですか」
カムラは言葉を詰まらせて答えた。
「え、えぇ。お恥ずかしながら耳にした事は無く…。そうですね。この際、是非ご教授頂ければ幸いと思う次第です」
オーダはそれにこやかに返すが、カムラに
「では。それから…カムラさん、ですか?畏まらなくても大丈夫ですよ。同じ冒険者の誼じゃないですか」
「え、えぇでは…」
カムラの心には彼女にたかだか数十分の付き合いから誼などと言われるのは警戒を持たずには居られなかったが、武器を持たず、それに敵意もない相手に何を警戒するというのかという二つで鬩ぎ合っていた。
「ん…では遠慮なく聞きますが、パーティーというのは?」
「パーティーは冒険者で組む連合のようなものです。一人で行くと危ないですからこういう場合は連合を組んで挑戦するのです」
「ならカムラと私でパーティーみたいなもんじゃない?」
「…そういう事になるな」
「パーティーは制度として存在するモノではありませんが、明確に有名なパーティーはありますし、それに入るのも悪くないと思いますよ。ところによっては福祉もありますし」
「商会とは違うんですか?あーいや、商会という言葉使いもややおかしな話ですが」
カムラは訂正しつつも、質問する。オーダは少し考え込んで、答えた。
「そう、ですね。商会と近しくもあって、違う所もあります。最大の違いは利益配分の有無。商会は利益を一度組織で集め、改めて配分しますが、パーティーにはそれはない。あくまでも攻略時の単独の危険を無くす為に存在するモノです。ただ、似てる点は例えば宿舎。パーティーは家族の様なもの、集団生活も行います。ですから、パーティーが住む宿舎が与えられますし、サウスアスチュートで家を買うお金がない時の助けとなりますよ」
ラリアはカムラの動きが止まったのに気が付いた。何かあったのだろうか。カムラはラリアを向く、その視線は厳しい。
「……ラリア、オーダさんはこう言ってるが…金は?」
「あるよ?ちゃんと」
何を言っているのかとラリアは袋を見せた。ラリアにはカムラの意図する所が読み取れない。
「サウスアスチュートは今物件の相場が上がってますから。一軒あたり…120アーレスですかね」
二人の動きは止まる。ゴルゴンにでも見つめられたか。しかし額から汗が滴る。オーダは彼等の顔を見て驚いた。恐怖の音を聞いたかの如く顔を歪めているからであった。何故か?しかし直ぐに彼女の心は納得する。お金の問題に違いない、と。
「え!?だ、だって、これをあーしてこーして…」
「拠点が無い?いや、何処かに泊まるという…」
「いや、月幾らするんだ?いや、それもこれもとして、えーっと」
あからさまな慌て具合を見せる彼等であったが、カムラは咳払いをする。
「いや、ここで焦っても仕方ない。どっちみち起こり得る未来だった筈だ」
「じゃ、じゃあどうするの?」
「そもそも、冒険者は何を売って帰ってくるか、だ」
「魔石、ですね。他にもモンスターの素材とか。遺跡に近づくと非常に硬い結晶であるヴェールクリスタルが手に入ります。非常に貴重ですし、採取も難しいですが、高く取引されますよ」
「であればもっと採取されても良いのでは?」
カムラは至極純粋に質問してみる。
「キメラが出ます。フォージキメラ、とも呼びますが。本来なら存在し得ない生物の筈なのですが、遺跡近辺には必ず出現するのです。更にはタロス。これは体長3mもある巨兵ですが、ゴーレムの類いだとも。私も未だ会った事はありませんが」
「もしかして冒険者歴は長い?」
「いえ、そんな。私は未熟者です。五年程度ですから」
会話は個々人の内面には入らなかったが、カムラとラリアは様々な情報を得る事が出来た。洞窟の調査が困難になる理由も、また。
***
夕陽も落ち始め、夕焼けが強くなる時間。列車はサウスアスチュートに到着した。
サウスアスチュートは洞窟と接する拠点であり、ギルドによって調査拠点として建設されたのが最初である。都市化に伴いアイヴァースに引き渡され、アルゲンタヴィア公国に移譲。現在では将来的にアスチュートと接続する為、鉄道の敷設や行政機関の設置を始めとする新基軸都市として開発される。
「ここがサウスアスチュートか」
「バゲット…っぽい?」
彼等の印象は最もであった。アスチュートが完全なる未来都市となるならば彼等に取ってはサウスアスチュートは完全な新都市という印象よりも、ややバゲットの様な前時代的都市の意匠を多分に含んでいたからである。一方で、細かく見ればやはりそれは新しさを感じさせるのは確かではあったが。
「カムラ、ギルドに行くわよ。先にちゃちゃっと登録しちゃわないとね!」
彼等は街の雰囲気を知る前に自らの登録をせねばならない。故にカムラにラリアはこの提案をした。
「そう…だな。いや、一昨日、昨日と続いてそのまま宿には向かえんか」
「宿も何も、宿舎だけどね」
「あ、そうか。宿ではなかった」
カムラは自身の考えを訂正する。ラリアは、そうそう、と頭を縦に振ると、そのままその足でギルドの建物へ向かっていった。煉瓦造りの建物はサウスアスチュート支部である。
アスチュートにギルド本部は存在するが、ギルドは基本的には冒険者への任務斡旋を基本収入源とせず、多くは植民都市での税収や運営、更には貿易仲介の仲介業務を基本的な市場としている。その為、冒険者受け入れはギルド内部の支部に業務の決裁権やその他諸々を移譲する形が殆どを占めるものである。
ギルド支部の内部は夜も近いというのに、明るく、活発に動いていた。受付窓口に向かい、受付員に声をかける。側にあった鈴を鳴らすと受付員が姿を現した。
「どうされました?」
ラリアは早速証明書を用意し、口を開く。
「冒険者の受け入れをお願いしたくて。これがその証明書です。アイヴァースギルドの冒険者ギルド支部に登録をお願いします」
「五級の方ですね。でしたら、同じく冒険者志望の方と町村のサインがある書類、若しくは三級資格以上の方の同行が必須となりますが」
「はい、あります」
「其方の方が同行ですか?」
カムラはラリアに手招きをされ、窓口に向かう。
「何だ?」
「同行者の名前よ」
「あー。自分はヤスヒデ=カムラです。ラリア=ブラウンの同行冒険者志望として申請を願います」
「書類は正規のものですので、明日、再びここに来てくだされば、正式な書類をお渡しします。仕事の斡旋についての説明は上階に行ってくだされば担当者が説明しますが、お聞きになりますか?」
ラリアは躊躇い無く答える。
「あ、いえ、大丈夫です」
「は?」
「そうですか?では省略させて頂きます。では、また明日。お待ちしております。ありがとうございました。ご不明な点がございましたらお気軽にお越しください」
受付員が奥へ下がったのを見て、あっさりした対応と、これからどうするのか、という二つの事が二人の頭を駆け巡った。結局、再び鈴を鳴らす。
「はい、どうされました?」
「すいません、宿舎を探してて」
「あ、成程。でしたら、申し訳ございません。私共は街全体を把握している訳では無くてですね。そう言った案内はサウスアスチュートを統括している都市役場に行って貰わないといけなくてですね」
「そうなんですね。えーと、何処にあるか教えて貰えますか?」
「オスト通り二番地の一丁目にあるんですが…」
「ありがとうございます!それじゃあ…」
「ま、待ってください!」
が、受付員は二人を呼び止めた。
「都市役場がやってるのは一六時半まででして…」
二人は時計を見るも、既に刻の針は一七時に差し掛からんとしている。
「え…」
「その、別の御案内にはなるのですが、三ヶ月のみ宿泊できるギルド運営の施設がございます。冒険者資格が必須とはなりますが、持っていらっしゃる様なので」
カムラはラリアに目を一瞬配ると目を戻し、受付員に聞く。
「もしかしてさっき断った説明でする予定でした?」
「え、えぇ」
ラリアの心はやってしまった、と感じた。カムラの目は「だから聞いておけば良かったのに」と、ラリアを無言の元に訴える。その後ラリアはギルド運営の宿舎に三ヶ月のみ契約して住み込む事となった。
ヴェスト通り五番地に構えるのがヴェストイニシュラである。新人冒険者が一時的に住う住居であり、パーティーへの加盟や個人で家を購入する迄の仮住居として用意される。黎明期には無かった制度であるが、年々増加する新人冒険者の受け入れと、福祉の為に設置された。毎年ギルド本部がその予算を出しているが、月々50デナースを入居者は払う義務がある。しかしこれでも充分破格とも言える価格ではある。
「ここが…ヴェストイニシュラ…」
ラリアから溢れる言葉はその建物が如何に未来的か。
実際には新しい概念ではないのであるが、昨今の流行に従えば復権した概念と言える。
二人はヴェストイニシュラに入っていった。ラリアが手続きを済ませる間にカムラは周りを見渡す。一階は食堂を併設してある様であった。外見は四角の建築。内部には庭があり、花や植物が植えられている。きちんと手入れされている様で、整った印象を彼に与えた。内部の階段は彼のいるエントランスから見て左右に二つ。廊下は内側、部屋は外向きの構造である様だった。階は三階構造の様で、一つの方向に五部屋ずつの合計55部屋を有していた。その他細かな建物構造についても、地図が用意されていた。そこで知れたのは、エントランスと接する区画にはエントランス他、浴場、共用調理場であった。
「鍵貰ったよ」
ラリアはこれから住む仮居の地図を覗き込むカムラに鍵を見せる。
「部屋は?」
「21号室だって」
「北側かぁ」
「これからは夏だし。いいんじゃない?暑くないし」
「そっか、冬前には引き払わないといけんのか」
「そそ、だから、まぁ、それまで名を上げよー!って、事」
「成程ね…じゃ、明日から早速?」
「うん。でもその前に洞窟の内部についてもっと詳しく知りたいね」
「そうだな。それもそうだ」
部屋は二階の北側にあった。扉を開け、部屋を見る。流石に昨日の宿よりは遥かに広い。二段の寝台が二つ。鏡付きの洗面器と収納庫、箪笥。本棚も付いている。そして何より。
「カムラ、上見て上」
目を上にやると、硝子で囲われた灯。
「ガス灯…いやランプ、それがどうした?」
「そう思う?」
「逆に何があるんだよ」
ラリアはそこから垂れる紐を掴む。
「なんかこれ、引っ張れそうじゃない?」
「は?いや、やめとけやめとけ、壊れたらどうすんだ…」
「えいっ」
ラリアはカムラの静止を待たずに引っ張った。カムラの目に飛び込んできたのは彼の予想した灯が地面に落ちる、等とその様な光景だった。が、事実は彼を裏切った。
「光った…、あ、いや!?これはガス灯じゃない!?」
「そうだよ!これ電球って奴だよ!」
「お、おぉ!ランプより明るいな!成程こうやって光るのか!凄いな!」
「ただ電線ってのが無いな。どこから電気通してんだ?」
「デン…あ、エネルギー?」
「そう。アスチュートで空中線いっぱい見たろ?」
「んー。私はまだ初心者だし、キッパリと言えないけど、魔力を感じる。マナの波長を合わせて、反応させてる、とかじゃない?」
「…すまん何を言ってるかさっぱりわからん」
「魔術書読んだ事ないから。魔法はマナを使って発動させるのは知ってるでしょ?」
「ん、あぁ」
「で、魔法の爆発魔法はマナを飛ばして、そのマナと自分のマナを共鳴させて、爆発。その共鳴現象をきっとここにも使ってるんじゃないかな?」
「よく知ってんな」
「魔術書に書いてあったもの」
「ふーん」
するとラリアは何を思いついたか魔術書を取り出した。
「そうそう、カムラも魔法覚えてね?」
「なんで」
「もし、なんかあった時、遠距離攻撃能力必要でしょ?私にばっか頼られてもだし」
「あまり得意じゃないが…一理、いや至極真っ当な意見か。で、何を覚えたら?」
「簡単な火炎魔法とかでいいよ。短文、頑張れば無詠唱だし、すぐ撃てるし、魔力消費少ないし」
「わかった。やってみる」
「カムラはまぁ、基本前衛だろうけど」
しかしカムラはそれを笑った。
「前"衛"?まさか。守りは性分じゃなくってね」
カムラの答えにラリアは目を細める。
「え、そういう事じゃないでしょ」
「突貫する気は更々無いが、守りは難しいからな。特に近接が主体の俺では遠距離攻撃をする可能性を持つ怪物への対応は困難と言える。だから攻勢あるのみって事さ」
***
夜になり、一階の夕食も食した彼等は部屋に戻り、明日の予定を考え乍らも過ごしていた。夕食は今日獲れたというラムーステリウムの肉が出された。新鮮で、尚且つ大きな肉は村でも祭日にしか食べる事はなく、酷く美味に感じられた。飲み物に関しても、水が無料で出され、それは初めて好きなだけ飲めた水だった。部屋に戻り、歯を磨き、ラリアは風呂場へ向かった。
「広い…」
大浴場をラリアは初めて見た。身体を石鹸で存分に洗い、浴槽に浸かる。少々熱く感じる湯さえ、新鮮で、自分が都市に来た事を五感で感じられた日であったと彼女の心は回想する。
一方でカムラは何時もの様に日課を済ませた。買った砥石でミスラルの短剣を研ぎ、紙を斬る。断面に満足したのか、鞘に再び納刀すると、そのまま片付けた。全て、彼等が待ちに待った明日に向けて、であった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。第一話を投稿した時点で第四話途中まで手を付けていたので今投稿する事ができました。第五話に関してですが、こちらは全く手を付けていない為、未定にはなりますが四日、若しくは五日以内に投稿出来たら良いと思っています。




