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アスチュート

第三話です。第一話冒頭に入るにはあともう少しお待ちください。それからもしもっとこうして欲しいと言った要望があれば是非お願いします。


日が上りつつある空とともにカムラは目を覚ました。昨日の食事の際に強めのワインを口に多少なりと入れてしまったラリアも、今は静かな寝息を立てて、寝具に横になっている。時計は時刻を五時半と指している。村での生活の癖か、早朝起きるのを身体は忘れていなかった。ラリアらは普段は八時ほどに起き、村の中でも一際遅かったが、殊にこの時は遅くまで寝るわけにはいかなかった。

「ラリア、起きろ。ほら」

ラリアの身体を揺り起こす。

「〜カムラぁ…そんなのダメだよ…」

ラリアは何の夢を見ているのか、寝言を話す。

「埒があかん奴め。時間は…六時前か。コイツには仕方ないがな」

カムラはラリアの身体を無理矢理起こした。身体が起き上がった事でラリアも目を覚ます。

「あれ…?さっきまでのは…?」

「何言ってんだお前。早よ起きろ。顔を濯げ。歯磨け、進発は七時だろうに」

「そうだっけ…」

「そうだよ!早よせぇ」

眠い眼を擦り乍らラリアは立ち上がって洗面台だろう場所に行く。

「そっちは窓!ここは宿屋!ほら、連れてってやるから。階段あるから気をつけろ?」

カムラはラリアを一歩一歩誘導し乍ら下の階の洗面器へ連れて行く。

「顔洗えよ。水でな」

「使っていいの?」

「飲むなよ」

「うん…」

水を洗面台に張り、顔を濯ぐ。カムラはやれやれと、元より村から持ってきた魔石を割った回復粉末をラリアの髪にかけると櫛で髪を梳いていく。ラリアの髪は不思議と綺麗なもの。薄青色の髪と端正な顔は蓋し貴族に生まれればそれはそれは良い女性に育ったであろう。然し良くも悪くも明朗快活なラリアは立てば「大熊座れば地龍、歩く姿はサーベルタイガー」と村人達から評されたものである。その顔と身体の良さを悉く潰すほどに暴馬であったのは村人の大半よりも遥かに短い期間ラリアと共にあった彼をして、違いないと感じさせた。

「ほい、とかしてやったぞ」

「ありがと、起きたよ」

「ほんとか?」

「うん!」

先程迄の眼は何処へやら。起きたのだ、と全身から表す彼女に一息付くと、宿で二杯のホットティーを飲み、準備を再開する。背嚢には昨日買った魔石と短剣を詰め込み、紐で縛る。背負ってみるも、やはり明確な重みを背に感じた。

「おっ…重…」

「えー?重いのぉ?」

「はっ、気にするなラリア。これくらい屁でもねぇ」

「じゃあかけっこしよっか」

「は?」

「いやー。朝だし一運動すべきだよねー。うんうん。あー身体が鈍っちゃうなー」

わざとらしい言葉。明らかな挑発。しかしカムラとてこれを黙って聞く事は出来ないのであった。

「俺にはこれくらいのハンデで充分だとも」

「え?そう?じゃあ私強化魔法つけて走るね」

「は?ズル…」

カムラの言葉を聞き終わる前にラリアは馬車の待つ方へ駆けていった。とても追い付ける速さではない。

「はっ…や…」

カムラは息を切らし切らしラリアの背を追いかけていった。結局、カムラはラリアに4分も遅れてついた。ラリアが腰に手を置いて何にやら遅いと、言いたげにしていたのを彼が静かに許す筈もないが、カムラは相当こたえたのか、息を切らして、ラリアの頭を小突き、馬車に乗った。

***

バゲット迄の通りは二人の知る、自然と道と思えるも、何らの整備をもされぬ道であったが、バゲット以降の道は石畳も散見される。カムラはその間に御者とも話したが、曰くは、昨晩は別の宿で泊まりつつ、馬の世話をしたという。仕事は長く、二五年になるのだと、語った。出身は都市部のシルフィールドであるらしく、都市部では水が潤沢にあるらしかった。

「水が?……じゃあもうワインをあまり飲まれないんですね」

「いや、そう言うわけでもないんだ。この仕事してるとねぇ、村出身という人も少なくないもんなのさ。何より、まだ水道なんてのは敷き切られてないんだ」

「じゃあ仕事以外では、飲まれない」

「うん、まぁそういう事になるかな」

御者はそう答えた。

「にいちゃんなんだか知りたがりだね」

「おかしいですかね」

「いや、にいちゃんだけじゃなくてその子もだね。珍しくも無いんだが、最近は君らみたいのがとんと増えたさ」

「は、はぁ」

「冒険者なんて職、昔は危なっかしくてみんな忌避してたもんだけど、変わったねぇ」

カムラと御者の会話の中でもラリアは魔術書を読み込み、頭を捻らせていた。

「カムラ」

「ん?」

「手、出して」

カムラは両手を広げる。

「片手でいいよ」

「あ、そう」

カムラが片手を引っ込めた後、ラリアはその手に自身の片手を乗せた。

「?」

「ショートパルス」

ラリアの口はそう動いた。その瞬間、強い静電気のような感覚がカムラの片手に奔る。

「いたっ!!」

「お、効いた」

「効いたじゃねぇよ!先に言え!」

「言ったら手伝った?」

「手伝ってくれる人がいると思う…なよ」

カムラは自身の手を抑えながらラリアを睨む。

「そんな顔しなくたっていいじゃん。だって死なないし」

「…そうかぁ?」

ラリアは再び魔術書に目を落とし、杖振り手振り、頷きを交えて頁を繰る。

「間違っても魔法発動させるなよ?」

「しないよー。魔力込めないよう気をつけるって」

「万全を期して、後ろでやってくれ、頼むから」

ラリアは仕方ない、とでも言いたげに馬車の後ろで読み始めた。ラリアは存分に出来るとでも言うのか、水魔法や、紙を千切って火魔法で火を付けたり、その火魔法を水魔法での消火、微風をカムラに当てる等を一頻りやると満足したか、また読みに戻る。これを何度も繰り返していた。カムラも、先は不満を言ったものの、こうして魔法を熱心に学んでいる事だけは感心できた。教会でも神学の授業から抜け、カムラの元に居候し、来たばかりのカムラにとって、非常に居心地を悪くさせた。慣れた後も、ラリアが魔術書に読み耽って、魔法学をし始めると来る頻度こそ減ったが、それでも三日に一度やってきては何かしらして帰ったのが彼女である。

「成長…してる…のか?」

「…なんか言ったね」

「気のせい気のせい。気にするな、年寄りになるぞ」

「ビリビリしたい?」

「口を慎むよ」

「全く余計な事しか言わないんだから…」

彼女を好きに評する彼とて、何かあれば一言多めに返答し、決して他人の事を言えない口なのであるが、人は自己を客観的に評し得ないものである。

「ん?」

「何か飛んでる」

カムラが地面に移る影を見て、顔を上げた。合わせてラリアも顔を上げる。一騎の飛竜、ドラゴンが空を悠々と飛んでいた。こちらに気づく素振りは無く、否、カムラは別を感じていた。

「無視しているのか」

「初めて見た?」

御者がそう聞いた。カムラは顔を空に向けつつも頷く。

「ありゃ男爵様か、公爵様の竜騎兵(ドラグーン)さ」

ドラグーン。竜騎兵。名は聞いた事もある。飛竜を駆る兵科。空の騎兵。

「人が乗ってないのに何故わかるんです?」

「野生のドラゴンなんて中々見ないよこの辺りじゃあね」

ラリアはそれを聞いてふと口に出した。

「じゃあ野生のはもういないの?」

「それは違うさ。レッドドラゴンなんていい例だろう?飼われてるのは中々見ない」

「確かに」

「ストラスクレイドの辺りにしか生息してないから見る事もまた滅多にないけど、少なくともこの辺りじゃ見ないって事だし、野生だったら、僕ら食われてるよ。ま、そういう僕も一度酷い目にあったけどね。騎士が来なかったら今頃糞だろうね!」

ハッハッハ、と笑いを溢していた。二人は全く笑えない話だと、身震いし、想像する程怖くなった。

***

アスチュート。アルゲンタヴィア公の陪臣、フォールト侯領の都市にして、人口は50000人を抱える巨大都市である。未来的都市を目指して計画されたアスチュートは其れ迄は軍事用途をも考慮する必要がある結果城壁によって閉じられた封鎖都市となる其れ迄の都市とは一転、従来の都市構造を一新し経済活動の促進を目的とし、城壁を廃した都市となった。際たる特徴は拡張性にこそある。城壁がない事で追加の構造物を建てやすく、中心も改造しやすい。門番もいない為人員負担の軽減や、物流の流れやすさは、構造のみを採っても人口五万人都市の理由に充分であった事は言うまでもない。

「こ、これがアスチュート…」

カムラの漏らす声はバゲットの驚嘆を超えて畏怖をも孕む。従来の建物を超えた建物。形容し難い、初めて見るとも二人に感じさせるその建築様式。ラリアがあれほど想い馳せた角灯は蝋燭を持たない。ガス灯と呼ばれるものである。また道には金属の溝が走っている。

「これ何!?」

ラリアは思わずそう叫ぶ。

「鉄道馬車、と言うんだ。僕等の乗るこの馬車だが、これをあの鉄路の上に走らせる訳さ」

カムラもまた、何かに気付く。

「あの空中を走る線は?」

「あれは最近付いたやつさ。ほら、建物の中に電球ってのをつける事をしてるそうだ。その一環だな」

「成程…」

アスチュートは賑わいを見せているが、それはバゲットととは空気の違う賑わいであったのは彼等も容易に感じ取れた。冒険者の街ではない。杖をつく紳士、ドレスを着込む婦人。冒険者の街とは程遠い。

「お二人さんは冒険者になりたいんだろ?ウチの馬車はここで終わりだが、こっから更に移動すればサウスアスチュートに着ける。そこが冒険者の街、君らの言うアスチュートだ」

御者とはここで別れた。三日間ほどと予定より早く着いたものの、中々に面白い話を聞いたものだと、感じるのは不可思議か。そう、カムラは感じ、又、違いないという確信もあった。

「さて、ギルドの方に向かいましょ?」

「知ってんの?」

「勿論!実はね、サウスアスチュートが向かう先ってのは知ってたのよ」

「は?」

「ま、まぁまぁ。最後まで聞いてよ。鉄道、乗りたくない?」

「馬車は街中でしか走らなそうだが?」

「鉄道馬車じゃないわ!私が本で読んだのはもっと凄いんだから!」

カムラは首を傾げるが、その言葉の意味するところを早々に彼は知れる。十分程かけて移動すると、先と似た鉄路が柵の向こうにあるのに気付いた。

「…線路、か」

線路の向こうくる煙を伴う黒い鉄の塊。

「この間に調べたんだから!あれが、蒸気機関車、よ!」

轟々と煙を煙突より伴い、駆ける物こそ蒸気機関車なる存在。奥には一際大きなものも見えるが、更に進むと更に建物。

「これは?」

「んー。何だっけ」

カムラは目をあちこちに配ると表札を見つけた。

「ここに何か書いてあるが?」

「え、本当!?….えーと。何々、アスチュート駅?駅って言うと…」

「多分、車輌が集まって、ここで乗り降りする場所なんじゃないか?」

カムラはそう、ラリアに言った。

「よく分かるね」

「ん?ま、まぁ何となくだよ何となく」

「ま、カムラの予想はアテになるし?そう信じて…乗ろう!」

「いや、金は?」

「払うの?」

「馬車払ってこれはいらないなんて都合のいい話あるかよ」

「んーまぁそっかぁ。で、どこで買うの?」

カムラは辺りを見渡す。すると窓口であろう場所に人が集まっているのを見つけた。

「あそこじゃないか?」

二人は列に並ぶ、カムラの言どおり、そこでは紙が売られていた。一枚50セース。馬車より安く、それに振動も少ないと耳が捉える。あの御者には殊に悪いとは謝る上で二人は同時に思わずいられない。

「「これからは鉄道使おう」」

この二人の様な人間は数多いるに違いあるまい。きっと馬車という職種にとっては商売上がったり、というヤツではあるまいか、否、疑問ではあるまい。間違いなくそうなる。確信は誰にもあったであろう。

蒸気機関については、その歴史は蒸気機関車の動力は1712年にストックトン氏により魔石及び炭鉱の採掘向けに開発。また、ここからアルビオン王エゼルベルト二世はこれを使った動力車を発案し、開発させ、1762年に完成したのが蒸気機関車であった。

この後様々な改良とともに実用化され今に至る訳ではあるが、カムラらが享受する分に於いて斯様な知識は不要に違いない。券を買って、専用入り口に出すと判子を押された。それを元に奥へ行くと恐らく車輌の待合場であろう場所に通された。時刻表には次発が記載されていた。

「次は…十四時二四分か。あと…十分」

「丁度良かったじゃない」

「んま、そうだな。つーかここまでが長かった」

「ここまでの旅も良かったでしょ?」

「でも冒険者になりたいんだもんな?」

「うん」

「わからんなぁ」

カムラは首を傾げるも、彼にとっての強く疑問とすべき事柄には成り得ず、ただそういうものなのだと結論付けた。バゲットで事前に買っていたパンを頬張りつつ、車輌を待つ。彼等の様な冒険者と思しき人は決して彼等のみに限定されるものではなかった。

幾人と増える待ち人はしかし、紳士淑女に留まる事無く、それは戦斧、槍、銃、剣、杖。多様な武具類々を二人に見せ付ける。

「冒険者もこうして見れば多いものか」

カムラの呟きは眼前に映る状況を表していたろう。二人はサウスアスチュートはこのアスチュートと如何程違うのであろうかと心を浮つかせていた。

読んでくださりありがとうございました。まだ四話が書き終わっておらず、少々期間が空いてしまうかも、知れません。もし、気に入ってくれた方がおりましたら気長にお待ちくださりますよう、お願いします。

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