天使と完璧令嬢 2-6
6.完成するまでの過程の中で
「信じられない!」
彼女はノルディックの話を聞くと声を張り上げていた。
どこで覚えたのか知らないが手の中に皿やグラスを出現させてはノルディックに投げつけてくるのだった。はねのけることもかわすことも出来たが痛覚モードを切って顔面以外は甘んじて受け続けていた。
彼女が落ち着くまで。
後でフィオーレやディのことがバレてしまいへそを曲げられるよりも良いと考えて正直に話しておいた結果だった。
「わ~たしも~、デートしたい! お食事に行きたい!」
駄々をこねる彼女を膝に乗せその頭を撫でる。
「行きたいよなぁ」ノルディックもため息をつく。
「ずるい」彼女は思いっきり頬を膨らませる。「それになんなのよ。このため息が出るほど麗しい人は」
「性格は良くないぞ」
「分かっていても嫌なのよ! ノルディックは私だけのものなんだから」
「分かったから落ち着いてくれよ。痛いんだから」
「ご、御免なさい」シュンとしてしまう彼女だった。「でも、こんなに美しい人がノルディックの隣に二人もいるかと思うと気が気じゃないの……」
「あいつには何で気に入られたかオレにも分からないが、何度でもいうがオレは生涯をかけてもお前しか愛さないからな」
「分かっているけれど、この気持ちは抑えられないのよ」
「フィオーレは『立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花』とは言われているが、見た目だけで、話をすると酷いぞ。あれは『お母ん』か『小姑』だ」
「口うるさい義母?」
「そうそれ。厳しいし細かい。何かするたびに口出ししてくるし、うざくてかなわん」
「ちゃんとそう言った方が良いんじゃない?」
「さらに理詰めで来るし、いちいちもっともな指摘なので、言い返せないんだよ」
「気に入られたのかな?」
「オレは玩具かよ」
「実際のノルディックはあんなに大柄で扱いづらいのにね」
今度は彼女がノルディックの頭を撫でる。
「まあいいや、これが開発中の画面だ」ノルディックはスクロール画面を彼女に見せ始める。「すまないが、データは送ることが出来ないので、見た感じからイメージして作ってもらうことになる」
「大丈夫。大学の時から作っていたゲームの画面だから、その時のことも思い出して曲を作ってみるね」
すでにサンプル曲を作っていると、ノルディックの耳にイヤホンを当てる。
「いい曲だな」
「ありがとう♪ 俄然やる気がわいてきましたよ」
「出来上がりが楽しみだ」
お互いに画面を見つめ曲を聴いていく。サンプル曲がなくなっても今度は彼女自身が曲を口ずさんでいたのである。
フィオーレは電算室でパーンを見つけると話しかけた。
「パーン。いいかしら」
「お任せしますよ」
「何も言っていないのですけれど?」
「阿吽の呼吸ということで」
「まあいいわ。プラットフォームの件だけど、ジプコにある既存のものに接続させるのではなくて、独自の新しいプラットフォームを作ってみたらどうかしら?」
「それをやるとさあ」
「そう最初は赤字ね。でもゲーム自体はあれひとつで済まないのでしょう? だったら今後のことも考えて作っておいた方が得策よ。それに良いものだと分かれば他社も使ってくれるわ」
「いいけど大変じゃない」
「流通系のデータはアサノ課長にもう投げたわ」プレゼンテーションは済ませているらしい。「それにこの件に関しても宣伝と営業をさせるわ」
悪徳代官や強欲商人の目がそこにはある。薄暗い部屋での密談であるから、なおさら雰囲気があった。
「それでもフィオに負担がかかりそうだよ」
「すべてを出し切るまで私を使いこなして見せなさいと言いましたわよね。それにコアブロックのシステムは貴方に任せるわ」
「僕に?」
「有るのでしょう? 先達て持ち出されたプログラムとシステムの上位にあたるものが。それなら向こうの特許にも抵触しないはずよね。それを使ってならコアのプログラムも可能でしょう?」
「採算が取れなくて諦めたやつだけれど、良いアイディアだね」
「それを発展させなさい。時間はタイトだけれど、予算など障害になるものは無いのですから」
「ありがとう。ノルディックも喜ぶよ」
「当然でしょう。感謝なさい」
「ところでマックは招聘できそう?」パーンは訊ねた。
マックことマイスロク・レイノルズはフィオーレの幼馴染でありライバルだ。彼は『超』を百付けてもおかしくないほどのS級技能を持ち、社内では『歩く炭素ユニット』とまで言われる情報収集能力を持ち、サイバー空間のスペシャリストだった。
現在はデータ処理部の情報統括を行っている。
「向こうが渋っているわ。飼い殺し状態になっているくらい使いこなせてないはずなのに、本当に癪に障るわね。ただ招聘には時間が掛かりそうだから、今回は裏から手を回して手伝わせることにしたわ。大丈夫、足は付かないし、迷惑もかけないわよ」
「お任せします。おかげで開発ペースは前倒し出来そうですね」
時間が経過するほど現場は殺気立ってきている。
事務室には現場とはいえ常駐しているのは三人だけだった。その現場責任者でありスケジュール管理をしているフィオーレの目が血走っているように見えて、ディは心配になってしまう。
「大丈夫、フィオ、休んだ方が良いのでは?」
「三%も遅れているのよ。休んでいられないわ」
舌打ちすると、サイバーグラスを見ながら大型のメインモニターも注視している。
「誤差のうちだろう」
「遅れは遅れよ。あなた達二人に原因があるのですからね」
現在、夕方になろうとしていたが、広い事務室ではフィオーレとノルディック、デュエルナの三人しかいない。
「だから、こうして残っているだろうが」
「私の計算が甘かったわ」
「もっと勉強します」暗い声でディは指を動かしていた。
「ディ、データをシステムにインストールして頂戴。そして今のプログラムが終わったら上がりなさい」
「でも遅れているのでしょう。私も残るわ」
「シュルドさんはすでに帰っているわ。これ以上の残業は許しません」有無を言わせないきつい口調だった。「自宅に戻ってからも仕事はしないように、そうして持ち込まれてもウィルスであると認定して入口のセキュリティで消去させます」
「……分かりました」
ディはフィオにデータを送ると自分のシステムをシャットダウンさせる。
「その代わりディの分はノルにやってもらいます」
フルに名前を言うのも面倒だったようで時間短縮のために、フィオーレはノルディックのことをノルと呼ぶようになっていた。
「まあいいけど」泊り込みは慣れていた。
「ディには明日のモーニングの調達を出社時にお願いするわ」
「二人は泊まり込むの?」
「当然でしょう。今、パーンに隣の空き棟を寮にしてもらうように改造してもらっているわ。仮部屋が出来たそうなので私達はそこで休みます」
ノルディックにだけ伝え、自分の荷物をカートで運び込んでいる。
「でしたら、私も」
「ここにはまだキッチンも食堂もないのよ。私達の今後を考えたら、少し面倒でもディにモーニングを持ってきてもらう方が安心できるのよ。お願い」
優しく諭すようにディに告げる。
「分かりました。夜食も作ってあとで持ってきます」
「いらないわ。眠くなるから。それに糖分摂取したくなったらこれを食べるわ」
引き出しに入っているチョコレートをフィオーレは見せながら、そっけなく言う。
「そうですか……」
ディは引き下がるしかなかった。それでも悔しいという感情が湧き上がってくるのである。辛いし悲しかった。
「遅れ、取り戻せるのか?」
「委託先からデータも届くから、追加で発注して、シュルドさんにも明日追加を出すわ。それで一%取り戻せる。あなたもシュルドさんを見習いなさい」
「見習えるところは見習いたいが、まだオレも発展途上だ」
「技術だけではないわ。ちゃんと人を家庭を顧みられるようになりなさい。あの方は奥さんと子供を大事にしていますよ。家庭を慈しんでいるからこそ、きちんと仕事を終わらせて定時に帰宅することが出来るのです。ノルは猪突猛進型で自分のことしか見ていないから、他の人をないがしろにしてしまうのよ」
フィオーレの言葉が胸に突き刺さってくる。実際に大学時代に彼女と付き合っていた時に、熱中するあまり時間に遅れたり、酷いときにすっぽかしてしまったこともあったくらいである。
「ちゃんと周囲のことをもっと見ることが出来るようになりなさい。ディが落ち込んでいたのに、声も掛けないのですからね。明日の朝食を楽しみにしているとでも言ってお上げなさいな」
ノルディックは、その言葉に慌てて端末を取り出すとディに連絡を入れるのだった。
彼女は不器用すぎる友人二人を温かく見守と、サブモニターをもうひとつ増やし、器用にも足元の端末まで動かし始めた。
ドラムかピアノの奏者のようであるが、優雅さのかけらもない。金髪を纏めていなかったら髪を振り乱していたのではないかというほどの荒々しい動きだった。
「ディを先に帰したのは彼女に徹夜させないようにするためか?」
ディとの話を終えて、フィオーレの動作に呆れながら訊ねてみた。
「あの子はまだ体力が無いから、私や貴方みたいなことはさせられないわ」
「確かにそうだな」
「今は毎朝走っているようだけれど、私達みたいなことをやらせたら、三日で体調を崩すわね」
「ありえる」ノルディックは同意するしかなかった。「ところでパーンは? あいつには何かさせないのか?」
「あの子は計算に入れていないわ。パーンは昔から私にでさえ行動が管理できないの」
「それでどうやってパーンに仕事を任せているんだ?」
「納期とこれだけは、という仕事を与えて好きにやらせているの。手が空いたらこちらも手伝ってくれればいいというくらいよ」
「遊撃部隊みたいなものか」
「あの子は自由にやらせていた方が良いみたいなのよね。縛らない方が良いわ」本当に幼少のころからパーンは行動の読めない子だった。「オガワさんはどうしても折衝がメインになってしまうでしょうからサブ程度に見るしかないし」
「人脈は凄いものがあるからな」
「ええそうよ。本当は私達と仕事がしたいでしょうけれど、今回は我慢してもらっています」
「ところで今幾つマルチタスクしているんだ?」
「五つよ」
「話をしながらそれかよ」
三つしか展開できないノルディックは呆れるしかない。さらに言えば通常であれば四つが限度であるはずだった。
「どうしてもとなったら、六つ目を展開させるつもりよ。ただそれは人前ではやりたくないのよね」
「音声でか?」確かに独り言を延々やられたら怖いかもしれない。
「口よ。手足や目だけでなく、動かせるものすべて使うわ」
「そういえばマウスピースみたいな端末があったな」
「そうではないわ。差し歯に仕込んだ端末を舌や唇で操作するの」
見た目がねとフィオーレは笑った。口元からよだれが出たり、口を開けて舌を動かすのである。一人の時、非常時でなければやりたくはなかった。
「了解。そんなことさせないように、オレも頑張る」
「そうね。でもその前に濃い珈琲を入れてくれるかしら」
フィオーレはノルディックを少しだけでも休憩させるのだった。
「ねえフィオ」パーンはモーニングのご相伴にあずかりながらフィオーレに訊ねる。「僕が訊くのもなんだけど、ちゃんと寝たの? ディが心配していたよ」
「ラ・カイ時間で二時間は寝ているわ」
目の隈もないさわやかな顔でパーンを見る。
「それ銀河標準時でいうと一時間ってことだよね」
「私はその惑星出身であり、その時間睡眠を取れば十分な休養になるのよ」
「それディに言うと真似されるんじゃない?」
「大丈夫よ。私にしか通じない理論ですから」
彼女は身も心もタフだった。
フィオーレとノルディックの口論や議論は日常茶飯事になりつつある。
「ねぇフィオにノルディック。いいかしら?」
二人の議論は最終的にいつもフィオーレの圧勝に終わっていた。
「仕事に関することなら許します」
フィオは何を訊ねたいか分かっているからこそ、そっけない。
「でも知りたいの。二人の会話の中で出てきた『冷血婆』『頭の中に虫が湧く』は、まずどういう意味なのかしら教えてほしいの」
小首を傾げ胸元で両手を組み合わせ、訴えかけてくる。
「私は知りませんし、すべてノルディックが言ったことなのですから、ノルディックが答えてあげるべきでしょう。いいですね」
ニヤリと笑い答えるフィオーレを見てノルディックは計られたと思った。
彼が激高し罵詈雑言を交えて言葉を発していたのに対して、理路整然と答えを返しながらもノルディックにそういった言葉を発するように仕向けていたのである。
「お、お前、だから普段なら使う、きた、じゃなくて、くうぅぅぅ」
汚い言葉を使うことが出来ず、言い返せないノルディックにほくそ笑むフィオーレだった。
「当たり前でしょう。普通ならディの前で使う訳がないでしょう」
ノルディックは思いっきり歯切りし、うなり声をあげる。
純真なデュエルナの前では罵詈雑言やいぎたない言葉を使うことが憚られ続けていた。誰もが遠巻きにしていたころはそれが彼女の耳に入ることはなかったが、こうして近くにいて何気なく悪意ある言葉を使ってしまうと、どういった意味合いで誰に使うのか使用方法とともに訊ねることになってくるのである。
「ねえ、ノルディック教えてほしいの。頭の中に虫ということは、フィオの頭によからぬ虫の卵が埋められてしまったのか、それとも誰かの施術によって虫が埋め込まれてしまいそれが羽化してくるということなのでしょうか? 大変なことです」
「えっ、ええと……」
「それから『婆』というのは老婆ということでよろしいでしょうか? この部屋には百二十歳を超える方はいませんし、冷血とはどのような意味合いになるのでしょう。血は暖かくそのような血が体内を流れているはずがありません。どのような状態で、何をさすのでしょうか?」
真摯な目でデュエルナはノルディックを見つめ一歩二歩と踏み込んでくる。
「それから『きち〇い』は倫理コードに引っかかるのでしょう。ネットワークでも見ることが出来ません。『狂気人間』はどのような意味合いになるのでしょう? 教えて下さい」
訴えかけてくる目を見て、大きく唸った挙句、天井を仰ぎ見てからその場でノルディックは土下座するのだった。
忘れてほしいと。
それはディが承諾してくれるまで頭を床にすり続けたのである。
なんとしても五月まで予告通りにゲームを新しいプラットフォームに上げたい。
ノルディックが学生時代に基礎を作り、前年九月から作業を開始していたが、ログナー達へのインタビューから追加の隠しステージを思いついてしまいさらに作業量を増やそうとしている。ノルディックは目を血走らせたフィオーレに無言で両手で首を掴まれ持ち上げられそうになるのだった。
本気でやばいと思ったノルディックだったがディの助けもあり何とか追加ステージ案を通し乗り切ることに成功する。
「これ以上遅らせることは出来ないわよ。ノルはデバックをとる時間を取りたいのでしょう?」
「当たり前だ。良いゲームをユーザーに届けたい」
「そうであればスケジュールは守らないとね」
目を細め妖艶な視線を向けてられるとノルディックの背筋が凍り付きそうになる。
暗にこれ以上の追加は許さないと言っているようなものである。彼は首を何度も縦に振った。
「私も頑張りますね」
ディはフィオーレの手を取って微笑んでいる。やる気は十分のようだ。
シュルドやパーンの補助を受けつつ、三人は絶妙のチームワークを見せていく。TDFは少ない人員で流通や市場調査と宣伝を外注しながらも、なんとか完成にこぎ着けようとしている。
一年もかからずに超ハードスケジュールの中でゲームを流通させることが出来たのは、奇跡といえた。
この三ヶ月の間にはさらに三人の秘書が入れ替わっている。それにディもフィオも完全にTDFに馴染み所員として仕事をこなしていた四月にいまさらといった感じで異動辞令が出たのである。
歓迎会は翌月に完成祝いと一緒に開催されることになるのでありました。
「ノルディック。ゲーム買ったよ」
「ダウンロード版を買ったのか」
「だってネット版でやると記者やネットに知られると追跡されそうで」
実際に自分ではなくてマネージャーに買ってもらっていたのだが、芸能記者にはバレてしまうことになる。そのおかげでゲームの売り上げが伸びて、ネットでの登録者も増えたのは怪我の功名であったと言えよう。
「お前のゲームミュージックも好評だぞ。会社にはソフト化の依頼も来ているらしい」
「私は手助けができたのが嬉しい。ソフト化はノルディックに任せるわ」
「オレ個人としてはお前の名前が出せるようになってから、ちゃんと評価してもらいたいよ」
「ノルディック優しい」
「うちの小姑に何度も指摘されて、教え込まれているからかもしれないな」
「気が気じゃないけれど、感謝しなければならないかな」
「だったら直接会った時に言えばいい」
「そんな時が来るかな」
「絶対に来るさ」力強くノルディックが言うと彼女は彼の胸に顔を埋めるのだった。
「イージーでだけどこのゲーム、私でもできるくらい簡単だしスカッとしたよ」
「これからハードモードとストーリーモードも追加していくから。展開を楽しんでほしいな」
「うん。その時は追加の音楽も作るから、画面やストーリーを教えてほしいな」
「もちろんだ。やりたいことが次々湧いてくるんだ」
スマッシュヒットを飛ばしたシューティングゲーム『宇宙鋼神グランダー3』は続いてハードモードとストーリーモードを加え、コンテンツを強化していく。RPGでは変幻自在に主人公を変えつつストーリーを展開し、RPGとシミュレーションゲームへとさらに発展させていき、ゲーム史史上に残る名作となっていくのである。
ただこの時のTDFは最初に小さなゲーム開発メーカーとして世間に認知されることになるのだった。




