ちゃんと食えよ
じいさんたち——豊穣の神様たちは、それからも、にこにこと飲み続けていた。河童ときゅうりを分け合い、ぬらりひょんに酌をし、くらにラムネをすすめては「水の味しかしない」と断られている。傍から見れば、ただの、賑やかな酔っぱらいの集まりだった。
蒼は、ベンチの端に座って、その光景を、少し違う目で眺めていた。
今までずっと、ただの飲んだくれのじいさんたちだと思っていた。上野の風景の一部で、害もなければ意味もない、にこにこした年寄り。けれど、この人たちは、ずっと働いていた。蒼が気づきもしないあいだに、屋台の傷んだものを食べて、油を変えさせて、手を洗わせて。誰にも知られないまま、この街の腹を、守っていた。
そこまで考えて、蒼は、ふと思い当たった。
値下げ弁当。閉店前のスーパーで、半額シールの貼られた弁当。バイトの賄いの、余り物。屋台の、いちばん安い食べ物。蒼の腹を、毎日ぎりぎりで支えているのは、いつも、そういう食べ物だった。
それで、一度も、腹を壊したことがない。
今まで、運がいいだけだと思っていた。けれど、ちがうのかもしれない。このにこにこしたじいさんたちが、蒼の知らないところで、ずっと、見回っていたのかもしれない。くらが水で、玉藻前が路地で、それぞれ守っていたのと、同じように。
「若いの」
根津のじいさんが、紙皿に山盛りの焼きそばを、蒼の膝にそっと乗せた。
「ちゃんと食えよ。お前さん、痩せすぎじゃ」
「……あ、はい」
「祭りの日くらい、腹いっぱい食え。金は気にせんでええ」
にこにこと、そう言う。蒼は、湯気の立つ焼きそばを見下ろした。なんだか、目の奥が、少しだけ熱くなる。腹が減っていたせいだ、と思うことにした。
祭りの音が、まだ鳴っている。太鼓、笛、人の声。蒼は、首から提げたレコーダーのことを、すっかり忘れていた。録るより先に、今は、ただ、この場にいたかった。
また、知らなかったことを、ひとつ知った。いちばん近くにいて、いちばん賑やかな神様たちが、いちばん長いあいだ、蒼の毎日を、こっそり守ってくれていた。
焼きそばは、ばかみたいに、うまかった。




