天使と完璧令嬢 2-5
5.ライバルというよりは友達
「あなたがデュエルナ・ネルミス・ツイングね」
挨拶し紹介しあうよりも先にディの前に立ち見下したような視線でねめつけてくる美女がいた。
何故高圧的? ノルディックは唖然とした。しかも向こうは名乗らずにだ。
いや、名乗らずとも本社でも有名な美女であるから、顔を見ただけでノルディックもフィオーレ・カティエスだと分かってはいたが……。
「はい。私がデュエルナです」
美しい所作で礼儀正しく頭を下げるディだった。
「私はフィオーレ・カティエス」
「はい。存じ上げています」
「それは話が早いわね。能力の低い貴女が私と仕事を共に出来ると思っているのかしら」
愚民平民と罵りながら上流階級とでは釣り合わないと汚らわしいもので見るような視線を向けてくる。
ノルディックはさすがに腹が立ち、フィオーレの肩を掴もうとするが、彼女は少しだけ身体をずらすと彼の手首をつかみ合気道のように投げを打とうとしてくる。隙の無い動きに面食らうが、寸でのところで手首はつかませなかった。
「無礼ではなくて」
「ぶ、無礼? それはあんたの方だろう。何様だよ?」
「少しは心得があるようですね。私の手をかわすなんて」
「そっちこそ護身術かなんかやっていたのかよ」
「ええ、この美貌と知性ですから、おかしな輩もわいてくるのですよ」
バチバチに火花を散らすフィオーレとノルディックだった。
「ノルディック、私は大丈夫ですから」
「そうは言っても、こいつの物言いがな」
「カティエス様は良い方ですよ」
「そ、そうなのか?」
ディがいうと世界中すべての人が善人になってしまいそうである。
信じられない表情でディを見たが、彼女は微笑んでいたので仕方なくディの隣に戻る。
「良い忠臣ですね」
「はい。お友達になってい下さいました。心より信頼しております」
もしかすると天真爛漫なこちらの性格の方が素なのではと思えるくらい無防備な姿を見せ、更には不用意な言葉も出てくるようになってきていた。
そのディの言葉にノルディックはオガワの殺気のような視線を感じ、冷や汗が出てくる。今日仕事が終わったら飲みに誘った方が良いなと思ったほどである。
説明責任を果たさないと……。
「呆れるほどキャパシティが広大な底無しのお人好しのようですわね。良いでしょう、私が存分に貴女を導いて差し上げましょう」
「ディとお呼びください。カティエス様」
ディはきれいに礼儀正しく頭を下げた。
尊大な態度、高圧的言葉を投げつけてくるフィオーレを、彼女はなぜか友達認定したのである。ノルディックは驚いてディを見ると彼女の表情からは笑みが漏れている。本当に嬉しそうだった。
フィオーレ自身はライバル関係を築こうとしていたようであるが、そうは認識せず友達になれたとディは思ったようである。美人は感性も感覚も違うものなのだろうかとノルディックは思ったほどだった。
「私のことはフィオと呼びなさい、ディ」
小さく吐息を漏らすと、フィオーレはこの日初めて優しい視線を向ける。今までの言葉も態度も何だったのだろうと思えてくるほど柔らかな母親目線だった。
「はい。ありがとうございます」
承認を得てディも嬉しそうだったが、ノルディックをねめつける視線は変わらなかった。
「貴方は矯正なければなりませんね」どうやら彼がディの隣に立つには不満らしい。
「な、なんでだよ?」
「術もですが、女性の扱いがなっていません。いくら強いからといってもそのようなことではディをエスコート出来ませんわよ」
「何をどうしたらそうなるんだよ!」
「ディが信頼を寄せているのですから、エスコートの仕方からすべてを教授して差し上げます」
「か、勘弁してくれよ。なあディ?」
「ノルディックがエスコートしてくれるのであれば期待してしまいます」渋い顔をするノルディックに誰にも聞こえないよう口元も隠し耳打ちする。「彼女様も喜びますよ」
「それでも嫌なんだけど……」
「逃がしはしませんよ」一歩二歩とノルディックに踏み込んできたフィオーレの雰囲気が急激に変化する。「わたしのお話を聞いてくれないのかしら? 駄目よ、ノルディックそんなことでは」
胸元に左手をあて腰を低くし上目遣いでノルディックを見上げてくる仕草は、声質も顔付きも違うはずなのに、姉がそこにいるかのようだった。
鳥肌が立ち、ゾワゾワして、反射的に壁まで下がった。
「や、やめろ! なんでお前が姉さんを知ってるんだ!」
「知らないわよ。社内報に載っているプロフィールくらいしかね」悪巧みをする様な笑みを浮かべていたが。「貴方が一番言うことを聞きそうな人を再現してみただけよ。当たりのようね」
「頼むからそれは止めてくれ、気持ちが悪い」
降参するように両手を上げる。
「仕方がありませんわね。それでしたらもうひと方、お爺様師匠で行きましょうか」
「だから何で祖父を知っているんだよ」
「私はプロファイリングが得意なの。そしてそこから得た性格を演じるのもね」
「根性がねじ曲がっているぞ、お前」
「フィオーレよ。名前で呼びなさい。きっちり躾て差し上げますから」鞭が似合いそうな表情と立ち姿だった。「貴方とディはこの中では下の下なのですから、スケジュール通りに作業工程が組めるようにしますから安心しなさい」
「おい! パーンいいのか?」
「フィオは完璧を期するそうですから、お任せしています」
オガワもシュルドも了解しているのだろう何も言わなかった。
「鍛え直してやろうか」
凄みのある声と視線は師匠であるノルディックの祖父そのものだった。
ノルディックは眩暈を禁じ得なかった。
実際にゲームが完成するまでの間、ディという癒しが無ければ、発狂するか逃亡していたのではないかと思ったことも幾度かあったようである。
「ねえパーン、訊いてもいいかしら?」
「答えられることでしたら」
ノルディックがフィオーレに詰め寄られているように見えた。
「ノルディックが嫌がっているようなので助けた方が良いのかしら?」
「大丈夫ですよ。ノルディックは強いですから、あのくらいではへこたれません。それにフィオも彼を気に入ったようですからね。あんなに楽しそうなフィオを見るのも久しぶりです」
「フィオも彼とお友達になりたいのですね」
ディは手を合わせ嬉しそうに二人を見ていた。
「まあ、そんな感じです」
「フィオは役者さんなの?」
「ハイスクールの頃だかに芸能事務所にスカウトされてデビューしたことがあったようですが、売れたにもかかわらず半年も経たないうちに辞めてしまいました」
「どうしてかしら?」
「すぐに極めてしまったようです。流石ですよね。フィオは何でもこなしてしまう天才ですからあまりひとつのことに集中していないんです」
「今はどうなのかしら?」
「この仕事を極めようとしていますが、道半ばのようです。フィオでも絶対に敵わないと言っているプロフェッショナルがいますから。ああここではありませんがいるのです」
「フィオほどの能力があっても、ですか?」
「銀河系は広いです。上には上がいるということですよ」
「ですが、そのおかげで私はフィオというお友達が出来たのですから、その方に感謝いたします」
「まあ、彼女は完璧を目指していますが、口を開けばあの調子ですし、どちらかというと残念な女性ですが、仲良くしていただけると助かります」
「何が残念なのか分かりませんが、彼女と並び立てるようにしたいです」
「ディも十分高い能力を持っていますよ」
「私は……分かりません」
「では、ここで自信が持てるようにフィオやノルディックと探していけばいい。二人ならお友達としてきっと助けになってくれますよ」
「パーンは?」
「僕は影ながらですかね」
「貴方も探しているのかしら? 私はTDFに来ることが出来て本当に良かったと思っています。素敵な出会いがあって自分の殻が少しでも破れたのではないかと。感謝しても感謝し足りないほどです」
「そうですか。何よりです」
パーンに頷いた。
「それからもうひとつ訊きたいのですが『根性がねじ曲がる』とはどのようなものなのでしょう? 根性とは形がありタオルを絞るように出来るというのでしょうか? それと今ノルディックが述べた『へそ曲がり』もです」ディが自分のお腹のあたりをさする。「これはどのようにしたら曲がるのでしょうか?」
不思議そうにパーンに訊ねてくるディを見て、素直すぎるのも困りものだなと彼は思うのだった。そしてどう説明したものかと考えてしまうのである。
その日の晩はディとフィオの歓迎会になった。
店に行くまで手配した貸切りエアバスの中でノルディックはオガワにディの髪の長さの件を話しながら彼女とは友達であることで納得してもらっている。最もディが肯定してくれなければ難しかったかもしれないが。
会場は本格中華の店だった。
円盤状のテーブルに六人全員が座ったのだが、ノルディックの右隣にはフィオーレが、左にはディが座るという両手に花状態である。
店員だけではなく店内にいた客からの視線がこのテーブルに、いや二人の美女に集中し、挟まれたノルディックには好奇の目が向けられていた。
運び込まれてきた餃子や春巻、焼売は美味しいはずなのに味がしなかったし、麦酒を飲んでも酔いが回ってこない。嬉しいはずの美女二人からの手酌も手放しには喜べない状況だった。
「なあ聞きたいんだが」ノルディックがフィオーレに訊ねる。「どうして最初の挨拶であんな接触の仕方になったんだ?」
「あのような接し方をされたことがなかったでしょう?」その問いにディは頷く。「それに悪意を持って接しなければ大丈夫でしょうし、実際にそうだったでしょう?」
「オレは手を出したが?」
「最初ですし私のことを侮ってくれているでしょうから、問題ないと思っていました」
「確かにあれだけ気配がないと分からないな。本当に計算高いな」
「それくらいしないと感情や人のオーラは見えてきませんからね」
「なんか美人ていうのは違う人種に見えてくる」
「失礼でしょう。私にもディにも」
「そうだったな。すまない」
「こうして普通に誘っていただけましたし、フィオとも楽しくお話出来ていますから、問題ないかと」
「仲良くなったね君たち」オガワが正面の三人に杯を掲げ言う。
特にディとフィオは美人姉妹に見えなくもない。
「周囲の視線が痛いんだがね」シュルドはため息をつく。
「場所変えますか? 飲み足りないでしょう?」
パーンが提案すると、早速、フィオーレが店をサーチしている
「この人数が入れる個室部屋があるところにしましょう」
「こういう雰囲気も初めてですのでもう少し浸っていたいのですが」ディは心底残念そうだった。
「また来ればいいよ。誘うから」
「楽しみにしていますね。明日ですか?」
ノルディックにそう言われ、ディは瞳を輝かせ何度も頷いた。
皿に残っていた炒飯やエビチリをパーンとノルディックが平らげると、六人は連れ立って繁華街に繰り出したのである。
彼らは明日から始まる怒涛のスケジュールを乗り越えるために英気を養うのであった。




