とあるミュージシャンのオフ 28-1
1.何とか辿り着いたはいいけれど~sideユリウス
「なんとか、惑星トラッティンの宇宙港に辿り着きました……」
深いため息が幾度も止めどなく出てくる。
身体のどこかに穴が開いているのかしら?
「それはさあ。褒めてもいいとは思いますが」それでも脳内のもう一人の私が自分自身を攻め立ててくる。「すいません。やっぱり私は駄目人間です」
両手で顔を覆いながら広いロビー隅のソファーに腰を下ろしてしまう。
肩に掛けていた小さな鞄がずり落ちてきた。
ロビーの周囲を確認する気力もなければ、そこから見える風景を堪能する気にもなれなかった。
神経が磨り減っているからです。分かって下さい。
追い打ちをかけるように、手にした端末のバッテリーの残量は警告レベルに達していて、省エネモードに入っているのです。
使い過ぎました。
宇宙旅客船の中では電源を切っていれば良かったのでしょうが、気が気でなかったため画面をずっと見ていたのです。一般旅客船に乗っていても、旅行気分を楽しむことは出来なかったし、常に不安に思い続けていました。
一般の宇宙旅客船での一人旅が三年ぶり二度目だったから(しかも今回は乗り継ぎあり)今の私が本当に正しいルートにいるのか、分からなかったからです。
それにここまでバッテリーを消費するなんて思いませんでした。
まことに残念なことですが予備のバッテリーは持って来ていません。そこまで思い至らなかったのです。
私、ユリウス・ドリスデンは自分で言うのもお恥ずかしい限りですが、生粋の箱入り娘であります。
本当ですよ。
大学に入るまでは生まれた惑星から出たことも無ければ乗車券すら自分で買ったことが無いし、エアバスやエアタクシーすら利用したことがありません。ハイスクールまでは使用人によるエアカーでの家と学校しか往復したことが無く習い事と勉強に明け暮れていたつまらない日々でした。
家の為と教え込まれた結果ですが、その結果世間一般的なことからズレてしまった人間が出来上がっています。
最初に太陽系を行き来する宇宙旅客船に一人で乗った時も仲間がチケットを用意して端末に入れてくれました。
終点まで行けば人の流れに乗って下りればいいのです。
その後、大学を中退し家出して夢を叶えましたが、それ以後も移動はマネージャーが用意してくれているしスタッフと移動することが多いから一人ではなかったのです。
自分でやろうとしても周囲がそれを許してくれない環境でした。
私が世間知らずなのもありますが、本当に危なっかしいのだと思います。
実家にいた頃のような息苦しさはありませんし、やりたいことをしていますが、不便しか感じない時があります。
何と言っても彼と自由に会えないことでしょうか。私が有名になりすぎてマスコミは私の動向を常に見張っています。おかげで連絡を取るのもネットまで監視されているので不自由なので、よりいっそうそれを感じてしまいます。
夢を追うということは楽しい事ばかりではない大変なことだと思い知らされました。
そんな私はマネージャーの監視を何とか掻い潜り(素直にお願いしても許可は下りないはずなので)彼と会うために一人お忍びでトラッティンを訪れています。
乗り継ぎ宇宙船のチケットを用意するだけでも苦労しました。端末で検索していましたが、これで間違いがないのか。最初の一人旅でさえ、彼に準備しもらっていたから当然です。
私一人では何もできなかったから……当たり前ですよね。
学業に関してはトップレベルだったけれど、それ以外の日常生活では世間知らずなポンコツであると思い知らせ続けられていました。
だからこそ乗り継ぎは神経を尖らせました。
乗り間違いや乗り遅れてしまえば、私の計画はそれでお終いなのです。
それだけタイトなスケジュールの合間を縫うように彼の元を訪れようとしています。これを逃してしまえば次に会う機会は一年以上先になってしまうことでしょう……。
決して無謀な想いでも、無計画な思い付きでもなかったのに、ここまで私の立てた計画が穴だらけだとは思いませんでした。
サプライズしたかっただけなりに……。
彼とは何とかお互いに時間の都合を付けながら短い時間ではありますがバーチャル空間で会うことが出来ます。それでも疑似的体験ではなく本当に彼と触れ合いたい。
切実な願いでした。
不安だらけですが、私はトラッティンに辿り着きました。
達成感よりも先に疲れが押し寄せてきます。
ここまで神経が磨り減ることも無い様な気がしています。曾祖父と対峙した時以来でしょうか?
「彼に連絡しなくちゃ」
気を奮い立たせるように呟いた。
バッテリーが尽きる前に連絡さえ取ることが出来れば、きっと彼が見つけてくれる。
今までがそうであったように。
独りぼっちは心細いよ~。
ノルディック、隣に居てよ。
彼の名を口にしそうになって、涙が溢れそうになる。慌て首を振るのでした。
そう願っていた時に視線を感じました。
嫌な視線です。マスコミ関係者?
気付かれないようにバイオチェンジで髪の色も長さも変えています。目の色も赤から黒に戻していて体形までは無理ですが、簡易のバイオチェンジキットの限界まで頬をこけさせました。大きめのサングラスをかけてマスクもして目立たないようにしているつもりですが。
超小型のバイオチェンジキットを秘密裏に用意するも大変でしたし、トイレに行ったふりをしてマネージャーやスタッフの目を誤魔化して何食わぬ顔をしながら別人に成りすまして宇宙港のゲートをくぐっていますが、緊張の連続だったのです。
簡単には見抜けないようにしていますが、それでもマスコミは侮れません。
マネージャーが右往左往していれば、すぐに私の不在がマスコミの知れることになるでしょう。
「美容室に行くか、本格的なバイオチェンジをするべきかしら……」
それでもユリウス・ドリスデンだとバレたくはない。どうしたら?
不安に駆られながら私は大げさにならないような恐る恐る周囲を探る。
彼なら気配だけで分かるのかもしれないが、私には無理だ。
「何をやっているかしら、奇跡のシンガーさん?」
突然、隣から肩を掴まれて私は悲鳴を上げていた。




