うるさい
部屋に帰ると、いつもの配置に戻った。
くらは当然のように風呂へ消え、玉藻前はベッドに転がってスマホをいじりはじめる。蒼はデスクに着いて、今日録った音を整理した。不忍池の小豆洗い、河童のはねる水、サイゼの喧騒。フォルダに放り込んで、使えそうなものに印をつけていく。
風呂場から、くらの鼻歌が漏れてくる。相変わらず外れている。ベッドのほうからは、玉藻前が動画でも見ているのか、時々小さく笑う声がした。どちらも、蒼の作業にはまるで関係のない音だった。
数ヶ月前の、この部屋を思い出す。
誰もいなかった。明け方まで音を組んで、ひとりで机に突っ伏して寝て、起きてインスタントコーヒーを飲む。それだけの部屋だった。静かで、音源を録るには都合がよくて、それで足りていると思っていた。
今は、八畳に神様が二柱いる。風呂の水道代は倍になり、ベッドは占領され、朝は牛丼で叩き起こされる。聖域だったはずの部屋は、すっかり他人に侵されていた。
うるさい。
口の中で、小さくそう呟いた。いつもの、反射のような文句だった。けれど、その言葉には、思っていたほどの棘がなかった。
うるさい部屋には、音がある。ひとりの静かな部屋では、絶対に録れなかった音が。
窓の外、電線の上に、やけに大きい烏が一羽とまっていた。こちらを見ているような気もしたが、蒼はやっぱり気に留めない。
風呂から、くらの「水が気持ちいー」という間延びした声がする。ベッドで玉藻前が、また笑った。
蒼はヘッドホンをつけ直して、今日の音の続きに戻る。
うるさくて、悪くない夜だった。




